第50話 太陽神に祝福された王子
産声からしばらくして。
扉が控えめに叩かれ、やっくんが顔を出した。
「入ってもよいか」
「はい。もう戦いは終わりました」
私はまだ寝台の上で、力の入らない腕で息子を抱いていた。
やっくんは、恐る恐るといった様子で近づいてくると、その大きな体に似合わない、ひどくぎこちない手つきで、我が子を抱き上げた。
「……軽い」
「赤ちゃんですから」
「軽すぎて心配になる」
「今からそんな心配してどうするんですか」
やっくんは何も言い返さず、ただ、しばらく無言で息子を見つめていた。
その顔を見ていたら、私はふと、遠い記憶を思い出した。
(おじいちゃん)
大学を卒業するまで、ずっと面倒を見てくれた人。
口数が少なくて、でも必要なときには必ずそこにいてくれた人。
私が落ち込んでいるときも、うまくいかないときも、怒られたことなんて一度もなかった。
ただ隣にいて、お茶を淹れてくれた。
先に死んじゃってごめんなさい。
心配させてごめんなさい。
でも聞いてください。
千年以上前のジャングルの奥地に、あなたのひ孫が生まれましたよ。
(真昼)
お姉ちゃんらしいことは、あんまりしてあげられなかったね。
おじいちゃんのこと、よろしくお願いします。
……なんて、しんみりする前に、名前を考えなくてはいけない。
「やっくん、名前、どうしましょうか」
「太陽神の名を冠すべきという意見が、神官長から来ている」
「王道ですね」
「それとは別に、シャクの故郷の名を、一つ入れたい」
やっくんが、私の顔を見た。
「お前の記憶にある、大事な人の名を」
私は少し考えて、それから、あの人の名前を口にした。
「――シンヤ」
「シンヤ」
「うん。おじいちゃんの名前です」
「よい響きだ。では、キニチ・シンヤとしよう」
こうして、あっさりと名前が決まった。ちなみに命名にかかった時間は五分だった。国家事業の割にスピーディである。
◇
「民の間で丸い頭が流行り始めているのを知っているか?」
腕に抱いたシンヤの頭を撫でながら、やっくんが唐突に訊いてきた。
「そうなんですか? 知りませんでしたよ」
「民の間で『先読みの聖女の神聖力は丸い頭に宿っている』という言説が流れている。お前にあやかりたいという信仰が自然発生しているのだ」
ちょっと待って。
初耳なんですけどーっ!?
言い出しっぺ誰? 思い当たる人物が、ひとり(神官長)ふたり(専務)いるけど、それはまあいいとして。
というかこれ、完全にステルスマーケティングでは? 景表法とか大丈夫? いや、この時代にそんなものはない。
「でも、ペッチって伝統なんじゃ?」
「確かに伝統だ。だが、『なぜペッチにしなければならないのか』をもはや誰も知らん。つまり、みんな『昔からそうだった』というだけでやっている」
「伝統ってそういうものですよね?」
「そうだ。誰かが最初にやり出した。つまり、それまでは伝統でもなんでもなかった。だったら、それを改めても問題なかろう。シャクは、そのきっかけになったにすぎん」
「ふーん、素直じゃないなあ。私のまんまる頭がかわいくて仕方ないって言えばいいのに」
「なっ……うるさい。とにかくだな、シンヤもペッチにはせん」
私は、シンヤの丸い頭を、やっくんの腕の中からそっと撫でた。
「じゃあ、シンヤ。あなたも、かーちゃんとお揃いね」
「あー」
シンヤは、意味も分からず嬉しそうに笑っていた。
丸い頭同士で、額をこつんと合わせる。
こうして、シンヤの誕生、というか、誰かさんが流したであろう風説のおかげで、ティカルや周辺国では、徐々に丸い生まれたままの頭が増えていくこととなった。
グロースハック(頭部)、成功である。
「ちなみに、その噂を流したの、本当に神官長と専務じゃないんですか?」
「知らん」
「絶対嘘ですよね、その顔」
「知らんと言った」
やっくんは、目を逸らしながらそう答えた。
こんにゃろ。




