第44話 やっくんの大演説
そうと決まったら、のんびりしてなんかいられない。
まさか超大干ばつを回避するための手段として、念願のドブさらい現場にこんな形で復帰することになるとは思わなかったけれど、やる気はオーバークロックしている。
「クロ! いくよ!」
「がうっ!」
私はピカピカに磨き上げられた自慢のヘドロ用スコップを肩に担ぎ、クロを引き連れて、まずは土木課へと向かった。
「お久しぶりでーす。シャク入ります」
「ばーん!」と土木課の重い木扉を開けると、そこには懐かしい顔があった。そう、かつて私に散々嫌がらせをしてくれた、あの現場監督官である。
「な、なんだお前、その恰好は!? おまけに神の遣いとされる漆黒のジャガーなど連れて! そ、そうか……確かお前は、あのバケモノ奴隷から『先読みの聖女』になったのだったな……」
見違えるように美しくアップデートされた私を見た監督官が、面白いほど混乱している。でも、私がどんなに偉くなっても、変に媚びずにいつも通りのめんどくさそうな態度を崩さないところは、逆に清々しくて好感が持てる。役人としては出世できないタイプなんだろうけど。
「一号貯水池の泥排出、手伝いに来ました。ただ、この総刺繍のウイピルだとさすがに仕事がやりにくいんで、例の現場用貫頭衣を貸してください」
肩に担いでいたスコップをポンポンと叩いて見せつけると、監督官はあごで部屋の奥を指した。
「ああ、構わない。奴隷用の貫頭衣なら、そこのカゴに山積みになっている。どれでも好きなやつを持っていけ。どうせ使い捨てだから返さなくてもいい」
「あざます! じゃあ、またあとで一号貯水池の現場で会いましょう!」
カゴの中から、私のちびっこサイズと、やっくん用の大きめサイズをそれぞれ一着ずつ引っこ抜き、一旦王宮へと戻る。
(我がイシュ・アハウ。どうかこの国をお救いください)
土木課を出るシャクの背中を、跪いて見送る監督官の姿があった。
「がう」
クロが振り返り「受け取った」と言うかのように一声だけ吠えた。
◇
サキルが実家に残って一人部屋になった自室で、まずは聖女用ウイピルを脱ぎ捨てる。
うん、今日もいい胸部装甲だ。ちょっとたゆんたゆんさせて遊んでしまった。
そして、土木課からもらってきた奴隷用の貫頭衣(ごわごわの麻布)に着替え、その上からまた何事もなかったかのように高級な聖女用ウイピルをスポッと被った。
見た目は最高級の聖女、中身は戦闘力MAXのドブさらい奴隷。
我ながら完璧なインナーの実装だ。
次は、やっくんの装備変更だ。執務室にいたやっくんを、強引に隣の私室へと連れ込む。字面だけ見ると痴女のようだが、まだそういう関係ではない。
「やっくん。今着てる王の正装の下に、この大きめサイズの貫頭衣を着てください。現場の作業服です」
「うむ。最初からこの作業服で現場に向かってはいかんのか?」
「うむ。いかんのですよ。国王陛下が、そんな粗末なボロ布一枚でそこらへんをほっつき歩くのは、会社としてのブランディングに関わります。あと、現場でのちょっとしたプロモーション演出にもなりますから」
「そうか。わかった」
やっくんが納得して、目の前でガサゴソと着替え始める。
「ひゃっ!?」
ちょっと待って、躊躇なく目の前でフルオープンになるのはやめて!? なんて素晴らしい筋肉美を見せつけてくれてんのよ!
顔がジャガーで股間に蛇とか……
そんな聖なるシンボルは、せめて夜の残業時間までしまっておいて!
ええ、この先、正室になったらいくらでも拝める機会ができるんでしょうけれども!
でも、白昼堂々のカーンは、いかーん!!
赤面しながら着替えの介添えをする私。
あ、でもなんか、王の着替えを手伝うのって、ちょっと本物の「奥さん」っぽくて、胸の奥がキュンと甘酸っぱくなる。
引きのカメラで見たら、完全に「国王陛下に仕える女奴隷の図」そのものなんだけど。
まあ、実際、そうですし。
ただ、その……かなり背伸びをしないとやっくんの着替えを手伝えないのが悔しい。でかいのよ、あなた。
「……まるで、夫婦だな」
不意にやっくんが、低く優しい声で耳元に呟いた。
「へへ、そうですね。……さ、早く現場に行きますよ! あ・な・た」
「く……っ、また俺を殺す気か」
恥ずかしさを誤魔化すように彼の背中を押し、私たちはティカルの命運をかけた一号貯水池へと出陣した。
◇
「……予想していたより、状況は遥かに深刻ですね」
「ああ……これは酷いな」
一号貯水池の現場に到着した私たちは、並んで絶句していた。
会議で役人が報告していた泥の堆積データより、実際の現場は数倍タチが悪かったのだ。一見すると、水路には水がなみなみと満ちているように見える。だが、スコップを突っ込むまでもない。実際には池の縁のギリギリまで、崩落した山の重い泥がパンパンに堆積していたのだ。
つまり、貯水機能の有効ボリュームは、現時点でほぼ「ゼロ」。
今ある水が干上がったら、その瞬間に詰む。
現場で泥をこねていた大勢の奴隷や平民たちは、突如現れた国王の行幸に、一斉に不穏なざわめきを見せた。
「おい、陛下と……なんか白い顔をした変な女が来たぞ」
「どうせ『視察』とか言って、高みの見物をしてすぐ涼しい王宮に帰るんだろうさ」
「まったく、俺たちが泥まみれで死にかけてるってのに、いいご身分だぜ」
こちらに聞こえないように小さな声で、現場特有のリアルな不平不満(愚痴)を漏らしている。
声そのものは届かなくても、前世のブラック企業で散々サボり社員や現場の愚痴を見てきた私の目は欺けない。
本社の役員がふらっと現場にやってきて、何をするでもなく、むしろ現場の効率を引っかき回して去っていく。あの最悪の構図と同じだと思われているのだ。
「――じゃあ、やっくん。一丁やりますか」
私はやっくんと視線を交わし、不敵にニヤリと笑った。
無言で力強く頷いたやっくんが、一歩前へ進み出る。その金色の瞳が鋭く光り、ジャガーの咆哮のような、威厳に満ちた力強い声が現場の空間を支配した。
「皆、ご苦労である! しばし、手を止めて私の言葉を聞いて欲しい!」
水を打ったように現場が静まり返る。
「まず紹介しよう。私の隣に並び立つのは、我が最愛の妻にして、ティカルの未来を導く先読みの聖女『シャク』だ!」
現場のざわめきが、一気に津波のように大きくなった。「王妃だと!? いつの間に?」という驚愕だろう。
「我が妻は、この貯水池を泥で埋め尽くしたあの山崩れを完璧に予言し、自ら先頭に立って民の避難を指揮し、結果として一人の犠牲者も出さなかった! さらに、隣国カラクムルの悪政を正し、我が国と友好的な新国王の即位を無血で実現した張本人である! その際、彼女はカラクムルが誇る、干ばつでも絶対に干上がらない北部の広大な穀倉地帯から、優先的に我が国へ食料を供給させる絶対的な条約を取り付けて帰国した!」
奴隷たちの目が、驚きと畏怖で丸くなっていく。
「さて、ここからが本題だ。先読みの聖女シャクが、間もなくこの世界に未曾有の『大干ばつ』が訪れることを予言した! 次の雨季に降るべき雨は降らず、畑は全滅する。……だが、案ずるな! 我々には、我が妻がカラクムルに構築した食料のライフラインがある! 飢えで死ぬ者は、このティカルには一人もいない! たとえ奴隷であってもだ。私が保証する!」
やっくんの力強い言葉に、民の顔にブワッと希望の光が宿る。
「あとは、命を繋ぐ『水』だ。この貯水池に溜まった泥をすべて排除し、タンクの容量を最大化しさえすれば、たとえ数年間雨が降らずとも、皆と、皆の家族の飲み水が絶えることはない! つまり、今ここで泥にまみれているお前たち一人一人が、家族を、子供を、そして栄光あるティカルを滅亡から救い出す『真の英雄』なのだ! いま、お前たちが手にしているスコップが、この国を救う武器となる。どうか、私に皆の力を貸して欲しい!」
熱い。やっくんの演説、現場の心を掴むインセンティブの提示がプロすぎる。
「そして、奴隷の者たちよ……! この貯水池の泥が完全に排出され、見事ティカルを救うことができた暁には、ここにいる者全員に奴隷の身分から公式に解放される権利を与えることを、王の名において固く約束しよう! ――だが、我が妻シャクを見て欲しい。彼女は今もって奴隷であり、私の妻、すなわち王妃(国母)となった今なお、自らの意思で『現場の奴隷であること』を誇り高く貫いている! 彼女のように、気高く誇り高い奴隷としての生き方を選ぶ自由も、お前たちにはある! さあ――共にティカルの未来を救うのだ!」




