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ティカルの奴隷は定時で帰りたい  作者: 吉川すずめ
第八章 第一次宗教戦争
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第39話 神になりたくない神

 カラクムルを平定して帰国の途につこうというとき。


 サキルが私たちに着いて行きたいと駄々をこねた。


「あなたはカラクムルの王女なんだから、ほいほい外国に行くわけにいかないんですよ。なにもこれが今生のお別れになるわけじゃないんですから、わがまま言わないでください。これからは、両国も行き来しやすくなるはずです。またいつでも会えます──」


「──たとえ離れていても、私はサキルさんの主です」


 そう言ってサキルのおでこに口づけをして別れてきた。

 正直、私も寂しい。

 でも、仕方ない。


 そんな感傷に浸ることが許されるほど世の中は甘くない。


 いま、王宮(私)と神殿(神官長)は、激しく対立している。


 これは、宗教戦争といっていい。


 なぜこのようなことになったのか。


 ◇


 それは、いつものさぼりスポット(別名「神殿」)で神官長と雑談をしていたときのこと。


「シャクよ、お前を神にして新しい教えを説くことにした」


 コチニールで口の周りを赤く染めた神官長がさらっと爆弾を投下してきた。


 軽い。

 軽さが内容に全然伴っていない。

 めちゃくちゃ軽いのに核弾頭級の破壊力がある。


「え……?」


 手にしていたマントウを落としそうになった。

 ちょっとの間放心したけど、なんとか戻ってきた。


 青天の霹靂!!


 二の句が継げないというのは、こういう状態のことをいうのだろう。


 いや、ほんと、やめて。


 なんで私が神なの?

 私、奴隷ですよ?

 前世で過労死した元社畜ですよ?

 身長だって、こんなにちんちくりんで風格ないですよね?

 皆さんの神がいますよね?


「待ってください。そんな話、聞いてませんよ!?」


「初めて言ったからな」


 平然とマントウを食べ続ける神官長が憎たらしい。


「そういうことじゃなくてですね。なんで事前の相談もなしに私を神にする話が決まってるんですか!? ていう意味です!」


「事前に言ったら納得するか?」


「するわけないじゃないですか!」


「だからだ」


「だからって、いきなり言われても『はい、分かりました』なんて応じられるわけないでしょーっ!」


「シャクのことだから、深く考えずに『はい、そうですか』とか言うと思ったんだが……思ったより人の話を聞いておるのだな」


 私に対する神官長の評価がひどい。

 まあ、雑に扱えと言ったのは私だから、希望どおりといえばそうなんだけど。


「とにかくですね、却下です。却下!」


「前に自分で言っていただろう。『崇拝の対象になることは受け入れる』と。あれは、自分が神として拝まれることを受け入れるということだぞ?」


 神官長がしれっと畳みかけてきた。


「ぐぬぬ……それは、そうですけど……と、とにかく拝まれるだけならまだしも、神になるのは絶対に嫌です!」


「矛盾しておるな」


 不敵な笑いが憎たらしい。


「人は矛盾を抱えて生きるものです」


「お前は神なんだが?」


「神じゃありません! やっくんの奴隷です! そうだ、奴隷が神なんておかしいですよね? ね! ね! よし、解決。奴隷だから神なんて無理。はい、以上、終わり!」


「ならば聞くが」


 神官長は、マントウの最後の一口を、名残惜しそうに口に運んだ。

 いま、私、「終わり」って言いましたよね?

 聞いてました?


「奴隷が神になれぬという法は、この国のどこに書いてある」


「へ?」


「言うてみよ」


「……法律とか、詳しくないですけど」


「であろう。ならば、奴隷神という前例を、この私が作ってやろうという話だ。感謝せい」


「感謝の要素、ミジンコほどもありませんよ!?」


「歴史とは、常に最初の一人から始まるものだ。シャクがその一人になる。それだけの話だな」


「話のスケールをでかくして誤魔化そうとしないでください!」


「誤魔化してなどおらん。至って真剣だ」


 その目は、確かに真剣だった。厄介なことに。


「じゃあ聞きますけど、神になったら、私、何をすればいいんですか」


「特に何もせずともよい」


「え?」


「今まで通り、ドブをさらい、マントウをつまみ食いし、陛下の頭をぺしぺし叩いていればよい」


「それ、神様の生活じゃなくないですか?」


「シャクが神ならば、それが神の生活だ」


「屁理屈の権化じゃないですか、それ」


「屁理屈ではない。神学だ」


「この国では、学問にすれば屁理屈が通るんですか!?」


 私は思わずテーブルをバンと叩いた。皿の上で、供物用の菓子たちがぷるぷると揺れた。


「いいですか、神官長。神っていうのはですね、もっと荘厳で、神秘的で、雲の上から民を見守るような、そういう存在なんですよ」


「ほう。誰の定義だ、それは」


「え……」


「シャクの故郷の定義か? それとも、この国の従来の定義か?」


「……両方、っていうか、常識的に……?」


「常識とは、単に、それまで誰も疑わなかった話にすぎん」


 神官長が、コチニールで汚れた指を、悠々と拭った。


「シャクは、雲の上から民を見守ったことがあるか」


「ないですよ、そんなアクセス権限、私にはありません」


「では、民のために、泥にまみれて働いたことは」


「そっちは、いっぱいあります!」


「ならば、それがお前の神性だ。雲の上ではなく、泥の中にこそある神性。それの何が悪い」


「……悪くはないですけど、悪くはないですけど! でも!」


 私は、必死に反論の糸口を探した。


「拝まれるようになったら、私、これまでみたいに雑に扱ってもらえなくなるじゃないですか。私、雑に扱われたいんです!」


「なぜだ」


「なぜって……気楽だからです! 畏まられると、こう、なんていうか、背中のあたりがむずむずするんです!」


「ふむ」


 神官長は、初めて、少しだけ考えるような顔をした。


「では、こうしよう」


 絶対ろくでもないことだ。


「なんですか」


「拝むことと、雑に扱うことを両立させればよい」


「無理でしょ、それ!」


「無理かどうかは、やってみねば分からん」


「絶対無理です! だって、神様に向かって『邪魔だからどいて』とか、普通言えないでしょ!?」


「私は言えるが」


「神官長がおかしいんです!」


「おかしかろうが何だろうが、それを、標準にすればよいだけの話だ」


「もう屁理屈にすらなってません!」


 私は頭を抱えた。この人と話していると、いつも最終的にこうなる。論理で殴り合っているはずなのに、気づくと、なぜか丸め込まれかけている。


「とにかく、却下です。却下! 絶対に神にはなりません!」


 私は皿の上に残っていたマントウを、まとめて自分の口に放り込んだ。


 神官長は、その様子を見て、なぜか満足げに頷いた。


「よかろう。今日のところは、これで引こう」


「今日のところは、って言いましたね? 今、絶対に言いましたね?」


「気のせいだ」


「絶対、諦めてないですよね!?」


 神官長は答えず、ただ静かに立ち上がると、コチニールの染みのついた袖を払いながら、悠然と神殿の奥へと去っていった。


 こうして戦端は開かれた。


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