第 3 話 ゴミ扱いで廃棄処分、からの即日内定
ピラミッドの頂上に、全裸でポツンと放置された私。
さっきまであれほど騒がしかった祭壇の周囲には、今や神官の脱ぎ捨てた羽根飾りと、カランコロンと虚しく転がる黒曜石のナイフ、そして熱帯の湿った風が吹き抜ける音しか残っていない。
「……で、これからどうしろと?」(白目)
あまりの静寂に、私は思わず天を仰いだ。
お供え物(生贄)のパッケージを開けたら、中から蛍光グリーンに光るヤバいやつが出てきたからってみんなで逃げ出すとか、危機管理能力が高すぎるだろあいつら。
せめて服を返してから逃げてほしい。これじゃただの露出狂の不審者である。
だが、私は限界OLだ。
パワハラとデスマで鍛えられた鋼の社畜メンタルは、これくらいの不条理で折れるはずもない。
ゲームなら、ここからが本当のスタートだ。
異世界に転生し、神の象徴である「光る蛇の紋様(ただの蛍光タトゥー)」を発動させたのだ。きっと何か、この世界を生き抜くための特別なコマンドが隠されているに違いない。
そうだ、こういうときに異世界転生者がやるべきお約束があるじゃないか。
私は全裸のまま、キリッと凛々しい表情を作り、ジャングルの地平線に向かって声を張り上げた。
「ステータスオープン!」
数秒の静寂。風が私の丸い頭をすり抜けていく。
「……」
何も起こらなかった。
半透明の青い画面も、自分のレベルや固有スキルを表示するウィンドウも、1ミリもポップアップしてこない。
おかしいな。発音が悪かったのだろうか。
前世でTOEICは四五〇点だったが、システムコマンドの認識くらいはしてくれてもいいはずだ。
「ええい、なら魔法だ! ファイアボール!」
私は真正面にビシッと右手をかざし、アニメで見た魔法使いのように、体内の未知なる魔力の流れを意識して、お腹の底から詠唱してみた。
手のひらから爆炎が吹き荒れ、ジャングルの木々を焼き尽くす、そんなド派手なビジュアルを脳内に思い描きながら。
「……」
“ぷうぉん”、と間の抜けた羽音がして、私の右腕の二の腕あたりに一匹の蚊が止まった。チクッと痛い。
蚊に刺された──蚊の召喚に成功したようだ。
魔力どころか、血液を一方的に搾取されただけだった。
これまでも散々やりがいは搾取され尽くしてきたが、異世界転生して最初の搾取が血液か。
「ふっ」
思わず乾いた笑みがこぼれる。
我に返って客観的に自分の現状を分析してみる。
メキシコかどこか知らないが、古代遺跡のてっぺんで、遮るもののない大自然をバックに、完全な全裸で「ステータスオープン!」とか「ファイアボール!」とか叫んでいる元OL、二十四歳。
「恥ずか死ぬ!!!」
あまりに激しい羞恥心のオーバーヒートに、私はその場にゴロゴロと転げ回った。石の床に裸の肌が擦れて地味に痛いが、精神的な痛みに比べればどうということはない。
神官たちが戻ってこなくて本当に良かった。もし見られていたら、神の呪いではなく「哀れみの目」で別の生贄にされていたところだ。
しかし、恥ずかしがっていても事態は好転しない。私は祭壇の隅に落ちていた、生贄の儀式用らしきコットンの端切れ(おそらく神官たちの誰かが落としたもの)を拾い上げ、即席のワンショルダードレス風に体に巻き付けた。
これで最低限のコンプライアンス(局部隠蔽)はクリアだ。垢BANは免れるだろう。
そんな風に全裸サバイバル(仮)を繰り広げていると、ピラミッドの階段の下から、恐る恐るといった雰囲気の足音が近づいてきた。どうやら一人ではなさそうだ。
近づいてきたのは神官ではなく、身なりの薄汚れた、これまた頭の長い男たちだった。手には縄や網を持っている。
「うわ、今度は害虫駆除業者か?」
彼らは私の胸元がもう光っていないことを確認すると、ホッとしたように表情を緩め、それでも「呪いの丸頭の小娘」を恐れるように、長い棒の先に輪縄がついた道具で私の首を器用に引っ掛け、捕縛した。
ただし、恐怖からか腰が引けている。
「大丈夫よ。お姉さん、魔法も使えない転生者だから」
にっこり微笑んでみたが、逆効果だったらしい。余計に怖がらせてしまったようだ。
◇
そこからは、怒涛のドナドナタイムだった。
首にひっかけられた輪縄で引かれた私は、彼らの拠点らしき大きな都市の市場へと連行された。
市場は活気に満ち溢れていた。見たこともないカラフルなインコ、トウモロコシの山、黒砂糖のような塊。そして、それらを売り買いするロングヘッドの群衆。
彼らは荷車の中の私を見るなり、一斉に顔を引き攣らせて距離を取った。
「ヒッ……! 髪を結っていない、肌の白い丸頭の化け物だ!」
「生贄の祭壇から逃げ出した呪われた娘らしいぞ!」
そんな風に噂し合っているのが、彼らの怯えたジェスチャーからバシバシと伝わってくる。
私を捕獲した男は、どうやら奴隷商らしい。
奴隷商らしき男は、市場の真ん中で私を台の上に立たせ、大声でセールストーク(?)を始めた。
「さあさあ、珍品だ! どこから来たか分からん白い丸頭の小娘だ! 呪い付きだが、今なら格安!」
もちろん言葉は分からない。だが、男の身振り手振りと、周囲の客たちが「いらねえよ!」「家畜が病気になったらどうするんだ!」と激しく首を横に振るニュアンスは、前世で「日本語なのに何を言っているのか分からない」クレーマー相手に鍛えた私の『非言語コミュニケーション推測能力』が一瞬で理解した。
男はどんどん値段を下げていく。そう、買い手がつかないのだ。
カカオ豆(当時の通貨らしい)を提示する手が、どんどん少なくなっていく。最終的には、男はヤケクソ気味に天を仰ぎ、私の首に繋がった縄を地面に投げつけた。
「チクショー、呪いのお荷物め! 神官の命令で連れて来たのに売れやしないじゃないか。もうタダでいいわ! 廃棄物として持ってけ!!」
これは、あとで都市の言葉を理解したときに脳内補完した答え合わせ。
とにかく、その時の私は、自分が「タダ(廃棄処分)」で引き渡されたことだけは、奴隷商のガッカリした顔と、引き取り手の「え、マジでタダでいいの? それなら使い捨て用にもらってくわ」と言っているような雰囲気をなんとなく察した。
私を引き取ったのは、都市のインフラ管理部門(土木課)の低級役人だった。
こうして、異世界チートもステータス画面も貰えなかった私は、新天地での最初のキャリアとして、最下層の奴隷――現地の言葉で「泥」を意味する「シャク」という不名誉極まりない名前を与えられ、配属先へと連行されることになったのである。




