30.孤独な暗闇。
一瞬、状況が理解できなかった。
セレスティーナ嬢の視界から差し込んでいた光が唯一の灯りだったのに……それが失われた真っ暗な空間では、上下左右もおぼつかない。でも、それよりも……彼女の身に一体、何が起きたの⁉︎
この暗闇が悪い想像を掻き立て、私の不安を一気に増幅させる。
すると、まだ微かに残る聴覚が拾ったのは……レイ先生とザックスの優しい声。
「ふふっ、まだまだ子供だな。すまんがザックス、セレナをベッドに運んでやってくれるか?」
「えぇ。では、ちょっと失礼しますね。おやすみなさい、セレスティーナ様」
………………
あぁ、なるほど。エネルギー切れで、セレスティーナ嬢がパタッと眠りに落ちたのか。
び、びっくりしたぁ……でも良かったわ、なにも無くて……。
安心した途端に、へなへなと力が抜けてしまった私は、その場にしゃがみ込み、大きく溜息を吐き出した。
売られた喧嘩を大人買いするようなお嬢様でも、まだ十歳。今は状態が安定しているとはいえ、身体はけして丈夫なわけではない。
しかも、病状から考えて、魔法は禁止されていたはず。なのに、今日はちょいちょい使用していた。肉体へ相当な負担がかかり、強制的に身体が休息モードへ切り替わったのだろう。
おやすみなさい、セレスティーナちゃん……私も休もう。
しゃがんでいる姿勢から、足裏が接している部分を地面に見立て、そっと手で周囲を触るが……何の感触もない。でも、何処か深くへ沈んでいく様子もないし、かといって浮いてもいない。なんとも不思議……まぁ、精神体という時点で、己の理解の枠組みなんて、とっくにはみ出している。
そのままゴロンと横に倒れ、猫のように丸まった。ゆっくりと眼を閉じかけて……一瞬止まる。
このまま眠りについて……もし、目覚めなかったらどうしよう……そんな考えが、ふっと頭を過ぎる。
ブワッと自分の肌に黒いシミが浮き上がり、全身が周囲の闇にじわじわと蝕まれていく……そんな錯覚に陥った。
ち、違う! これは……幻覚……のはず……。
カタカタと身体が小刻みに震え出す。怯える心を護ろうと、身をぎゅっと縮め、額を膝にくっつけ、さらに丸まる。
セレスティーナ嬢も目覚めた瞬間、この空間の中にいたのだろうか? きっと、ひどく心細かっただろうに……。
自分よりも幼い子が乗り越えたっていうのに……八つも年上な私が、弱音を吐いていてどうするのよ⁉︎
彼女の愛らしい顔を脳裏に浮かべ、なんとか心を奮い立たせる。
セレスティーナ嬢……貴女とは自分の姿で、声で、言葉で……直接会って話がしたい。おしゃべりしたいことがいっぱいある。その為には、絶対に元の身体に戻らなきゃ……いや、戻るんだ!
そうよ、話したい相手は他にもいる。ザックス、兄、そして……ヴォレーク様とレイ様。二人には祝福の言葉を……ちゃんと……ちゃんと笑って、伝えるんだ。それが、伯爵令嬢としての私の……仮初な婚約者の矜持だ!
………………
身体の震えが、いつの間にか止まった。
膝を抱える両腕にグッと力を込め、視線を上げ、私を覆う果てしない闇を正面から見据える。
落ち着け。自分の魂の行方を『大丈夫だ』と楽観的に言える状況にはないが、『駄目だ』と言い切れる理由も見つかっていない。五分五分ね。
焦燥感を煽るこの雰囲気に飲まれ、本質を見失ってはいけない。
『元に戻れるよう全力を尽くす。約束する』……彼は確かに、そう言った。ならば、信じよう……ザックスの……友人の言葉を。今は、それしかできない。
「私が私を諦めたら、一体、誰が私を救えるっていうのよ……」
そう呟きながら、そっと両瞳を閉じたのだった。




