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ティカルの奴隷は定時で帰りたい  作者: 吉川すずめ
第十章 うれしみだな
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第50話 太陽神に祝福された王子

 産声からしばらくして。


 扉が控えめに叩かれ、やっくんが顔を出した。


「入ってもよいか」


「はい。もう戦いは終わりました」


 私はまだ寝台の上で、力の入らない腕で息子を抱いていた。


 やっくんは、恐る恐るといった様子で近づいてくると、その大きな体に似合わない、ひどくぎこちない手つきで、我が子を抱き上げた。


「……軽い」


「赤ちゃんですから」


「軽すぎて心配になる」


「今からそんな心配してどうするんですか」


 やっくんは何も言い返さず、ただ、しばらく無言で息子を見つめていた。

 その顔を見ていたら、私はふと、遠い記憶を思い出した。


(おじいちゃん)


 大学を卒業するまで、ずっと面倒を見てくれた人。

 口数が少なくて、でも必要なときには必ずそこにいてくれた人。

 私が落ち込んでいるときも、うまくいかないときも、怒られたことなんて一度もなかった。

 ただ隣にいて、お茶を淹れてくれた。


 先に死んじゃってごめんなさい。


 心配させてごめんなさい。


 でも聞いてください。


 千年以上前のジャングルの奥地に、あなたのひ孫が生まれましたよ。


(真昼)


 お姉ちゃんらしいことは、あんまりしてあげられなかったね。


 おじいちゃんのこと、よろしくお願いします。


 ……なんて、しんみりする前に、名前を考えなくてはいけない。


「やっくん、名前、どうしましょうか」


「太陽神の名を冠すべきという意見が、神官長から来ている」


「王道ですね」


「それとは別に、シャクの故郷の名を、一つ入れたい」


 やっくんが、私の顔を見た。


「お前の記憶にある、大事な人の名を」


 私は少し考えて、それから、あの人の名前を口にした。


「――シンヤ」


「シンヤ」


「うん。おじいちゃんの名前です」


「よい響きだ。では、キニチ・シンヤとしよう」


 こうして、あっさりと名前が決まった。ちなみに命名にかかった時間は五分だった。国家事業の割にスピーディである。


 ◇


「民の間で丸い頭が流行り始めているのを知っているか?」


 腕に抱いたシンヤの頭を撫でながら、やっくんが唐突に訊いてきた。


「そうなんですか? 知りませんでしたよ」


「民の間で『先読みの聖女の神聖力は丸い頭に宿っている』という言説が流れている。お前にあやかりたいという信仰が自然発生しているのだ」


 ちょっと待って。


 初耳なんですけどーっ!?


 言い出しっぺ誰? 思い当たる人物が、ひとり(神官長)ふたり(専務)いるけど、それはまあいいとして。


 というかこれ、完全にステルスマーケティングでは? 景表法とか大丈夫? いや、この時代にそんなものはない。


「でも、ペッチって伝統なんじゃ?」


「確かに伝統だ。だが、『なぜペッチにしなければならないのか』をもはや誰も知らん。つまり、みんな『昔からそうだった』というだけでやっている」


「伝統ってそういうものですよね?」


「そうだ。誰かが最初にやり出した。つまり、それまでは伝統でもなんでもなかった。だったら、それを改めても問題なかろう。シャクは、そのきっかけになったにすぎん」


「ふーん、素直じゃないなあ。私のまんまる頭がかわいくて仕方ないって言えばいいのに」


「なっ……うるさい。とにかくだな、シンヤもペッチにはせん」


 私は、シンヤの丸い頭を、やっくんの腕の中からそっと撫でた。


「じゃあ、シンヤ。あなたも、かーちゃんとお揃いね」


「あー」


 シンヤは、意味も分からず嬉しそうに笑っていた。

 丸い頭同士で、額をこつんと合わせる。


 こうして、シンヤの誕生、というか、誰かさんが流したであろう風説のおかげで、ティカルや周辺国では、徐々に丸い生まれたままの頭が増えていくこととなった。


 グロースハック(頭部)、成功である。


「ちなみに、その噂を流したの、本当に神官長と専務じゃないんですか?」


「知らん」


「絶対嘘ですよね、その顔」


「知らんと言った」


 やっくんは、目を逸らしながらそう答えた。


 こんにゃろ。


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