第61話 英雄双子神伝説 ――チャーク・ツィブによる備忘――
その報せが神殿に届いたのは、乾季の終わり、風の乾いた朝のことだったという。
王都からさらに外れた、名もなき小さなトウモロコシ農地。
貧しい家の女が、双子を産んだ。
この国では、双子の誕生は珍しい。
双子は、母胎への負担が大きい。
双子が無事に生まれ、母子ともに命を落とさずに済むこと自体が、稀なことだった。
だからこそ、双子の誕生は、必ず神殿へ報告される決まりになっている。
吉兆か、凶兆か。
それを見極めるのが、神官の務めとされていたからだ。
私がこの一件を初めて知ったのは、まだ我が王妃がティカルに降臨するよりずっと前のこと。
神官長が私の執務机に押しかけてきた。
「チャーク・ツィブよ、聞け」
「聞く前から嫌な予感しかしませんが」
「双子が生まれた」
「それは、おめでとうございます、としか言いようがないのですが」
「英雄双子神の再来だ」
私は筆を置いた。
また始まった、と思った。
◇
正直に記す。
私は当初、この件をまともに取り合うつもりはなかった。
貧しい農家の生まれ。
頭の形も、この国の慣習にならって矯正されてはいない。
ケックを買う余裕すら、なかったのだろう。丸く、生まれたままの頭の双子。
貴族の生まれでもなく、際立った才があるという報告もない。
ただの、双子だ。
だが、神官長は違う考えを持っていた。
「フンアフプーとシュバランケー、あの双子神は、シバルバーの罠をことごとく打ち破り、最後には天へ昇って太陽と月になったのだ。この二人の娘こそ、その魂の巡る先ではないか」
「神官長。それを言うなら、この国に生まれる双子は、皆そうなるのですか」
「この双子は特別だと神託があった」
「また神託の捏造ですか」
「捏造ではない。瞑想中、『そのように聞こえた』という主観だ。お前が言う『手続きの最適化』も似たようなものだろう」
いや、全然違うぞ。
◇
その後、ティカルに我が王妃が転生して、最下層奴隷からいつの間にか王妃になっていた。
いや、外堀を埋めまくったのは、他でもない私なのだが。
王子が生まれ、しばらく経った頃、王宮ではちょうど、王妃付きのパルを新たに定めるべしという話が持ち上がっていた。
我が王妃……もう面倒なので「あの女」にする。
あの女は、奴隷時代はもちろんだが、王妃になってからも身の回りのことを全部自分でこなしていた。
側仕えを付けるという話は何度か持ち上がったのだが、その都度、あの女が固辞していたのだ。
それに業を煮やした我が主が、ついに王命としてパルの選定を下したという流れだったと記憶している。
あの女は、「パルは一人で」と言った。
一人では足りぬ。
休めぬ。
過労死させる気か――
あの女は、聡いのかぽんこつなのか判断がつかぬ。
私自身がパルを二人にしろと進言した経緯もあり、この件には少なからず責任を感じていた。
案の定、話が広まると、国中の貴族たちがこぞって娘を推してきた。
「我が娘は、宮廷作法に長け、王妃様のお側にふさわしい教養を――」
「我が娘こそ、ふさわしき血筋――」
書簡の山が、日に日に高くなっていく。
どれも判で押したような文言で、正直、読むのも苦痛だった。
そんな折、神官長がまた押しかけてきた。
「チャーク・ツィブ。例の双子を推薦する」
「またその話ですか」
「聞け。まず、ブランディング戦略として、これ以上ないというのは分かるな」
「はあ……」
「シバルバーを打ち破った双子神を、『生き様の神』であるシャクの側に置く。これほど美しい布陣が、他にあるか!」
「神学的な話は結構です。私は現実的な人事を――」
「ならば、現実の話をしよう」
神官長は、私の目の前に、すっと一枚の樹皮紙を滑らせた。
そこには、他の候補たちの家柄、頭の形、そして――双子の姿絵が、簡素な線で描かれていた。
「見ろ。丸い頭だ」
「……は?」
「シャクは、丸頭だ。この国の誰も彼もが、あの方に頭の形を似せようとしている昨今の流行り、お前も知らぬわけではあるまい」
(それは知っている。というより、聖女の神聖力が丸い頭に宿るという言説を流した張本人があなただということもよく知っている)
「貧しさゆえに、ケックを施す余裕もなかった双子。この二人だけが、生まれたままの、あの方と同じ頭の形をしている。他の候補は、皆、立派に矯正された頭だ。並べてみろ。どちらが『我が王妃の側』という絵として、見栄えがすると思う」
……。
この瞬間、私は言葉に詰まった。
神学の話には抵抗できても、見た目の統一感、体裁、対外的な印象――そうした実務的な理屈には、私は昔から弱い。
「……写しを、もう一部よこせ」
「よし、乗ったな」
「乗ってはおりません。検討の材料として持ち帰るだけです」
「同じことだ」
神官長が、にやりと笑った。
腹立たしいことに、その笑みに抗う術を私は持たなかった。
◇
数日後、王命が下った。
王妃付きのパルは、例の双子となった。
双子の姓名は、サク・ニクテとエク・ニクテ。
白い花と、黒(夜)の花。
彼女たちが、貧しい農家の生まれであること。
その頭が、飾らぬ、生まれたままの形であること。
そして――誕生の記録として、神殿に「英雄双子神の再来」として記帳されていたこと。
たしかに、『太陽のフンアフプーと月のシュバランケー』と見事に対を成している。
神官長のいうブランディングとしても最適だと認めざるを得ない。
これらすべてを、私は正史には書き記さなかった。
書けば、あの女は間違いなく嫌がる。「そんな大層な話じゃないですよ」と、いつもの調子で笑うだろう。
だが、この覚書だけは、誰にも見せぬ引き出しの奥に、そっと残しておくことにする。
神官長の言うことが正しいのかどうか、私には分からない。
ただ、あの二人が、我が主の隣に並んで立つ姿を初めて見たとき。
――尊い、と、私は確かに思ってしまったのだ。
理由が、ブランディングだったのか。
それとも、もっと別の何かだったのか。
今となっては、もう分からない。




