第12話 私のフグリの責任をとれ!
現場から引き上げられ、いつもの個室(檻)に放り込まれた私。
その直後、現場監督官が怒髪天を衝く剣幕で怒鳴り込んできた。
頑丈な木製の格子が壊れるんじゃないかという勢いだ。
さっきまで白目を剥いて泡を吹いていた男とはとても思えない、
火事場の馬鹿力である。
「おい、シャク!! お前だお前、お前だよこの呪われた歩く白い天災めがァ!! お前は一体どれだけ私の寿命を縮めれば気が済むんだ!! 脳みそまでヘドロが詰まってるのか!? ああ!? 聞いてるのか!!」
木格子をガンガンと激しく叩きながら、監督官の血管がちぎれんばかりの怒声が檻の中に響き渡る。
私は、ちょこんと正座し、とりあえず「上司の説教を受け流すときの神妙な顔(本日二回目の能面)」を作っている。
「いいか、落ち着いてよく聞け、この大馬鹿者が! 今日ここを通られたのはなぁ……ただの高貴なお方じゃないんだよ! 我がティカルの! 若き絶対君主! 太陽の化身! ヤシュ・バラム陛下その人なんだよォォォ!!」
(あ、やっぱりね。そんな気がしてたんだ)
「陛下はなぁ、先代の王たちが他国との戦争で傾かせたこのティカルを、その冷徹無情なまでの天才的頭脳と圧倒的な軍事力で、わずか数年でこの世界最強の超大国に押し戻した『若き傑物』なんだぞ!? 逆らう者は貴族だろうが神官だろうが笑顔で首をはねる、歩く処刑宣告人と言われているんだ!!」
監督官は自分の髪をかきむしりながら、檻の前を狂ったように往復し始めた。
「それなのに……! それなのに何だあの醜態はぁっ! よりによって、陛下が最も神聖な儀式のために、わざわざ純白に織り上げさせた最高級の漆喰織の礼服に……! 数週間かけて丹念に熟成された、一番臭くてドロっドロの特濃ブラックヘドロを、あろうことか狙い澄ましたようにクリティカル着弾させやがって!! あの瞬間、私は自分の首が胴体からマッハでポク・タ・ポクみたいに吹っ飛ぶ幻影を見たぞ! 生きた心地がしなかったわ!!」
「えっと」
私は、びしっと手を挙げて発言を求めた。
「なんだ、まだ話が終わっておらんぞ!」
「お説教中に申し訳ないんですけど、ポク・タ・ポクってなんですか?」
「シャクめ。お前は、俺が今言ったことを聞いていたか? 俺はなんと言った!? まだ話が終わっていないと言っただろ! なのに、なにをさも指名されたかのように普通に発言してくれてんだよ! ポク・タ・ポクっていうのはな、神聖な球技で使うゴム製のボールのことだ! ああ、いいことを思いついたぞ。お前をピッツに出してやろう。ピッツは、ポク・タ・ポクを使ってやる球技でな、負けた方、場合によっては勝った方が生贄になるという恐ろしいものだ。そうだ、そうしてくれよう!」
監督官が高笑いを始めた。
(なるほど。社長の、それも今日の大事な役員会議用のオーダーメイドスーツに、バケツの汚水をぶっかけたようなもんか。うん、現場監督(中間管理職)が泡を吹くのも納得のインシデントだわ)
「とりあえず、生贄の件は承知しましたんで、説教の続きをしてもらっていいですか?」
正座のまま神妙な顔をして、こてんと首を傾げて上目遣いに監督官を見上げる。あざとい仕草だ。
「くっ……またスルーか。まあいい。さっきのヘドロ着弾だけなら業務上の事故だ、不可抗力だ! 陛下が不問にして立ち去ろうとした、あの瞬間! そこで大人しくドブの底で死んだふり若しくは本当に死んでおけばよかったんだ!! それを何だお前は! 陛下に向かって『あ、待って!』だとぉ!? どこの市場のナンパだそれは!! しかもだ、あろうことか、振り返った陛下を泥まみれの指で指さして……『ア・ポル・ノホ(彫師のおじさん)』だとぉぉぉ!?」
監督官の声が裏返り、もはや悲鳴のようになっている。
「陛下を……! 偉大なるヤシュ・バラム陛下を捕まえて『彫師のおじさん』だ!? お前、あの御方が即位される前、どれだけ恐ろしい戦果を挙げてきたか知ってて言ってるのか!?」
「いえ、存じ上げません」
「いちいち話の腰を折るな! ばかもの!! 確かに陛下は、敵国の間者を御自らその手で検分するため、たまに職人に化けて刺青を彫るという噂はあるが……! それを本人の目の前で、他部署のオジサンを労うみたいに『おじさん、異動になったわけ?』って……お前正気か!? 正気であってたまるか!? 神の呪いで脳のバグが限界突破してるだろ!!」
(あー、やっぱりあのタトゥー、社長直々の『新規採用の身辺調査』だったんだ。どうりで手際がいいと思った。っていうか、社長直々にタトゥーを彫る会社って何なの、ベンチャー企業すぎるでしょ)
「極めつけは最後だ!! 私は見たぞ! この濁った両目でしっかりと見たからな! お前、陛下が突き出された『神の拳』に対して、あろうことか、そのドブネズミみたいな汚い拳を、こつん、と合わせただろうがぁぁぁ!! 陛下と奴隷がグータッチをするなど、我が国三千年の歴史のどこを探しても記述がねえわ!! お前があそこで陛下と『魂の密約』みたいな不敵な笑みを交わしたせいで、周りの近衛兵たちが『あの白い女、もしや陛下の隠し子か、さもなくば裏の組織のボスか……!?』って深読みして、誰も動けなくなったんだぞ! 責任をとれ! 私の、この、恐怖で縮み上がったフグリの責任をとれぇぇぇ!!」
(フグリの責任はちょっと……)
はぁ、はぁ、と肩を激しく上下させ、ついに酸素欠乏症になりかけた監督官が、木格子にすがりつきながら涙目で私を睨みつけた。
「いいか、シャク……。お前が呪われているからか、それとも陛下がキチガイ(お前)を面白がっているのかは知らん。だがな、次にあんなことがあったら、私は陛下に処刑される前に、ストレスで胃に穴が空いてドブの中で憤死する! どっちにしても死ぬ未来しか見えないんだ! 頼むから、明日からは大人しく、ただの静かなドブさらいマシーンになってくれ……頼む、頼むから……」
一通り怒り狂ったあと、最後はほぼ「懇願」のようになって、監督官はフラフラと足元をよろめかせながら去っていった。
「ふぅ……」
私は、監督官の後ろでニヤニヤしながら見物していたサキルに向かって右手の親指を立て、サムズアップのサインを送った。




