第17話 圧迫面接をハックせよ!
「ずばーん!!」
私の元気な挨拶を遮るように、顔の真横を樹皮紙のノート(コデックス)が猛烈な速度で通り過ぎ、すぐ後ろの木製のドアに激しくぶち当たって床にバサリと落ちた。
「遅い! 初めての出仕だぞ。いつまで遊んでいるんだ、このグズめ」
ノートが飛んできた方向に目を戻す。
それは、いまの冷徹な怒声が飛んできた方向と完全に一致するわけだが。
広い部屋の中央。
そこには、この国の若き絶対君主、ヤシュ・バラム陛下が──畳一畳ほどもある立派なマホガニー風の机の向こうで、悠然と椅子にもたれている姿があった。
その涼しい顔は、まさに「絶対王政の冷徹なワンマン社長」そのものである。
(※なお、当のヤシュ様の内心:『うわ、本当にめちゃくちゃ綺麗になってる……! つい外向けに威厳を保とうと冷たくしすぎた! コデックス当たってないよな!? あれ当たったら絶対痛いやつだから。怒ってないよな!?』と、心臓が爆発しそうなほど焦っているのだが、シャクには一ミリも伝わっていない)
部屋の中では、私をここに連れてきた最高幹部ア・クフン様のほか、数名の文官らしき男性が机に向かっている。
ア・クフン様以外の若手文官たちは、ヤシュ・バラム様の突然のブチ切れに心臓を縮み上がらせたのか、青い顔でひたすら机に俯いている。
オフィスがお通夜状態だ。
しかし、私はといえば、生前のブラック企業で培われた「理不尽なパワハラ」で鍛え上げられた鋼のメンタルを持っている。これくらいの圧迫面接では、眉一つ動かすことはない。
(ああ、なるほどね。中途採用に対する、本社お決まりの『歓迎行事(圧迫面接)』だな)
という程度の事務的な認識だ。
私は、床に落ちている哀れなノートを平然と拾い上げ、トコトコと静かにヤシュ・バラム様の御前に進み出た。そして、ぽんぽんとノートの埃を払って卓上にそっと置き、一歩下がると、これ以上ないほど慇懃に礼を執る。
「会社の備品は大事になさいませ、陛下。……出仕が遅れましたこと、心よりお詫び申し上げます。本日より陛下付のパルを命ぜられました、シャクにございます。何卒よろしくお願いいたします」
感情を一切乗せない、プロのビジネススマイルをたたえて完璧な挨拶を述べる。
すると、ヤシュ・バラム陛下はふんと鼻を鳴らし、さらに突き放すように冷たい視線を向けてきた。
「お前には、何も期待することはない」
私の営業スマイルがピキリと凍り付いた。
若きワンマン社長の口から、とんでもない「不採用通知(全否定)」が飛び出したからだ。
「……お言葉ではございますが、陛下。なんのご期待もなく、職能(仕事のパフォーマンス)すら評価していただけない状態で、なにゆえ、このわたくしをわざわざ高待遇の王宮へと召し上げられたのでございますか?」
「お前が知る必要はない」
ヤシュ・バラム陛下も、部屋の空気を極限まで凍てつかさんばかりの冷たい声で応戦してくる。態度が冷え冷えのエアコン十六度設定だ。こんにゃろ。
「──かしこまりました。それでは、初出仕が遅れたことに対する懲罰を、大至急頂戴したく存じます。つきましては、降格処分として、わたくしを元の『土木課のドブさらい』に落としていただけますようお願い申し上げます」
やってられるかバカバカしい!
こっちが嫌だって言ってるのに王命だなんだと無理やり連れてきておいて、「お前に期待することはない」だぁ!?
期待してないなら、最初から引き抜きするんじゃなーい!
戻ってやる。こんなサビ残の匂いしかしない社長室なんて願い下げだ、今すぐ私の愛するホワイトなドブさらいに戻ってやるぞ!
「却下だ」
「解せぬ」
くそったれ、業務用の慇懃な敬語もストップだ。
「ちょっと待ってくださいよ! ここに来る条件として、『私が業務上で何かやらかしたら、懲罰としてドブさらいに落とす』っていう約束だったじゃないですかっ!! 遅刻したんだから懲罰を与えてくださいよ!!」
私はがばっと陛下の机に両手をつき、ぐいっと顔を近づけて抗議した。
あまりのゼロ距離に、陛下の切れ長の目が一瞬だけ丸くなり、微かに頬が引きつったのを私は見逃さなかった。
ほら見ろ、図星で動揺してやがる。
「さてな。俺はそんな約束をした覚えはないぞ」
陛下はすぐに元の冷酷な鉄面皮に戻ると、私の剣幕などどこ吹く風といった様子で、すっと視線を逸らした。
(きーっ! 腹立たしい! このワンマン経営者め!)
「チャーク・ツィブは、懲罰を『検討する』と言ったはずだが?」
陛下は、私の横で涼しい顔をしてすましているア・クフン様を顎で指してのたまった。
あ、そうか。ア・クフンは役職名で、この本社の総務部長のお名前は『チャーク・ツィブ様』とおっしゃるのか。覚えた。
「そして、いま、俺は王として検討した。その結果、新人パル・シャクの遅刻に対する懲罰は『不要』と判断した。故に、お前の希望するドブさらい落ちは却下だ」
(……騙された……っ!!)
私はがっくりと両膝の力が抜け、床に両手をついて項垂れた。
チャーク・ツィブ専務との口契約の時点で、確実な「やらかし=降格」の文言を盛り込ませるべきだったのだ。
あのエリート官僚め、最初から「検討する(※やるとは言ってない)」という逃げ道を作ってやがった。
「……私の、完全な『リーガルチェック(契約書確認)』不足でした……」
「ふん。分かればよい」
「で、結局、私はここで何をすればいいんですか?」
私はがばっと顔を上げると、畳一畳ぶんの机の向こうにいる陛下を、恨みがましくきっと睨みつけた。
「役立たずのお前は──とりあえず、そこに座っていろ」
陛下はそうぶっきらぼうに吐き捨てると、プイと横を向いて再び筆を動かし始めた。




