第25話:止まれない世界、街ごと滑り出したんだが
毎話独立しているので、この話からでも読めます!
朝。
俺がベッドから起き上がった瞬間、
スーッ――
「え?」
体がそのまま横に滑った。
止まらない。
ドン!!
壁にぶつかる。
「痛っ!!」
少女が言う。
「現在、摩擦が消失しています」
「さらっとヤバいこと言うな!!」
俺は体を起こす。
今度は慎重に立つ。
……立った瞬間、
スーッ――
「だから止まれねえって!!」
また滑る。
壁。
ドン!!
「学習させろよこの世界!!」
なんとか壁に手をついて体勢を立て直す。
だがその手も、
スーッ――
「手も滑るのかよ!!」
支えが全部意味をなさない。
外に出る。
ドアに手をかける。
スカッ
「開かねえ」
押す。
ガンッ
「いや当たるのかよ!!」
もう一度。
スーッ――
「通れたわ!!」
そのまま勢いで外まで滑る。
「歩いてねえのに移動してる!!」
通り。
人々が全員、滑っている。
スーッ……スーッ……
誰一人歩いていない。
全員が静かに横移動している。
「怖えよ!!」
少女が言う。
「歩行動作は不要です」
「いらん進化すな!!」
よく見ると、みんな微妙に速さが違う。
ゆっくり流れるやつと、やたら速いやつがいる。
「なんで個体差あるんだよ」
「初速と外力の影響を受けています」
「物理の授業すな!!」
パン屋。
店員がカウンターにいる。
……いや、
スーッ――
カウンターの奥から横に流れてきた。
「いらっしゃいませ」
「流れながら接客すな!!」
俺はパンを取ろうとする。
手を伸ばす。
スーッ――
「取れねえ!!」
手がそのまま滑ってパンを通り過ぎる。
「止まれ!!」
壁。
ドン!!
「一回ぶつからないと止まれねえのかよ!!」
角度を調整して、もう一度。
ガシッ。
「よし!」
パンを掴めた。
その瞬間、
スーッ――
「持ったまま滑るな!!」
店員も滑ってくる。
「三ゴールドです」
スーッ――
通り過ぎる。
「会計どこ行った!!」
金を出そうとする。
コインをつまむ。
スーッ――
「止まらねえ!!」
コインが指の間から滑る。
床に落ちる。
スーッ――
そのまま店の外へ。
「通貨が流出してる!!」
横の客も叫ぶ。
「払えない!!」
別の客も、
「取れない!!」
店員が言う。
「決済が不可能です」
「冷静に言うな!!」
少女が補足する。
「現在、摩擦が存在しないため、貨幣の保持ができません」
「つまり?」
「支払いが成立しません」
「つまり?」
一瞬の沈黙。
店員が言う。
「……無料です」
「雑すぎるだろ!!」
店内がざわつく。
「タダ!?」
「持ってけ!!」
「どうせ払えねえ!!」
全員がパンを掴もうとして、
全員滑る。
スーッ――
「結局持てねえじゃねえか!!」
その時、
スーッ――
横から少女が滑ってくる。
「……え?」
少女は壁に軽く触れる。
そのまま、
スーッ――
綺麗に角度を変えて移動する。
「おい、お前今……」
少女が言う。
「逆に、滑りを利用すれば移動は容易です」
「何その応用力!!」
さらに少女は、柱に軽く触れて方向転換する。
スーッ――スーッ――
まるでスケートみたいに、無駄なく曲がっていく。
「お前だけこの世界適応してるじゃねえか!!」
少女は淡々と続ける。
「摩擦がないため、運動エネルギーは保持されます」
「だから授業すな!!」
スーッ――
少女はそのままレジ前に到着する。
「支払いは不要と判断されます」
「そこも適用するな!」
通り。
兵士が立っている。
……いや、
スーッ――
「立ってねえ!!流れてる!!」
その時。
別の人が軽くぶつかる。
コツン。
兵士、
スーッ――――――
一気に加速する。
「行った!!」
そのまま止まらず、一直線に遠くへ消えていく。
「どこ行くんだよ!!」
遠くから声。
「現在の治安は安定していま――」
スーッ……
「フェードアウトすな!!」
少女が言う。
「外力を受けたため、等速運動に移行しました」
「だから授業すな!!」
広場。
カップルがいる。
男が言う。
「好きです」
その瞬間、
スーッ――
男が横に滑る。
女も、
スーッ――
逆方向へ。
「距離離れてる!!」
男、
「ちょっと待――」
スーッ……
女、
「聞こえ――」
スーッ……
「会話成立しねえ!!」
さらにぶつかって、方向が変わる。
男は壁に反射して別方向へ。
女は人に当たって回転しながら滑っていく。
「もう物理実験だろこれ!!」
少女が言う。
「摩擦がないため、方向制御が困難です」
「困難じゃなくて不可能だろ!!」
その時。
違和感。
俺の体が、
スーッ――
「うわっ!?」
止まらない。
さっきより速い。
どんどん加速していく。
「なんで加速してんだよ!!」
少女が言う。
「空気抵抗も消失しています」
「最悪の組み合わせだろ!!」
「なお、速度に上限はありません」
「終わったわ!!」
俺は滑り続ける。
止まらない。
曲がれない。
前方。
壁。
「やばい!!」
ドン!!!
「ぐはっ!!」
そのまま反対方向へ、
スーッ――
「反射すな!!」
さらに加速している気がする。
「どんどん速くなってねえか!?」
街中がカオスになる。
人がぶつかっては飛び、
滑っては流れ、
壁で反射し、
別の誰かに当たってさらに加速する。
「事故しか起きねえ!!」
その時。
視界の端で、違和感。
建物が、少し動いた。
スーッ――
「……は?」
家が、横にズレている。
パン屋の位置が、さっきと違う。
通り全体が、ゆっくり流れている。
「おい」
さらに遠く。
塔が滑る。
店が並んだまま移動している。
道の形が変わる。
「街ごと動くなああああ!!」
少女が言う。
「地面との摩擦も消失しています」
「全部終わってるだろ!!」
街全体が、ゆっくりと流れていく。
建物同士がぶつかり、
ズレて、
また滑っていく。
「地形崩壊してる!!」
その時。
空にウィンドウ。
「ユーザーフィードバック」
来た。
「“止まれなくて怖い”」
その通り。
「“会話が成立しない”」
知ってる。
「“街が動いてる”」
気づいたか。
「改善を実施します」
やめろ。
少女が言う。
「次のアップデートでは、摩擦が復活します」
「頼むぞ……」
「言語アップデート ver.4.1」
「だから言語関係ねえだろ!!」
光。
静寂。
俺は一歩踏み出す。
……ピタッ。
止まる。
「……お?」
普通に歩ける。
止まれる。
壁に触れる。
ちゃんと当たる。
パンを持つ。
滑らない。
「直った……!」
その瞬間。
左足だけ、
スーッ――
「うわっ!?」
右足は止まっているのに、左足だけ滑る。
バランスが崩れる。
ドン!!
「気持ち悪っ!!」
周りを見る。
人々が、
・左半身だけ止まって右半身が流れている
・顔だけ固定で体が横移動している
・その場で足だけ高速スライドしている
「直り方バグってるだろ!!」
少女が一言。
「部分的に摩擦が復活しました」
「全部戻せよ!!」
俺は叫ぶ。
「この世界、“ちょうどいい調整”できないのかよ!!」
少女が答える。
「仕様です」
「知ってた!!」
最後まで読んでいただきありがとうございます!もし面白かったら、評価やブクマしていただけると励みになります!今回は少しだけ長くしてみました!そして次回、敬語崩壊!?お楽しみに!




