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戦えない元補給係の廃ダンジョン食堂 ~血まみれのSランクを救ったら、最強探索者たちの帰還拠点になりました~  作者: sakumaaa
第三事件 帰還済みの救難信号

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12/13

三人分の名簿に、四人分の弁当がある

 救難信号を受けたとき、最初にしてはいけないことがある。


 勇敢になることだ。


「私が行く」


 神代さんが言った。


 非常に分かりやすい実例だった。


「場所と人数と経路を確定してからです」


「場所は東排水槽。人数は一人」


「氏名不明。負傷不明。経路不明。逆洗設備の状態も不明」


「行けば分かる」


「それを救助計画とは呼びません」


「探索とは呼ぶ」


「今日は探索をしません」


 店内の三人が、俺たちを交互に見る。


 救助前の口論に見えるだろう。


 実際には、いつもの確認だった。


 神代さんはもう剣を抜かない。


 俺が必要な情報を並べるまで待っている。


 ただし、待っている顔が怖い。


 午前六時三十八分。


 宮前さんが帰路亭へ駆け込んだ。


 パンツスーツの上に、市の防災上着。


 片手に端末。


 もう片方には、食べかけの菓子パン。


「信号の保全、終わりました。東排水槽の保守回線。帰還IDは椎名拓海さん。受信時点で椎名さん本人はここ。理解したくないですけど理解しました」


「朝食は」


「今それを聞きます?」


「菓子パン半分では、十時前に判断力が落ちます」


「あとにしてください」


「あとで食べると記録しました」


「そういう圧のかけ方、行政相手に覚えました?」


「食堂で」


 宮前さんは反論を諦め、端末を卓上へ置いた。


「南関東迷宮設備の責任者を呼びました。古賀運用部長が十分で来ます」


 三人のうち、椎名さんだけが顔を上げた。


「呼ばなくていい」


「救難信号が出ています」


「機器の誤作動です」


「誤作動なら、原因を確認します」


「俺たちの会社の設備です」


「迷宮内の設備は灰岳市の管理対象です」


 宮前さんが即答する。


「書類上は」


 最後の一言だけ、少し疲れていた。


 制度は現場を守る。


 ただし、制度が現場へ到着するまでには、だいたい書類が三枚いる。


 俺はその間に、四人目を探す。


「工具袋を確認します」


「捜索令状でもあるんですか」


 篠原さんが言う。


「ありません。拒否できます」


 俺は答えた。


「拒否した事実も、救難信号の記録へ残ります」


「脅しですか」


「選択肢の説明です」


 どこかで聞いた言い回しだった。


 八代さんに請求書を送ってもいいかもしれない。


 椎名さんが工具袋を机へ乗せた。


「見てください」


「椎名」


「中に誰もいないなら、何を見られても同じです」


 篠原さんは黙った。


 俺は一つずつ、白いシートへ出す。


 大型レンチ二本。


 小型レンチ三本。


 圧力計一台。


 交換弁一個。


 絶縁手袋、四双。


 携行食の空袋、四枚。


 水筒、三本。


「手袋が一双多い」


 神代さんが言う。


「予備では」


「全部、使ってある」


 指先の摩耗が違う。


 一双だけ、小さい。


 黄色い補修糸で手首が縫われていた。


「会社の支給記録を」


 宮前さんが端末を操作する。


「工具袋の申告重量は、入域時二十八・二キロ。帰還時二十三・八キロ」


「差は四・四キロ」


 携行食と水を三人分消費しても、二キロほどしか減らない。


 交換する予定だった旧式圧力計を一台、持ち帰っていない。


 それでも計算が合わない。


「もう一袋、あったはずです」


「何の」


「個人用の工具袋。四人目が背負って入り、中に置いてきた」


 椎名さんの喉が動く。


「想像でしょう」


「はい。だから確認します」


 俺は小さい手袋を持ち上げた。


 指先に、黒い粉がついている。


 東排水槽の手動弁に使われる黒鉛潤滑剤だ。


 作業者がいた。


 小柄で、支給手袋を自分で詰めた人間。


 弁へ触れ、食事を一つ食べ、名簿には載っていない。


「点検中の写真はありますか」


「会社へ提出済みです」


「見せてください」


「機密です」


 入口から、別の声がした。


「保守設備の写真は、契約情報ですから」


 古賀誠司。


 南関東迷宮設備の運用部長は、迷宮前だというのに汚れ一つない作業上着を着ていた。


 現場責任者で靴がきれいな人間を、俺はあまり信用しない。


 偏見ではない。


 六年分の統計だ。


「古賀さん。市への緊急開示をお願いします」


 宮前さんが言う。


「誤信号一件で、取引先の情報を?」


「現に、帰還済みのIDが迷宮内から発信しています」


「端末の同期不良でしょう。うちの三名は全員ここにいる」


「四人目はいませんか」


「いません」


 古賀は迷わなかった。


 椎名さんを見ることもしない。


「四人分の携行食があります」


「一食多く食べる作業員がいることまで、市へ報告が必要ですか」


「本人が味を知りませんでした」


「食堂の試験ではないでしょう」


「人命確認です」


「名簿は三人。帰還も三人。全員いる。それが事実です」


「書類上は」


 宮前さんが繰り返した。


 古賀の眉が動く。


「神代さん。写真を」


 俺が言うと、神代さんは自分の端末を机へ置いた。


「公開されてた」


 南関東迷宮設備の公式採用ページ。


 今朝五時二十分に投稿された現場写真が表示されている。


 見出しは、若手も活躍する安全な職場。


 こういう言葉は、だいたい若手が安全だという意味ではない。


 写真には、三人が排水管の前で並んでいる。


 篠原さん。


 沼田さん。


 椎名さん。


「三人ですね」


 古賀が言う。


「撮ったのは誰です」


 神代さんが聞いた。


「固定端末です」


「影がある」


 写真の右下。


 三人のものとは違う細い影が、工具箱へ伸びている。


 固定端末なら、影はない。


 撮影者は四人目だ。


「加工画像かもしれません」


「御社の公式発信です」


「広報担当へ確認します」


「その前に、元データを保全します」


 宮前さんの指が動く。


「市の監査権限で、作業報告サーバーを一時凍結」


「待ってください」


「待てるのは、槽内に誰もいない場合だけです」


 古賀が初めて椎名さんを見た。


 目で命令する。


 黙れ、と。


 椎名さんの手が、右膝を強く掴む。


「俺が」


 声が出る。


「俺が、置いてきました」


 店内の空気が止まった。


「名前は」


 俺は聞く。


「言えません」


「なぜ」


「言ったら、あいつは無資格入域になります。俺も名義貸しで資格を失う」


「言わなければ、正午に死にます」


「分かってる!」


 椎名さんが机を叩いた。


 右膝がぶつかり、顔を歪める。


「戻るつもりだった。俺が一人で。だから、誰にも」


「その膝で?」


「歩けます」


「歩けることと、救助できることは違います」


 神代さんが言った。


 自分へ何度も向けられた言葉を、少し不満そうに使っている。


「名前を言ってください」


「……柚木」


 椎名さんは俯いた。


「柚木春人。二十一歳。うちの研修員です」


「資格は」


「D。設備補助だけ。入域枠が取れなくて、俺の札を」


 帰還札を二枚に複製した。


 同じ氏名。


 同じ資格。


 同じID。


 二人が入れば、入域記録は一人分。


 先に椎名さんが帰還すれば、記録上は両方が帰ったことになる。


「複製は誰が」


 宮前さんが聞く。


「会社から渡されました。俺は、予備だって」


「その話はあとです」


 古賀が遮った。


「まず救助に協力します。設備図を」


 切り替えが早い。


 人命を優先したのではない。


 否定できなくなっただけだ。


 古賀の端末が振動した。


 彼は画面を伏せる。


「見せてください」


「業務連絡です」


 その直後、地上管理所から警報が鳴った。


 東排水槽、自動逆洗準備開始。


 予定時刻、午前十時。


「正午では?」


 神代さんが聞く。


 宮前さんが設備表を開く。


「変更申請は来ていません」


 古賀は答えない。


 逆洗時刻は、二時間前倒しされていた。


 残り、二時間十二分。


 救助対象の名前を見つけた途端、会社は証拠ごと洗い流そうとしていた。


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