第40話 お前など一生奴隷でおれ!
宮殿の大広間で会議が開かれている。
議題は「ティカルにおける新宗教の立ち上げと教義について」。
なんじゃそりゃ。
神官長は、杖をゆっくりと床へ突いた。
「では問う」
「はい」
「民は、お前を何と呼んでおる」
「えーっと……『先読みの聖女』?」
「そうだ」
神官長は大きく頷く。
「山崩れを予見し」
「カラクムルの地下水を見通し」
「無血でカラクムルを落とし」
「これを神と呼ばずして何と呼ぶ」
私は両手をぶんぶん振った。
「いやいやいや!」
「全部、人間が頑張った結果です!」
「私一人じゃ何もできません!」
神官長は即答した。
「神とはそういうものだ」
「神はね! でも私は違います!」
「人を導く」
「神はね! でも私は違います!」
「希望を示す」
「神はね! でも私は違います!」
「奇跡を――」
「起こしてません!」
私は思わず机をばんっと叩いた。
「私、ただ情報を組み立てただけです!」
「それが奇跡ではないか」
「知識です!」
神官長は腕を組んだ。
◇
神官長は今度は別の方向から攻めてきた。
「ならば聞こう」
「はい」
「民は、お前に何を祈っておる」
私は少し考える。
「雨とか」
「病気とか」
「豊作とか」
「そうだ」
神官長が勝ち誇った顔になる。
「祈られる者は神である」
「違います」
「違わぬ」
「違います」
「では何だ」
私は胸を張った。
「カスタマーサポートです」
「……」
神官長が止まった。
「困ってる人が相談に来る」
「できる範囲で対応する」
「できないものはできないって言う」
「それだけです」
「神ではありません」
「窓口です」
神官長が眉間を押さえた。
「何だその宗教色の欠片もない役職は……」
◇
しかし神官長は諦めない。
「では……お前が死んだ後はどうする」
「え?」
「お前がおらねば誰が民を導く」
私はあっさり答えた。
「後輩です」
「……」
「育てます」
「引き継ぎます」
「マニュアルも作ります」
「ナレッジも共有します」
「属人化はダメです」
神官長が絶句した。
「お前……」
「自分が死ぬ前提で話しておるのか」
「当たり前じゃないですか。私は神様じゃないんですから」
私は首を傾げる。
「私、人間ですよ?」
「いつか死にます。ていうか、すでに一回死んでますからね?」
「だから仕組みを残すんです。私を残すんじゃなくて」
神官長が黙る。
私は畳みかけた。
「神様って、替えが利かない存在でしょう?」
「私は逆です」
「誰でもできるようにするのが仕事です」
「私がいなくても回る組織」
「それが理想です」
広間が静まり返った。
専務だけが、ものすごい勢いでメモを書いている。
「……『属人化は悪』」
「いい言葉だ」
「専務?」
「後で碑文に刻もう」
「刻まないで!」
神官長は長い沈黙のあと、杖を床に突いた。
「……えーい!」
広間中がびくっと震える。
「のらりくらりとはぐらかしおって! 奴隷のくせに小賢しい奴だ!」
「だって奴隷だもん!」
「ああ、そうだ! お前は死ぬまで我らの奴隷だ! 聖女であろうが知ったことか!」
「パワハラだー!」
神官長はふん、と鼻を鳴らした。
「もうよい」
神官長が、わざとらしく一拍の間を取った。
「お前など、一生奴隷でおれ」
なによ、それ。
私は、ぷくっと頬を膨らませる。
「でもな」
神官長は静かに続ける。
「お前の生き様だけは、我らが末代まで拝ませてもらう。文句は言わせぬ」
広間が静まり返る。
ずるい!
生き様を拝むと言われたら断りにくいじゃない!
「ちょっ、ちょっとタイム! 生き様を拝むって、そんなのアリですか?」
「アリもアリ。おおいにアリだ。民は、姿の見えぬ神より、お前を見ている」
「それが問題だって言ってるんですよ!」
「問題ではない」
神官長は即答した。
「神は、人を導くためにある」
「導いている者が既にいるなら、それを神と呼ぶだけだ」
「特定の人物を崇拝するなって言ってるんです。それじゃ人格崇拝です!」
「人格ではない、生き様だ。シャクが好きな『ロールモデル』というやつだな」
「そうだとしても!」
私は、机をばんばん叩く。
「私は失敗ばっかするし!」
「転ぶし!」
「背も低いし!」
「朝は弱いし!」
「バルチェでラリるの大好きだし!」
「ジャングルで死にかけるし!」
「残業は嫌いだし!」
「ちょっとかわいいだけだし!」
神官長は静かに頷いた。
「だからこそだ」
「解せぬ!」
神官長の余裕の態度がむかつく。
「欠点を持ちながら、人を助け続ける」
「そのような神は、今まで一柱もおらぬ」
神官長との口喧嘩がヒートアップしてきたところでやっくんが口を開いた。
「シャク、神官長はお前をご神体にしようと言っているのではない。お前の生き様にあこがれているのだ。『生き様』自体は目に見えぬ。誰という個人でもない。これまでの神も本当にいるのか、誰も見たことも会ったこともない。だったら、その代替として『生き様』が崇拝されるだけのことだ。それなら、害はなかろう。拝ませておけ」
「えー」
やっくんが言うことはもっともだ。
私も少し意固地になっていたところはある。
でも、これだけは譲れない。
「分かりました。生き様であれば受け入れます。ただし、あらゆる教義や思想の中に、私の固有名詞は使わないでください。これだけは絶対に譲れませんからね!」
神官長が大げさに頷く。
「よかろう。では、我が国における新たな宗教は『シャク教』とする」
だーかーらーっ!
今言いましたよね?
固有名詞は使うなって。
おじいちゃん聞いてました?
耳、遠くなってない?
「なんで、いきなり固有名詞使ってるんですかっ!?」
「これはお前の名前ではない。『泥』という物の名前だ。『泥から水路が生まれ、水路から都市が生き、都市から文明が育つ』これが新しい宗教の根本的な思想だ。その『泥』という意味での『シャク』だ」
神官長が得意満面だ。くそっ
「それでも嫌です! そういう言い方をされたら『ダメ』と言えないのが悔しいじゃないですか! でも、嫌なんです、いや!」
「では、何ならいいのだ?」
「それは……」
私は、しばし考え込んだ。
「シャチク教! 『夜明けを告げる者』です。これで妥協しませんか!?」
「「「悪くないな」」」
やっくん、神官長、専務の声が揃った。
そこで私は、ふと思いついた。
「あ、でも、そうなった場合……」
全員が嫌そうな顔をした。何か悪い予感でもしたのだろうか?
「私の生き様の著作権はどうなるんですか?」
専務が額を押さえる。
やっくんが目を閉じる。
神官長は三秒固まったあと、絶叫した。
「知るか、ボケェーっ!」
「解せぬ」
広間中が吹き出した。
「……チャーク・ツィブ、著作権とは何だ」
神官長が真顔で聞いている。
「分かりません。ですが、シャクの言うことですので、まともなことではないかと」
「よし、無視だ」
こうして、ティカルの新宗教「シャチク教」が誕生したのだった。
アホくさ。
◇
そして後世。
こんな碑文が発見されることとなる。
人は神にはなれない
ただし、その生き様は学んでよい
その下に、小さな文字で。
※なお、生き様の著作権については現在も係争中である。




