29.捕物劇。
「はっ! それはどうかな?」
そう言うなりアグウィは、手をくるりと滑らかに返し、黒い丸玉を親指と人差し指の間に出現させる。摘んだその種子をパキッと割ると、『豆蒔き』の本領発揮と言わんばかりに、そこから蔦が勢いよく飛び出した!
しゅるしゅるしゅるしゅるーーーー!
「何⁉︎」
敵の剣へ、まるで意志を持つかのように蔦が絡みつく。剣ごと引き摺られるのを避けた男は、パッと武器を手放し、後ろへ飛び下がった。その着地と同時に、懐からすぐさま短剣を取り出すと、やや低い体勢で構えを取る。
「おい! 一体、どうなっている⁉︎」
「ひ、昼間確認した時は、確かに室内は無効化状態だったかと……」
「ちっ、ボロ屋で魔法陣も劣化したか⁉︎ くそっ‼︎」
動揺する男共に向け、腕組みしながらアグウィが答える。
「魔法を封じれば、俺に勝てると思ってたんだろ?」
彼のすぐ背後には、先程奪った剣が証拠品として蔦に押さえられていた。まるで封印されし伝説の剣状態。そう易々とは取り外せない。
「まぁ、間違っちゃいないさ。剣の腕前だったら、お前ら騎士には勝てないからな」
そう言って、さらに追加の種子をパッとその手に出現させる。
「はっ! 何を勝った気でいるか知らんが、貴様、忘れてないか? こちらにはお前の『相棒』という人質がいることを……」
「……」
ガタガタガタ……ゴトンッ!
その時、セレスティーナ嬢の入った酒樽が突如、音を立てて動き出し、そのまま横倒しとなる。どうやら、拘束されていた彼女が中で目覚めたようだ。
「おい、お前! 中身の無事を確認しておけ! 小傷一つでも付けたら、何を言われるか分からんからな!」
「は、はい!」
指示された男が酒樽に慌てて駆け寄る。だが、次の瞬間……
ドゴォンッ! ガッシャーーーーン‼︎
「ぐはぁっ‼︎」
中を開けようとした男の顔面に、吹っ飛んだ木蓋が見事にめり込む。内側から相当な風圧が加わったのだろう。その勢いのまま、砕け散る木片と共に、男は壁に打ち付けられ……ぴくりとも動かなくなった。
「「なっ⁉︎」」
「おっ! ナイスタイミング!」
酒樽から這い出て、舞い上がる埃の中で立ちあがったのは、目を閉じたままのセレスティーナ嬢。彼女がそっと両眼を開けると、全身が仄白く光出す。そして、その姿は……グラシース侯爵家の侍女ターニャへと変わった。見事な変身魔法。
「なっ⁉︎ お前は……くそっ! 騙したのか‼︎」
「どの口が言うか! 先にうちの弟分を騙したのはお前らだろ! っつうか、アグウィ。何も本当に眠らせなくてもよかったんじゃないか?」
「いやぁ……『もし途中で、うっかりターニャが瞬きしたら変身が解ける』って、あの人に言われたから……」
「あぁ、なるほどな」
手紙を白鳩や白ウサギに変えるのなんて、ヴォレーク様にとって造作もない。当然、ターニャをセレスティーナ嬢へ擬態させることなんて、彼にとって容易いことだ。
だが、魔法陣とは違い、簡易魔法は万能ではない。魔法は解ける。それは時間制限か、条件か……手紙なら相手の手に渡った時に、変身なら目を開けた時にそれぞれ元に戻る仕組みとなっていたようだ。
『ギルド建物内では魔法が使えない』その一般常識が無意識のうちに刷り込まれていた敵方だから、まんまとこちら側の策に嵌ったのだ。
「甘く見ないで頂きたいわね、うちの坊ちゃま」
そう言って、ふいっとターニャが窓の外に手を向けた。その指尖の示す先には……月を背景にして空中に浮かぶ人影。その美しいシルエットだけで、それが誰か分かる。
「だいたい本当、よく思いつくわよね。無効化魔法陣を無効化しようだなんて……」
「なっ! 馬鹿な……化け物か……」
ターニャの言葉に男の声が掠れる。
驚くのも無理はない。複雑な魔法陣をこの極短時間で作成したことになる。しかも、建物を覆う程の広範囲陣……並の魔術師では不可能だ。
「魔法陣の術式をきちんと理解している坊ちゃまにとったら、ただの単純作業よ。あんたら運が悪かったわね」
「「‼︎」」
窓越しに見える人影がゆらりと動く。どうやら、己の仕掛けた魔法が解けたのを感知し、彼が次の行動へと移ったようだ。
魔法杖を素早く動かし、空中に新たな魔法陣を作り出した。水平に配置された陣が放つ光の輝きを……私は知っている。
あれは……転移魔法陣‼︎
パァァァァァァァァーーッ……
眩い輝きを放つ魔法陣に向け、ヴォレーク様が声を張る!
「総員! 突入ーーーー‼︎」
ドサドサドサッ! ドドドドドドドドーーッ‼︎
優秀なる指揮官の号令の元、中空固定された魔法陣から警備隊員達が次々と転移出現し、地面に着地するやいなや、そのままギルド建物内に雪崩れ込んだのだった。
◇◇◇◇
「す……すごい……」
スポットライトに照らされた登場人物達を暗い観客席から見守るように、私はセレスティーナ嬢の中から、この捕物劇を眺めていた。まるで劇場で舞台鑑賞しているような感覚だ。
グラシース侯爵邸内、セレスティーナ嬢の部屋では、彼らが戦っているリアルタイム映像が大きな水鏡にて上映されていた。彼女の他にはレイ先生とザックスがこの場に同席している。
作戦会議の際、セレスティーナ嬢が『私自身が囮として酒樽に入るわ!』と言い、それを宥めるのに一番時間が掛かっていた。皆が大切な彼女を安全圏に置いておきたいのだから、絶対に許可するわけがない。
最終的には、ごねる少女に『映像転送魔法』という代替案で納得させたのだが……あれはあれで大騒ぎだった。
対象の瞳を通して映像を転送する為、アグウィの瞳の中に、水魔法で錬成されたプルプルなレンズを落とし込むのだが……入れた瞬間、アグウィが目元を両手で押さえながら、ゴロゴロと床を転がった。
「ぎゃぁぁぁぁーー! め、目がぁぁぁぁーーーー! 沁みるぅぅぅぅーーーー!」
「おい、しっかりしろ!」
ガッ!
アグウィの頭を鷲掴み、ぐいっと引き起こすターニャ。彼の両目が数字の『3』状態になっていたのには流石に驚いたわ。すぐ戻ったけどね。
私がそんな回想にふけっていると、ザックスの話し声が聞こえてきた。
「迷宮の属性や階級登録には、申請書類に管理官数名が目を通し、現地視察も行うはず。それで嘘が罷り通ったとしたら、やはり賄賂でも贈ったか……」
どうやら王女以外にも、有力貴族に思い当たる輩でもいるのだろう。それにしても、行方不明の探索者って……一体?
ぐらっ……
「⁉︎」
その時、急にセレスティーナ嬢の身体が傾き、両瞼は閉じられ、私の視界は真っ暗になったのだった。




