第3話:無人島の象、あるいは地下へ続くステップ
小舟がざらついた砂浜に乗り上げたとき、辺りはすっかり奇妙な静寂に包まれていた。
「ここから先は一本道だ」と羊はオールを片付けながら、僕に言った。「真っ直ぐに行けば分かる。迷いようのない道だから、迷う必要もない」
「君は一緒に行かないのかい?」と僕は尋ねた。
「私はここまでだよ、この先は管轄外だからね」
羊はそう言って、再び小舟を対岸に向けて漕ぎ出してしまった。水面に描かれる白い波紋が消えていくのを、僕はしばらくの間、一人で眺めていた。
仕方なく、僕は羊に言われた通りに歩き始めた。
道は確かに一本しかなかった。踏み固められた土の感触を靴底に感じながら、冷たい風の中を十分ほど進むと、目の前に岩肌がぽっかりと口を開けた洞窟が現れた。
何かに導かれるように中へ足を踏み入れた。その奥にそれはあった。
石造りの頑丈な台座の上に、それは静かに鎮座していた。
灰色の、大きな象の像だった。
普通の部屋に置くにはあまりにも巨大すぎたが、かといってどこかの観光地が目玉にするには、いささか地味で、これといった特徴も欠いているように見えた。僕はその像の前に立ち、ざらざらとしたコンクリートの皮膚に指先で触れてみた。一週間前に彼女が電話の向こうで言った言葉が、頭の中で冷ややかにリフレインした。
「北海道の、象の像が見たいの」
僕はそれから、念のためにその島をぐるりと一周してみた。
しかし、ペンギンの姿はどこにもなかった。足跡も、彼らが残したはずの生活の気配も、何一つ見当たらなかった。
僕は最初の岸辺へと戻り、途方に暮れて水面を見つめた。対岸の景色はすぐそこに見えている。手を伸ばせば届きそうなくらいだ。しかし、まだ寒さの残る北の湖を泳いで渡ることは、僕の肉体的なスペックでは到底不可能だった。どうやって帰ればいいのか、僕には見当もつかなかった。
「おにいさん」
背後から、不意に小鳥のさえずりのような、かわいらしい声が響いた。
振り返ると、そこに二頭のペンギン?いや、二人の子供が立っていた。
どちらもペンギンの着ぐるみを頭からすっぽりと被っている。サイズからして、五歳くらいだろうか。小柄な双子の女の子だった。
「あれ、君たちどこから来たの?」
僕はしゃがみ込んで、双子たちと同じ目線になって問いかけた。
しかし双子は僕の質問には答えず、ただ互いに顔を見合わせて小さく笑った。
「ペンギン探してるの?」と向かって左側の双子Aが言った。
「こっちだよ」と右側の双子Bが言った。
「ペンギンがいるのかい?」
双子は何も言わず、小さな足取りで歩き始めた。僕はそのペンギンの尻尾が揺れるのを追いかけた。辿り着いたのは、さっきの「象の像」があるあの洞窟だった。
「ここなの?」と僕は尋ねた。
「違うよ、あっちあっち」と双子Aが言った。
「もっと奥」と双子Bが言った。
僕は目を凝らし、うす暗い洞窟の奥をよく見てみた。
そこには、さっき一周したときには確かに存在しなかったはずの、頑丈な石の階段が下に向かって伸びていた。照明の届かない地下の暗闇へと、そのステップはどこまでも続いているようだった。
双子は何やら楽しそうに、声を合わせてクスクスと笑いながら、迷いのない足取りでさっさとその階段を降りて行ってしまった。
僕は暗闇の入り口で、ほんの少しだけためらった。深く考えても仕方のない種類の、しかし無視するには少し重すぎる予感があった。それでも、あの小さな二人の背中をこのまま暗闇の中に放っておくわけにはいかない。
僕は深く息を吸い込み、カメラのストラップを肩にかけ直すと、双子の後を追って階段を降り始めた。




