第28話 目を閉じて手を挙げて
「「「これまでの数々の非礼、何卒お許しいただきたく……っ!」」」
土石流を「予測」したことで、不本意ながら「先読みの聖女」なる二つ名を拝してしまった。
その翌日のことである。
最高位の神官長からの直々の呼び出しを受け、「ついに生贄か」と覚悟を決めて神殿に赴いた私を待っていたのは、まさかの土下座だった。
現在、神殿の最高ランクの神官たちがオールキャストで私に向かって平伏している。
どうやら例の地滑りを完璧に『予言』して集落を救ったことで、私はこのティカルにおいて「神の遣いの聖女」として認識されてしまったらしい。
ちなみに神の化身自体は、やっくんなんだけどね。
というか、謝罪するなら呼び出さずにそっちから出向いてきなさいよ、と思わなくもない。
けれど、もし陛下の執務室で私に謝罪なんかした日には、背後に立つやっくんの無言の圧力(覇気)で神殿ごとデリート(物理)されかねない。
そう考えれば、身分的に「ただの奴隷」である私を誰もいない神殿に呼び出す方が、彼らにとって生存戦略として極めて無難だ。いい判断だと思うよ。
「どうぞ、皆さん頭を上げてください」
私はため息混じりに、彼らを見下ろした。
「皆さんご承知のとおり、私は見た目も皆さんとはかなり違っていますす。だから、最初の日に『バケモノ』だと思ったのも、変な見た目の不審者を警戒する心理としては当然です。なので、これを機会に『自分たちの文化や常識が世界のすべてではない』ということ、そして私のような異端も同じ人間として存在しているんだということを、共通認識として持ってもらえると嬉しいです」
床にへばりついていた神官ズは、一応頭を上げたものの、畏れ多すぎるのか跪いたまま立ち上がろうとしない。
奴隷の分際で神官より高い目線で説教を続けるのはさすがに気が引けるので、私もその場に跪き、彼らと同じ目線の高さまで視界を下げて対話することにした。
「さて……」
私はわざとらしく、コホンと一つ咳払いをして、もったいつけた。
このあとの提案を私のペースで進めるための、社畜時代に培ったプレゼン演出だ。
「皆さんが、私を『神の遣い』として信仰の対象にすることは、百歩譲って受け入れましょう」
「おおっ……!」
神官ズの顔に、パッと希望の光が宿る。
「ただし! 条件があります。私はどこまでいっても陛下の『所有物』であり、ただの奴隷です。ですから、皆さんも私のことは今まで通り、ただの奴隷として雑に扱ってください。これが絶対条件です。もしこの条件が受け入れられないのであれば、私は信仰の対象になることを全力で拒絶します!」
力説しながら、私は無意識に自分の首に嵌った首輪――私がラリって寝ている間にやっくんがせっせと磨いてくれた大事な身分証――を、無意識に撫で回していた。
「お、恐れながら申し上げます、シャク様……」
「ほら、もう条件が守れてないじゃん。『様』を付けるなと言っているでしょう」
「うっ……」
神官長が、まるで無理難題のノルマを課された中間管理職のような苦悶の表情を浮かべる。
「申し訳ございません。しばし……ほんのしばしの間で結構です。神の遣いの前で、このように跪くことだけはお許しください……っ!」
なかなか粘るわね。まあいいわ、神官ズの要望にも多少はコミットしてあげましょう。
「分かりました。それで、何か言いたいことがあるんですよね?」
「は、はい。シャク様を陛下の奴隷として扱うことは、神殿としても承知いたしました。その際、我々の言葉遣いや態度も、以前のままで……本当に不敬には当たりませんでしょうか……?」
「全然不敬じゃないですよ。私が神の遣いであるというのは、この国を救うための『一時的な役割』にすぎません。私の本質とは違います。私の本質は、陛下の奴隷である『シャク』というただの女です。だから、皆さんの信仰心と、私への雑な扱い方が社内でコンフリクトすることはありません」
「しょ、承知いたしました。シャク様のお心遣い、痛く感謝いたします……」
納得したんだか、ロジックに脳が追いついていないんだか微妙な顔をしているけれど、まあ、これで話の主導権はこちらのものだ。
「それで。神の遣いとして、一つだけ『お願い』があるんですけど」
私は両手を胸の前でしおらしく組み、前世で覚えたあざとい女子のテンプレート(上目遣い)で神官長の顔を見上げた。
「はい! どのようなことでございましょうか! 神の遣いの願いとあらば、いかなる困難を排してでも、この命に代えて叶えて見せましょう!」
「ほんとに?」
「まことにございます!」
「どんなことでも?」
「はい、今すぐ死ねとおっしゃるなら、喜んで祭壇から飛び降りましょう!」
重いなぁ。メンヘラ構ってちゃんの上司かよ。大丈夫かしら、この人たちの精神衛生。
「私のお願いは、その真逆です。――誰にも死んで欲しくないんです」
「と、申しますと……?」
神官長が、完全にバグった計算板を見るような目で首を傾げる。
「生贄の儀式を、今すぐ、永久にやめてください」
(ざわっ……!!)
その瞬間、神殿の空気が凍りつき、神官ズの顔色が一斉に真っ白になった。いや、彼らの元々の肌の色は健康的な赤褐色だから、物理的に真っ白にはなり得ないんだけど、それくらい一瞬で全身の血の気が引いた、という文学的な比喩ね。
「な、何を仰いますか! 生贄の心臓を捧げねば、世界が崩壊し、太陽が昇らなくなってしまいます!」
「はい、私語は禁止です。皆さん、一旦目を閉じて私の話を聞いてください」
ピシャリと言い放ち、ひととおり神官ズを見回す。全員が恐怖でキツく目を閉じたことを確認してから、私は静かに本題を切り出した。
「これから皆さんに、匿名アンケートを行います。この質問には、『本で読んだ話』や『昔の神官長からの言い伝え』のような二次情報で答えてはいけません。皆さん自身がこれまでの人生で直接見たり、体験した『一次ソース』だけで答えてください。いいですね?」
神官ズが、目を閉じたままコクコクと大きく頷く。
「質問です。皆さんは日常業務として、頻繁に祭壇で人間の生贄を捧げています。さて、その生贄を捧げた瞬間に、進行中だった自然災害や疫病など、大規模な凶事が『その場ですぐに綺麗に治まった、あるいは完全に回避できた』という、明確な因果関係を直接目撃したことがある人は、誰にも見えないように静かに手を挙げてください」
静寂。松明の爆ぜる音だけが神殿に響く。
(――はい、誰も手が挙がらないわね。知ってた)
「はい、結構です。全員、目を開けてください」
目を開けた神官ズは、互いに気まずそうに顔を見合わせ、「おい、お前は手を挙げたか?」「いや、俺の代では一度も……」といった風にコソコソと確認を取り合っている。
「ただいまのアンケートの結果を発表します。これは、神と陛下に誓って、改ざんなしの真実のみをお伝えします」
「おおっ……! シャク様が神と陛下にお誓いになった! これで偽りがあったら、即座に神罰が下るぞ……!」
動揺のあまりガタガタと騒ぎ出した場が静まるのを、私は腕を組んでじっと待つ。
(はい、皆さんが静かになるまで、日本の小学校の全校集会並みに一分十五秒くらいかかりました)
「生贄により、災害や疫病をその場で確実に回避できたと回答した方は――」
神官ズがゴクリと、一斉につばを飲み込む。
私は持参していた高級な樹皮紙に、その場でササッと文字を書き込み、彼らに向けて勢いよく裏返してみせた。
「な、なんと……ッ!? これは……ッ!?」
樹皮紙の中央に、大きく描かれた「貝殻の絵」。
数字の『ゼロ』の表記である。
「つまり、この中の誰一人として『生贄による神秘的な特効効果』を体験していらっしゃいません」
「ひ、ひぃぃっ……!」
ショックのあまり、長年信じてきた信仰の崩壊に耐えきれず、白目を剥いてその場に気絶する神官が一名出た。
「要するに、生贄を捧げても捧げなくても、自然現象には何も変わりはないということです。だったら、無駄な人命を消費するのはやめましょうよ。それに、罪人とか、球技のリーグ戦で負けたチームの人を無理やり祭壇に連れてこられて、その心臓を差し出されたって、神様サイドだって『え、それ全然欲しくないんだけど』って困惑すると思いますよ。私なら速攻でクーリングオフします」
あ、ショックでまた一人神官が倒れた。神官ズのメンタル、脆弱すぎない?




