31.【まずい、まずい、まずい‼︎】
ライザが眠りについた為、天の声でお送り致します。
『廻風迷宮』でのひと騒動あった夜は明け、空が美しい朝を連れてきた。窓から差し込む柔らかな陽光が、ベッドで眠るセレスティーナ嬢の顔にまで届く。美少女の造形が全て帳消しになるレベルのだらしなく緩んだ寝顔……小さな口端からは、ちょろっとヨダレが垂れている。
閉じた瞼裏が光を感じ取ったのか、眩しさから逃れるように、少女は反対向きにゴロンとダイナミックに寝返りをうった。
「ふぉっ、ま、まぶし……うぅん……うはっ! 今、何時ーー⁉︎」
次の瞬間、カッと目を開き、布団を勢いよく捲り上げると、ドタバタと半ば転げ落ちるようにベッドから抜け出た。
そのまま慌てて、鏡の前へよろけながら進み、ささっと身支度を整える。そして、お嬢様は綺麗なお辞儀を披露した。
「お、お、おはようございます、お義姉様! わ、わ、私、セレスティーナ・グラシースでございます! こ、こうしてご挨拶申し上げるのは初めてですが……お、お、お義姉様のことは、ずっとずーーっとお慕い申し上げておりましたのーーっ!」
鏡越しに自分の中のライザ嬢へ向け、顔を真っ赤にしながら、上擦った声で熱いメッセージを送る。
だが、少女の期待は空振り、目的の相手からの反応は全く感じられなかった。
………………
「あ、あれ? お義姉様? もっしもーーし……」
自分の胸に手を当て、あらためてライザ嬢に呼びかけるセレスティーナ嬢。しかし、昨日までは確かに感じていた『火』属性魔力を持つ彼女の存在が、内側のどこにも見当たらない。ぎゅっと目を瞑り、再度、真剣に探るが……やはり見つけることができない。
彼女の顔から、サァーーッと血の気が引いていく。
「えっ? う……嘘でしょ⁉︎」
そう呟くやいなや、少女は自室から猛スピードで飛び出した!
バッターーーーンッ‼︎
屋敷を揺るがす開扉音を轟かせ、長い廊下を一気に駆け出す!
ダダダダダダダダダーーッ‼︎
「まずいまずいまずい‼︎ お、お義姉様がっ‼︎」
「セレスティーナ様ーーっ‼︎」
「あっ‼︎」
運動禁止なはずのお嬢様のペナルティ行動。その第一発見者は、朝の代診予定で昨夜から屋敷に泊まっていたザックスだった。
廊下を彼女に併走しながら、青年は『制止』という名の捕獲を試みる。
「おはようございます。ですが、走ってはいけませんよ? ちょっと失礼!」
そう言うと彼は、自身の属性魔法をその手に発動させ、セレスティーナ嬢の身体に柔らかな風をふわりと纏わせた。そのまま、風に足元を掬わせて、ひょいと己の腕の中へと彼女を抱え上げる。
「ちょ、ちょっと下ろしてよ、ザックス! お義姉様が大変なのよ! うちの愚兄とっ捕まえて、一刻も早くどうにかしなきゃ‼︎」
「えっ⁉︎ ライザが⁉︎ 彼女が一体どうしたんですか⁇」
驚きながらも、青年は足を止めてはいない。セレスティーナ嬢の意図を汲み取り、目的の方向へと歩みは進めているようだ。
「ヴォレーク殿なら食堂には来ませんよ。昨晩、遅くに帰ってきて、また、これから王宮に出向くようです。今ならまだ自室か、転移通用口の部屋では? 急ぎましょう」
「じゃあ、魔法陣の部屋へ先に向かってちょうだい!」
「承知致しました」
昨日、自身を『お嬢様の犬』だと言い放った青年に運ばれながら、少女はジロリと彼を見遣る。
「それにしても、まさかザックスがお義姉様の元婚約者だったとはね……」
「……思ったよりも驚かれないんですね?」
「まぁね。ザックスが初めて私の部屋を訪れた時、お義姉様の姿絵を驚いた顔で見つめていたから……なんとなく知り合いなのかなくらいには察していたけど……ちっ! 皆、隠してやがったわね」
お嬢様が口元で、品の無い音を奏でた。それをザックスがやんわりと窘める。
「こらこら、舌打ちは駄目ですよ、セレスティーナ様。ライザが見たら、びっくりしますよ?」
「はっ! 嫌だわ、私ったら……おほほほほ」
グラシース侯爵邸の使用人は有能だ。その中に、ライザ嬢の経歴を洗いざらい全て調べ上げた人物もいたはずだが、兄妹どちらにも元婚約者に関する報告を上げてはいない。
恐らくは、グラシース侯爵夫妻とラグナット侯爵……レイ先生へ引き継ぐ前に、セレスティーナ嬢を担当していた主治医からの判断だろう。
そんなやり取りをしている間に、目的の場所の扉前へと二人が到着した。もちろん、ライザ嬢が眠る特別室とは別。通用口として使用人達も利用する転移魔法陣が設置されている部屋だ。
コンコンッ!
ザックスが軽くノックをすると、部屋に近づく気配を察知していたのか、扉が勝手にスーーッと開く。
すると室内にいた人物が、襟元を整えながら、言葉を向けてきた。
「二人ともおはよう」
「おはようございます、ヴォレーク殿」
「……」
「セレナ、元気がいいのはなによりだが、朝からあんまりザックスを困らせるなよ?」
「……」
「セレスティーナ様……」
ザックスが静かにセレスティーナ嬢を床に下ろすと、彼女はぶすっとした顔のまま、ツカツカと兄の傍らまで進んだ。
すぐ近くで挨拶を返すのかと思いきや、片足を後方に振り上げた少女は、兄君の脛を思いっきり蹴飛ばしたのだった。




