32.【お身体に障りますよ?】
ゴツッ!
ヴォレークの膝下から鈍い音が鳴った。予想していなかった攻撃をモロに喰らい、小さく彼が呻き声を上げる。
「ぐっ! セレナ……いきなり何を……」
「『いきなり何を……』じゃなーーい! 元はと言えば、ちゃんとお義姉様とお話できないチキンなお兄様のせいよっ! ポンコツだとは思っていたけど、まさかここまでとは…… も〜〜! 心底、見損なった! その仕事用な澄まし顔も、ほんと気に食わなーーいっ‼︎」
身体を傾けて脛を摩る青年の背中を、妹君が声を荒げながらボコボコと殴りつける。
「痛ててっ、ちょっ、こら! やめ! 地味に痛いぞ⁉︎ 朝っぱらから、いきなり何なんだ? 変な夢でも見たのか⁇ 話が全く見えてこないんだが……」
「暴力はいけませんよ、セレスティーナ様。どうどう」
二人の様子を眺めていたザックスが見かねて、妹君の両肩を掴み、兄上の背からベリッと引き剥がした。そのまま、ご乱心な少女の向きをくるりと自分の方へ反転させる。
目線の高さを彼女に合わせて屈み、彼は諭すように真正面からセレスティーナ嬢へ語り掛けた。
「そんなに興奮したら、お身体に障りますよ? また、一昨日みたいに倒れたら心配です。不安なお気持ちはよぉーーくわかりますが、ライザの為にもここは一旦、冷静になりましょう、ね?」
「ゔっ……うん……そうね。ごめんなさい」
ザックスの言葉には素直に耳を傾けるのか、それとも『ライザの為』というワードが響いたのか……セレスティーナ嬢は小さく頷き、しおらしく彼に頭を下げた。実兄に対してと、態度がまるで違う。
そこへ、状況がまだイマイチ飲み込めていないヴォレークが口を挟んだ。
「そ、そうだぞ。あの時はどうなることかと肝が冷えたんだからな。俺達だけじゃない。レイも屋敷の皆も、セレナの容態を案じて気が気じゃなかった……」
「……そうですね。あまりに動揺し焦っていたせいで、ライザへの説明をまるごとすっ飛ばし、勝手に彼女の胸に装置を取り付けるくらいですからねぇ」
ザックスから、嫌味とも取れる冷ややかな発言が飛び出し、ヴォレークの顔がさぁっと蒼褪める。
「なっ⁉︎ ザックス、なぜそれを⁉︎ レイから聞いたのか⁇」
「いいえ。ライザ本人から聞きました」
「本人って……」
ヴォレークが形の良い眉を歪め、聞き返す。
「なんの冗談だ? ライザ嬢は、まだ眠っているはず……」
「えぇ、手術が終わらない限り、身体は眠ったままでしょうね。でも、セレスティーナ様が倒れたあの日……代わりに意識を取り戻したのは、ライザだった」
「……は?」
「だ・か・ら! ここ二日間、私の身体を代わりに動かしてくださっていたのは、お義姉様なのよ!」
ただならぬ雰囲気に気圧され、ヴォレークは二人の顔を交互に見比べた。
「二人とも一体、何を言って……それは……本当なのか?」
そう呟くと、顎に手を置き、暫し考え込み……そして、静かにヴォレークが口を開いた。
「言われてみれば、確かに……いつものセレナよりも数倍優しくてお淑やかだったような気が……でも、体調を崩している時と、回復後の一日程度は借りてきた猫のように大人しいから、今回もそんなもんだろうとばかり……」
「一昨日……ヴォレーク殿がライザを利用し、魔力流動は成功。セレスティーナ様の身体機能は回復した」
「利用って……」
不服そうに、何か言葉を言いかけて止める。レイから言われたことを思い出したのかもしれない。彼自身にそのつもりがなくとも、ライザ嬢や周囲からすれば、そう取られても仕方ない状況だ。
「本来の決行日は明日だったはずですが、それがズレたことと……本人の同意を得ずして実行した為に不具合が生じたのか……魔力と共に、ライザの魂もセレスティーナ様の中へ移動してしまったのではないかと……」
「なっ⁉︎ なるほど……あり得なくはない。セレナとライザ嬢を繋いだ連結用の魔法杖……構成と作成陣は……」
ブツブツと独り言を呟くヴォレーク。それを横目にセレスティーナ嬢が話を続ける。
「気を失って、どれくらい経ったのか……どこからか、愛しいお義姉様の声が聞こえてきて……ぼんやりしていた私はパチッと覚醒したの。ご自分だって不安なのに、私のことを案じてくれて……」
「ライザ嬢が……」
「ライザは誰よりも優しいですからね」
「お義姉様……私に呼びかけてくれたんですのよ! 『セレスティーナちゃん』だって……きゃーーーーーーーっ!」
「「……」」
手で頬を押さえ、ジタバタとその場で足踏みし、喜ぶ少女。その様子を見慣れている二人は、生温かい目でそれを見つめる。
一昨日、セレスティーナ嬢の具合が悪化した原因が……『コレ』なのだ。魔石摘出の手術に際し、万全な状態で臨む為にはライザ嬢の協力が必要不可欠。大大大好きな彼女と顔合わせをするという話を聞いたセレスティーナ嬢が大興奮して……容態が急変したのだ。
これが、妹の存在を婚約者であるライザ嬢に明かしていなかった理由である。
興奮で細胞が活性化し、魔臓の機能も亢進すると、体調が急激に悪化してしまう。妹を彼女に紹介したら、当然、交流が始まる。『これ、妹さんへのプレゼントですわ』なんて、憧れのライザ嬢から渡された日にゃ、セレスティーナ嬢は踊り狂って吐血してしまう。それを危惧し、主治医から情報制限と接近禁止命令が出されていたのだ。
ザックスが、はしゃぐセレスティーナ嬢を現実に引き戻すよう声を掛ける。
「そういえば、セレスティーナ様。先程、ライザが大変だって……」
「あっ! そ、そうよ、大変なの! 今朝起きたら、お義姉様がどこにも見当たらないのよ!」
「ライザが⁉︎」
「何⁉︎」
「私が身体を動かせるようになった途端、お義姉様の心の声がぱたっと聞こえなくなったの。それでも、私の中に存在は感じていたのに……」
そう言って、セレスティーナ嬢は自分の胸に手を当てる。
「私に生きる希望を……冷え切った心に、火を灯してくれたのはお義姉様だった。今度は私が、お義姉様を助ける番だわーー!」




