第2話:凍雲町の静かな柵と、二度目の羊
僕は札幌のホテルで一泊し、翌朝の早い列車で目的の街へと向かった。
札幌からそれほど遠くない場所に、その街はあった。
名は「凍雲町」という。
駅に降りると、空気は肌に張り付くように冷たかった。編集者の彼が送ってきた曖昧な地図を頼りに、僕は「ペンギンリゾート」と呼ばれる場所を目指して歩いた。しかし、そこに広がっていたのは、リゾートという華やかな響きからはほど遠い、ただの寂れた牧場のような風景だった。
僕は数時間かけて、その広大な敷地を歩き回った。
カメラのファインダー越しに世界を覗いてみても、そこにペンギンの姿はなかった。一羽どころか、羽毛の一片さえ見当たらない。いるのは、風に揺れる名もなき野草と、低く垂れ込めた雲だけだった。
僕はすっかり疲れてしまい、牧場を区切る木製の古い柵に背中を預けた。
ポケットから煙草を取り出そうとして、自分が数年前に禁煙していたことを思い出し、代わりに冷え切った両手をポケットの奥に深く突き刺した。完全に途方に暮れていた。世界からペンギンという概念そのものが、最初から存在しなかったかのように消え去っている。
「また会ったね」
不意に、すぐ近くから声がした。
まるで、最初からそこに落ちていた影が言葉を持ったかのような、静かな声だった。
見上げると、あの羊が立っていた。
2足歩行で背筋をピンと伸ばし、東京の街角で見かけたときと全く同じ、手入れの行き届いた毛並みをしていた。背景がアスファルトから北海道の枯れ草に変わっただけで、彼の存在の不条理さは何一つ変わっていなかった。
「何か困っているのかい?」
羊はそう言って、僕の隣の柵にそっと前足をかけた。
「ペンギンを探しているんだ。半日以上歩き回ったが見つからないんだ」と僕は言った。できるだけ平坦な声を選ぶように努めた。
羊は少しの間、僕の顔をじっと見つめていた。その瞳は、何も語らない夜の湖面のように静かだった。
「ここにはいないよ」と羊は静かに首を振った。そして「もしよければ、私についてくるといい」
深く考えても仕方のない種類のことだった。僕はただ頷き、柵から体を離した。
羊の後に従ってしばらく歩くと、林の向こうに灰色をした小さな湖が現れた。風がないせいか、湖面は一枚の巨大な古い鏡のように硬く凍りついて見える。その岸辺に、塗装の剥げかけた一艘の小さな木舟が、頼りなく繋がれていた。
「乗りなよ」と羊が言った。
僕は言われるままに小舟へと乗り込み、中央の狭いベンチに腰を下ろした。羊は慣れた手つきで舫い綱を解くと、音もなく舟に飛び乗り、一組のオールを握った。




