36.【檻】
ここから説明回が数話続きます。
王城敷地内の北側、鬱蒼と生い茂る木々の先に、その建物はあった。
堅牢な石造り構造の中型備蓄倉庫を改修した、監獄だ。捕らえた罪人を、法廷での裁判を終えるまでの期間、一時的に留置しておく為の施設である。
ヴォレークが長官に就任してから、刑罰執行までの勾留時間が、以前とは比べ物にならないほどに短縮された。
それだけを聞くと、冤罪も紛れているのではないかと訝りたくなるが、実情は逆。確かな証拠を突きつけ、徹底的に逃げ場を無くし、覆りようのない判決を言い渡す……それにより、留置者は長期で監獄に留められることなく、速やかに迷宮刑へと送られていく。
その完璧な仕事ぶりにより、業務上において、彼は非常に有能な人物だと高く評価されていた。内面が少々残念なことを知っているのは、ごく一部の人間だけだ。
ブォン! しゅうぅぅぅ……
グラシース侯爵邸の通用口部屋から転移魔法陣を渡り、職場である王宮へやや遅めな出勤となったヴォレークは、到着するやいなや、現状を確認すべく監獄棟内の執務室へと足を進めた。
コンコンッ!
「入るぞ」
ガチャッ!
中からの返事を待つことなく彼がドアを開けると、騎士服を纏った大柄な青年が最奥の席に座っていた。
机上に置かれた大量の書類に目を通す騎士に向け、ヴォレークが声を掛けた。
「悪い、テディ! 遅くなった」
「いや、それは構わない。団長にも話は通してある。それより……職場ではその名で呼ばないでくれよ、ヴォレーク」
「あぁ、そうだな。テルディウス」
青年は手に持っていた紙を置くと、椅子からすっと立ち上がった。長身のヴォレークよりも、頭ひとつ分背が高くガッシリとした体躯の彼が、少し心配そうに尋ねる。
「俺が止めるのも聞かずにレイが飛んでいったが、大丈夫だったか? お前に対しては、昔から随分と厳しいからな」
「ははは……」
ヴォレークが青年に苦笑いを返し……ふと、思い出したように、マジマジと彼の顔を下から覗き込む。
「それにしても……これの……どこが可愛いんだ?」
「ん? 一体、何の話だ?」
「レイがお前のことを『可愛い婚約者』って……」
ヴォレークの言葉にテルディウスの顔が一瞬にして、ぼっと赤くなる。
「なっ! か、可愛い⁉︎ レイめ……ま、またそんなことを……」
「なるほど。こういうところか」
青年の素直な反応を見て、妙に納得したのかヴォレークが一人で頷いた。
テルディウス・ルーヴィン子爵。レイの幼馴染であり、婚約者だ。親しい者からは『テディ』の愛称で呼ばれている。
ライザ嬢の記憶の中で『クマさんのようだ』と例えられていた当時の生徒会副会長が、この彼だ。
公爵家次男として生まれ、『家督を継ぐのは長男だ』と昔から繰り返し聞かされてきた彼は、幼少期から騎士を目指し研鑽を積んできた。
学院を卒業後は騎士団に配属され、地道に功績を上げていき……そして、今春から騎士団の副団長に抜擢された。それに伴い、子爵位も得た努力家である。
テルディウスがラグナット侯爵家に婿入りするか、彼が爵位を与えられるまで待ってからレイが輿入れするかという二択に始まり、業務の多忙さやセレスティーナ嬢の手術予定もあって、二人の結婚式の日取りが決まるまでに随分と時間を要したという経緯がある。
ちなみに彼が任された膨大な仕事量の9割方が、恐らくヴォレークのせいである。
「どうした? 珍しく、今日は調子が悪そうだな」
「‼︎」
長い付き合いからか、友人の小さな異変に気づいたテルディウスが、そっと眉を顰めた。気安い相手から問われ、ヴォレークも肩をすくめる。
「俺は……どうやら、ライザ嬢に色々と誤解されているらしくて……こ、このままだと……非常にまずいんだよ」
「誤解?」
「話せば長くなるが……どうも、レイの結婚相手が俺だと思い込んでるらしい」
………………
一瞬、沈黙した後、テルディウスが不思議そうに首を傾げた。
「なぜそうなる? お前の婚約者なのにか?」
「俺とは『偽装婚約』だと思い込んでるんだよ」
「仕事を優先して、彼女を後回しにしたのが良くなかったんじゃないか?」
「ゔっ! そ、そんなつもりじゃ……」
ここでも図星を指されて、ヴォレークが言葉に詰まった。
「そういえば、学生時代にもレイとヴォレークは噂されていたな。お前達二人がいつも行動を共にしてたから……俺も側にいたはずなんだが、完全に背景の壁扱いだったからなぁ……」
「あれはレイのせいだ。お前と二人きりだと緊張するからって、毎度毎度、付き合わされていたんだよ」
そう言ってヴォレークが、子供のように口を尖らせた。従えている部下達には、けして見せられない顔である。
「本当のことを知らなければ、不安で悪い想像が膨らんでしまうのは、誰しも仕方ないことだ」
「でも……彼女に信じて貰えてないのは……正直……すごく苦しい」
口籠る彼を見て、テルディウスが呆れたように溜息を吐き出した。
「はぁ……まったく。好きな相手に嫌われたくないからって、お前は格好つけ過ぎだ。素直な自分を見せて、それで幻滅されるようならその程度の縁だったってことさ。ヴォレークが惚れた彼女はそんな女性なのか? とりあえず、しっかりライザ嬢と向き合ってみろよ」
パシンッ!
「ぐはっ!」
テルディウスが、励ましのつもりで友人の背中を叩いた……が、思いの外に力が強かったのか、ヴォレークが小さく呻いた。
「す、すまんすまん。ところでヴォレーク、話は変わるが……お前、あの部屋に何をした?」
「ん? 何って?」
背中を摩りながら、テルディウスに聞き返す。
「とぼけんな。あの『檻』だよ」
司法機関と関わりのある者達は、鉄格子に囲まれた取調室を『檻』と呼ぶ。自分の刑罰をできうる限り軽くしようと、罪人が洗いざらい己の罪を告白する為、『真実の檻』という異名が付けられた……と、されている。
「檻がどうかしたか?」
「少々、困ったことになってな……」
「何⁉︎ 証言が取れないのか?」
「いや、むしろ証言が取れ過ぎて困っている」
「……ほう?」
興味深そうな声を上げるヴォレークに、テルディウスが話を続ける。
「昨夜の一件で捕らえた近衛騎士達を、夜通し一人ずつ檻の中に入れていったんだが……ダンマリしていたヤツらが、片っ端から面白いぐらいにコロコロッと口を割っていく。お陰で、芋づる式に関係者が増えていって、収監スペースが足らなくなってんだよ」
「あぁ、なんだそんなことか。椅子が少し壊れていたから直しておいたんだよ。ようやく尻尾を掴んで放り込めたんだからな。迷宮管理長官たる者、用意周到にいかないと……」
「椅子? ……あぁ、なるほど。そういうことだったのか」
薄ら笑うヴォレークの様子から、彼の意図を汲み取ったテルディウスが、合点いったとばかりに頷く。
「そうか……前長官は職務怠慢ではなく、職権濫用か。最悪だな。だとしたら、まだ増えるか。これ以上は……スペースが空いてるのは、あそこくらいだな」
そう言って、テルディウスが窓の外に視線を向けた。
「……流石に、そりゃ無茶な話だな」
ヴォレークも同じ方向を冷めた瞳で見遣る。視線の先には、大池の中央に聳える塔……そこは、忌まわしき第一王女が幽閉されている場所であった。




