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ティカルの奴隷は定時で帰りたい  作者: 吉川すずめ
第六章 「先読みの聖女」
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第29話 異世界血まみれクッキング

「神官長。生贄の神事で本当に大事なプロトコルって、『心臓』ですよね? つまり、人間の生命を維持するのに最も重要な『鮮血』を捧げるという、その視覚的なインパクトが主な目的なのではないですか?」


「ま、まことに、おっしゃる通りでございます……っ!」


神官長が涙目で床に平伏する。


「じゃあ、生贄の代わりになる『代替品』を捧げましょう! それも、神様が遠目に見ても、ちゃんと『血が滴る生々しい心臓』に見える最高の一品を!」


私がここでやろうとしているのは、前世の雑学「饅頭(マントウ)」の再現だ。

中国の三国時代、荒れ狂う大河を鎮めるための風習だった「生首の生贄」を止めさせるため、あの諸葛孔明が小麦粉の生地で肉の餡を包み、「人間の頭」に見立てて川に投げ入れたのが始まりとされる、伝説のアレである。それの心臓バージョンを作ろうというのだ。


「は、はあ……。しかし、そのような偽物の供物で、本当に神々の怒りが収まるでしょうか……」


そりゃもっともな疑問だ。


「大丈夫です。私の知識を駆使して、しっかり血糊が載った、生々しい心臓を作ります。しかも、これの最大のメリットは『神事が終わったあと、食べたらめちゃくちゃ美味しい』ことです! 毎回ただ死体を廃棄するより、美味い供物を分け合って食べた方が、神様だって『ウチの人間どもは、最高だな』って喜ぶに決まってます。ご利益ざっくざくですよ。――それでは、これより王宮の厨房を借りて『マントウ』の開発に入りますので。皆さんは、しばらく通常業務のままお待ちください」


あっけにとられて開いた口が塞がらない神官ズを尻目に、私はヘドロ用スコップを肩に担ぎ、颯爽と神殿をあとにするのだった。ただの奴隷のくせに。


「よし、やるわよ! 前世の知識をフル稼働させるわ!」


王宮の厨房。調理台の前に立ち、私は鼻息を荒くした。当然、この世界に「小麦粉」も「小豆」も「砂糖」もない。だが、代用品ならいくらでもある。


まず、皮(生地)の調達だ。

小麦粉の代わりに、こちらの主食であるトウモロコシの粉(マサ)を使う。ただし、普通に水で練るだけだと加熱したときにボソボソに崩れてしまうので、タピオカの原料でもある「キャシアバ芋(ユカ)」をすり潰して割と適当な黄金比率でブレンドする。これで火を通せば、小麦粉にも負けない「もっちもち」の弾力が生まれるはずだ。


次に、餡(あんこ)の調達。

小豆の代わりに使うのは、現地で広く食べられている「黒インゲン豆(フリホーレス)」。これをクタクタになるまで茹でてから丁寧に皮を剥き、すり潰してキメ細かく裏ごしする。砂糖の代わりに、王宮の最高級資産である「野生のハチミツ」をドバドバと贅沢に投入して練り上げれば……ツヤツヤで濃厚な、絶品の「特製・黒豆ハニー餡」の完成だ。


「よし、あとはこの餡をもちもちの生地で丸く包んで、ちょっと端を尖らせて心臓っぽい形にすれば……成形完了! これを土器の蒸し器で一気にスチーム(加熱)する!」


数十分後、土器の蓋を開けると、ふんわりとトウモロコシの香ばしい匂いと、ハチミツの豊潤な甘い香りが白い湯気とともに広がった。出来上がったのは、見た目は完全に日本の高級な「茶饅頭」だ。


「では、さっそく試食っと……。――んんっ!? もちもちの皮に、ハチミツのコクのある上品な甘さの餡が滑らかに絡んで、めちゃくちゃ美味しい! 現代の京都の高級和菓子店で出されても、一個三百円で売れるレベルだわ!」


「さて……ここからが神官ズ、ていうか神様の目を欺くための、最大の『グロテスク装飾』よ」


私は厨房の隅に用意してもらった、サボテンにつくカイガラムシを潰して煮出した、真っ赤な液体を前に不敵な笑みを浮かべた。この顔料は、現代でいう「コチニール」だ。現代日本でも食品添加物(着色料)として広く使われているから、人体には完全に無害である。


このコチニールの鮮やかな赤色の顔料に、少しドロリとしたとろみをつけるため、ハチミツと水を少々ブレンドしてじっくりと火にかけ、弱火で煮詰めていく。


「よし……いい感じの色味ね。これなら、遠目には完全に『採れたての新鮮な動脈血』だわ……」


出来上がったのは、不気味なほど鮮烈に輝く、粘り気のある真っ赤なシロップ。

私は、蒸し上がったばかりの饅頭のてっぺんに、ヘドロ用スコップ……ではなく調理用のハケを使って、その赤い液体をドロリと滴るよう、ふんだんに塗りたくった。


白い湯気の中に浮かび上がる、ドス黒く、そして鮮やかに「血を流す、生々しい心臓型の塊」が現れた。


「よし、完成! 見た目は完全に『呪われた邪神の供物』、だけど味は『もちもち極上のハチミツ和菓子』――これなら絶対にいけるわ!」


――夕刻、再び神殿の祭壇前。

私がうやうやしく差し出した土器の皿の上には、夕闇の松明の光を浴びて、毒々しく赤い血液を滴らせる不気味な饅頭が鎮座していた。


「ひ、ひぃっ……! な、なんだこれは!?」

「人の心臓ではない……が、まるで神々の怒りが物質化したかのような、禍々しい気配を感じるぞ……!」


見た目の圧倒的な醜悪さに、神官ズがガタガタと震え出す。完全に私の演出に引っかかってくれている。


「さあ、神官の皆さん。これを『神の代理』として、まずはあなた方が召し上がってください。神々が満足するかどうか、その舌で製品テストを行うのです!」


「む、無理だ! こんな呪わしい、血の滴るものを口にできるか!」


怯える神官ズの横から、スッと大きな手が伸び、真っ赤な饅頭を躊躇なく掴み取った。


(――って、誰!?)


驚いて振り返ると、そこには、いつもの氷のように冷たい、けれど圧倒的に美しい金色の目をしたやっくんが立っていた。

最近、その公務中の冷たい目で見下ろされると、なぜか胸の奥がゾクゾクとしてしまう。やばい、私の性癖が変な方向に目覚め始めているかもしれない。


「陛下!? いけません、毒見もしていない供物を口にされるなど――!」


「黙れ。シャクが作ったものに、毒など入っているはずがなかろう」


やっくんはそう言うと、私の目を正面からじっと見つめ、不敵にニヤリと笑って、血糊の滴る饅頭をガブリと豪快に口に放り込んだ。


「――ッ!?」


その瞬間、やっくんの金色の瞳が、驚愕で丸く見開かれた。

モグモグと口を動かすたびに、彼の表情から「王の険しさ」が一瞬で消え去り、みるみるうちに「あ、これ美味すぎる……」という、私室で見せるあの素の顔に書き換わっていく。


「へ、陛下!? 大丈夫ですか!? お体に変調は……っ!」


「……うまい」


やっくんは、唇についた赤い血糊をペロリと色っぽく舐め、神官ズに向かって厳かに告げた。


「これは……外見は神々の怒りを体現したかのような『血の恐怖』だが、その中身は、神々の住む天上界のハチミツの甘露そのものだ。噛み締めるたびに、凄まじいエネルギーが体に満ちていく。……神官どもよ、神々がこれを受け取らぬはずがない。うますぎる」


「な、何と……? 陛下がそこまでおっしゃるなら……」


恐る恐る、神官長がもう一つの饅頭を口に運ぶ。


「……あ、あま――いや、神聖なり!! なんという、もちもちとした未知の食感! そしてこの濃厚な甘み! これぞ、これぞまさに神々が人間に求めていた『真の供物』だ!!」


「美味い……いや、神聖ですぞ!!」

「これなら毎日でも神々に捧げたい(自分が食べたい)!!」


一瞬で新作マヤ和菓子「マントウ」に胃袋を完全ハッキングされ、感動の涙を流し始める神官ズ。背後では、チャーク・ツィブ専務が「ククク……。これで生贄の調達コストが大幅に削減できますな。見事な黒字化です」と目の奥を光らせて笑っている。


(よし、生贄の廃止、成功かな)


心の中で小さくガッツポーズをする私の横で、やっくんが口元に赤い血糊をつけたまま、周囲に聞こえないようにこっそりと私の耳元で囁いてきた。


「……シャク。これ、残業のときにも作って持ってこい。かぼちゃの種の代わりに食べさせてやる」


「へっ!? い、いや、それはサービスが過剰すぎでは――」


突然の、心臓に悪い甘ったるい提案(デレ)に、私の顔はコチニールの血糊よりも真っ赤に染まるのだった。


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