35.【絶対に救う!】
レイ達が部屋に到着した後、ザックスが紅茶を一杯飲み終えた頃合いで、ベッドの方から布擦れの音が聞こえてきた。
ゴソゴソッ……バサッ!
薄い掛布団を足で蹴り落とし、ベッドに寝そべったまま全身で伸びをする少女。その可愛いらしい口唇から、唸り声が吐き出される。
「ゔぅ〜〜んっ!」
「あぁ、お戻りになりましたね、セレスティーナ様」
カチャリ……
持っていたカップをソーサーに置き、ザックスがセレスティーナ嬢の方を振り返る。すると彼女は、小柄な身体を勢いよく起こして、ベッドからピョンと飛び降りた。
「ただいま、ザックス! ……って、あれは何? 空気がすこぶる悪いわね」
そう言って、セレスティーナ嬢は怪訝な顔で、部屋の片隅をクイッと顎で指し示した。
そこには、椅子に向かい合って腰掛け、仲良く項垂れる二人……ヴォレークとレイだ。間に挟まれた丸テーブル上に、彼ら分の紅茶も用意されていたが、どちらも手付かずのまま残されている。
ザックスもそちらを一瞥してから、また視線を戻し、ニッコリと少女に微笑んだ。
「あぁ、あれらは適当に放っておいて大丈夫です。それよりも、どうでした? 練習とはいえ、魔臓の領域まで辿り着けましたか?」
「えぇ! バッチリよ!」
「「えっ⁉︎」」
ザックスとセレスティーナ嬢の会話を聞き、ターニャとアグウィが同時に驚きの声を上げる。
「……」
レイも己の頭を切り替えるように、目の前の冷めた紅茶を一気に飲み干し、椅子からスッと立ち上がった。
「おはよう、セレナ。今の話はつまり……お前は自分の中に潜っていた……ということか?」
「えぇ、そうよ。お兄様が、お義姉様の今いらっしゃる位置を光の魔法陣でマークしてくれたから、体内を巡る魔力の流れに自分の意識を乗せ、そこを目指した……ってわけ」
「「「……」」」
自分の胸を指差しながら、さも当然のように、サラリと言ってのけるセレスティーナ嬢。
理屈は分かる。でも、口で説明したことを即座に誰しもが実行できる程、生半可な技術ではない……高度な魔力のコントロール。
アグウィが金タライで氷漬けにされていた際、身体は『水』属性でありながらライザ嬢から流入する『火』魔力を扱えたり……紛れもなく、セレスティーナ嬢は天才肌だ。彼女からは、グラシース侯爵家の優秀な血統を感じる。
「そうそう、お義姉様の魂自体が自らを護ろうと、私の身体の『水』魔力を活用して保護膜を作ったみたいよ? 素晴らしいわ! それにしてもお義姉様……水のクッションの中で丸まって眠ってて……愛らしいったらありゃしない! リアル女神様の寝起きドッキリよーーーー!」
「まぁ! 鼻血が出てますよ、お嬢様! とりあえず落ち着いて……」
「ふぐうっ!」
ターニャにハンカチで鼻をギュッと摘まれ、暴走気味なお嬢様の動きがピタリと止まる。
ガタンッ!
その時、セレスティーナ嬢の報告を生気の失せた顔で聞いていたヴォレークも、ようやく立ち上がり、重たい口をゆっくりと開いた。
「ライザ嬢が『水』属性……俺と『お揃い』だな」
………………
「おい、こっそり喜ぶなぁぁーーーーっ!」
レイが愚かな従兄弟に向けて、怒鳴り声を上げる。
「はっ! お兄様ったら甘いわね! 私はお義姉様の『火』属性も使えるわよ! っていうか、今、一心同体よ〜〜ほほほほ! 私の方が上だわ!」
「あっ! ずるいぞ、セレナ!」
「だから、張り合うなぁぁーーーーーーっ!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ、三人のやり取りを眺めていたザックスは、深々とあからさまに溜息を吐き出した。
「はぁぁぁぁぁぁ……」
すると、急に思い出したかのように、ヴォレークが彼に噛みつく。
「そ、そうだ、ザックス! こ、婚約者のいる女性を呼び捨てにするってのは、ちょっとどうなんだ?」
「……私とライザは友人同士、愛称で呼び合うのに何か問題でも? 婚約者の友人関係に口出しする程、余裕が無いんですか? ヴォレーク殿はそんな狭量な男なんですか?」
「ぬぐっ!」
「そういえば……ザックス、お義姉様のこと、ちょっと口説いてたでしょ?」
「さぁ、なんのことでしょう?」
「なっ⁉︎」
驚きのあまり言葉が出ず、口をパクパクさせるヴォレークを無視して、ザックスはセレスティーナ嬢に向けて話を続ける。
「ライザは清く正しい伯爵令嬢。一応はヴォレーク殿という婚約者がいる状況下において、不貞に当たる行為や、それと疑われるようなことは絶対に避ける。……どんなに苦しくても、辛くても……どんなに私が両手を広げても……ライザはこの胸には飛び込んで来ないんですよ。だから……ヴォレーク殿のことをきちんと、彼女自身がしっっっかり嫌いになってもらわないと……」
「……は?」
「婚約解消が円満に済み、グラシース侯爵家とフレイブ伯爵家が関係を清算し終えたら、その時は改めて、全力でライザを口説こうとは思っていますよ?」
「ほ……本人を前にして、よく言えたもんだな」
ザックスの背中に向けてヴォレークが恨み言を吐くと、彼は顔だけをちらりと向け、冷たく言い放った。
「そうかい? むしろ裏で言うより、正々堂々としていて潔くないか?」
「うぐっ……」
薄笑いを浮かべたザックスの言葉に怯み、情け無い表情を浮かべるヴォレーク。
するとザックスが突如、彼の胸ぐらをグッと掴み上げた。
ガツッ!
「ザックス⁉︎」
レイがギョッとして、義弟の名を呼ぶ。
呼ばれた当の本人は、真正面からヴォレークを睨みつけて……だがすぐに、その手を彼の服からパッと離した。
「ザ、ザックス?」
「理屈の通りに人間が動くのなら、誰も恋になんて悩まない……どんなに私が愛を囁いても、ライザが振り向いてくれないなら……なんの意味も無いんだから……」
「?」
俯くザックスの独り言は、ヴォレークの耳には届かなかったようだ。
そんな二人のやり取りを、下からじぃっと見守っていたセレスティーナ嬢が、意外そうに声を漏らした。
「あら……ザックスったら、もっと怒り狂って、なんか、こう……お兄様の靴を片一方隠したり、服を全部裏返しにするとかやっちゃうかと思ったのに……」
「……セレスティーナ様は一体どんな嫌がらせを期待なさってたんですか? まぁ、正直なところ、こんな残念麗人にライザを掻っ攫われるとは思ってませんでしたから、腹立たしいのは否めないですかね」
「い、言い方ーーっ!」
「でも、ヴォレーク殿……これだけは言っておきます。私は……ライザの愛らしい顔を曇らせる、この世の全てのモノを排除したい。でも、本人が望まないことは絶対にしたくないんでね……あくまで、私は彼女に選択肢を提案しただけです」
「好かれていることに余裕ぶっこいて、お義姉様の気持ちを考えなかった罰ね……ざまぁないわ」
「……」
二人に返す言葉が見つからず、ヴォレークが沈黙し、重苦しい空気が部屋に漂う。
その雰囲気を切り替えようと、セレスティーナ嬢は突然、両手を打ち鳴らした。
パンッ!
「はい! お兄様へのお説教会は、また改めて開催するとして……私、ちょっと聞きたかったことがあるんだけど……」
すると、彼女の言葉にレイが応じる。
「ん? なんだ?」
「王女が私の命を狙った理由はこの前教えてもらったけど、それだけだと『純血系貴族が狙われる』って話と、なんか噛み合わないのよね。ターニャ達の仲間の件だって、何か繋がりがあるんでしょ?」
「おや、察しがいいな、セレナ。あの色ボケ極悪王女に、入れ知恵をした貴族がいるんだよ。そいつの狙いもお前の命だった……利害の一致さ。そして、横取りするつもりだったんだよ、セレナの死体を……」
「うげぇ……ハイパークソ野郎ね。反吐が出るわ」
「セレスティーナ様、言葉遣い……ライザに聞かれても困らない範囲でお願いしますね?」
「あ! おほほほほ!」
ザックスに窘められて、セレスティーナ嬢が口元に手を遣る。彼女の口の悪さは、どうやらレイ譲りなようだ。
「ライザ嬢……」
ヴォレークは愛しい婚約者の名前を呟いてから、室内にいる全員をぐるりと見回した。
「俺は今日この後、王宮に出向いて取り調べに参加する。そして明日はいよいよ、セレナの手術だ。魔石を取り外せ次第、ライザ嬢の心臓及び魔臓に刺してある連結杖を引き抜く。これが無事成功しなければ、彼女の意識は戻らない……だが、絶対に救う! そして……俺は……心からの言葉を伝えて、彼女の誤解を解きたい!」
それを聞き、皆が静かに頷く。ザックスだけは微動だにせず、ただ目を瞑っていた。彼なりに思うところがあるのだろう。
「セレナ……もういっそ、この際だから……ほ、他にライザ嬢は何か言っていなかったか?」
「何? またトドメを刺されたいの? 他? 他には……あっ!」
「な、何だ⁇」
「お義姉様……昨日の朝食に出されたスープのレシピが欲しいって、さ」
そう言って、セレスティーナ嬢はニヤリと笑った。




