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第9話:不完全な概念、あるいは水上のベンチ

この2日間で、僕の身体はすっかり疲れ切っていた。頭の中もまた、依然として激しい混乱の真っただ中にある。

 

確かに、今日だって昼食を食べ損ねていたから胃袋は悲鳴を上げていた。しかし、もう一度あの暗い外の世界へ出ていく気力は1ミリグラムも残っていなかった。僕はフロントマンに案内されるままホテルの食堂へと向かい、静かに夕食を済ませた。部屋に戻って熱いシャワーを浴びると、そこでようやく人心地がついた。

 

僕はベッドに転がり、天井を眺めながらあの「象」のことを考えた。

象が海の守り神だなんて、論理的に考えればあり得ない話だ。いや、待てよ、と僕はおもい直す。もしあの象が、人間の知る形を借りて神様が顕現した姿なのだとしたら、その象が海の上をのしのしと歩いていたって何ひとつおかしくはないはずだ。

 

2足歩行の羊が小舟のオールを漕いでも、大型犬ほどもあるペンギンが街中のベンチで気持ちよさそうに昼寝をしていても、それはただ、僕らが「そんなことは起こるはずがない」という身勝手な固定概念に縛られているから奇妙に見えるだけではないか。

 

——概念を飲み込む怪物。

概念が崩壊すれば世界も崩壊する。

 

この2日間に僕の身の回りで起きたこと、そして彼女のことを頭の中で整理しているうちに、僕はまたいつの間にか眠ってしまったらしかった。

 

暗闇の中で、ごそごそと擦れるような他人の気配がした。

僕が薄く目を開けると、ベッドの脇にあの双子が立っていた。サイドテーブルの時計の針を確認すると、時間は深夜の3時を指している。

 

「君たち、どうしてここにいるの?」

僕は上体を起こして問いかけた。期待はしていなかったが、やはり双子は僕の質問には直接答えなかった。

 

「静かに。起きちゃうから」と双子Aが唇に人差し指を当てた。

「起きたら困るから」と双子Bが言った。

「行くよ」と双子A。

「散歩」と双子B。

 

僕は、双子がこの時間、この部屋にいる正確な理由について考えようとした。しかし、すぐに思いとどまった。深く考えても仕方のない種類のことだった。——最近、すっかり口癖のようになってしまったあのフレーズを頭の中で小さく呟くと、僕はベッドを降りて双子と一緒にホテルを出た。

 

双子は時折「静かに、静かに」と僕を振り返りながら、僕の前を小さな足取りで歩き、ホテルの裏手に広がっている雑木林の中へと入っていった。

 

しばらく木々の間を縫うようにしてついていくと、大人でさえ二抱えはありそうな、圧倒的な存在感を持った一本の大木の前に出た。

僕はもう、何も質問しなかった。いつものように、双子に促されるままその大木の幹にそっと両手を突いてみる。

 

視界がぐにゃりと歪んだ。

 

目眩をやり過ごし、再び目を開けたとき、僕はさざ波ひとつない、鏡のように滑らかな水の上に立っていた。下を向いて足元を確認したが、僕の靴はなぜか全く濡れていなかった。

 

ふいに、姿は見えないが、どこか遠くから双子の声が鼓膜に届いた。

 

「あそこにいるよ」と双子Aの声。

「今なら行っても大丈夫」と双子Bの声。

 

何のことか分からず、僕はあたりをじっくりと見渡した。

すると、さっきまでは確かにそこにはいなかったはずの彼女が、少し離れた水の上にポツンと置かれたベンチに、静かに腰掛けているのが見えた。


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