第8話「エルフは嘘をつくのが苦手」
俺は料理をエルーシャに取り分けた。彼女にはピータン入り豚肉粥と塩酥鶏、そしてミルクティーを渡した。
「お兄ちゃん、外国人ってピータンが食べられないかもしれないよ! だって、ピータンっておしっこみたいな臭いがするんだもん!」
「ピータン? おしっこみたいな臭い?」
エルーシャは目の前に置かれた料理を見て、困惑した表情を浮かべた。
「あれはほかの店がピータンの下処理をちゃんとしていないからだよ。正しく処理してあれば、あんな臭いはしないんだ」
「うん、妹ちゃんの言うおしっこの臭いって、本当にするのか?」
「うちの店のはたぶん大丈夫だよ。でも、私もあまり食べないけどね。ところで、お姉さん、中国語がすごく上手だね!」
エルーシャは俺のほうをちらりと見た。
「よかったら交換しないか?」
「いいのか?」
「うん」
こうして俺たちは料理を交換した。俺の辛口チキン割包と麺線羹、それにサルサパリラを、さっきエルーシャに渡したセットと交換したのだ。
俺はまず、飲み物のカップを覆っているフィルムを剥がし、ミルクティーを飲み始めた。
エルーシャも俺の真似をして飲み物のフィルムを剥がし、一口飲んだ途端、驚いた顔をした。
「これはお酒なのか? すごく刺激が強いし、薬みたいな味もするぞ!」
「お姉さん、サルサパリラを飲むのは初めて?」
「サルサパリラ?」
「台湾人がよく飲む炭酸飲料だよ! アルコールは入ってないよ!」
続いて俺はピータン入り豚肉粥の紙容器の蓋を開け、スプーンを手に取ってブランチを食べ始めた。
やっぱり単単割包店のピータン入り豚肉粥はうまい。
ピータンは丁寧に下処理されていて、あの尿のような臭いが取り除かれている。豚肉も肉本来の旨味が感じられ、食材が新鮮だということがよく分かった。
一方、エルーシャも俺の真似をして麺線羹の蓋を開け、食べ始めた。
「このスープ麺、すごく旨味があるな!」
彼女は麺線羹をスープ麺と呼んでいた。
「お姉さん、麺線羹を食べるのは初めて? それより、お兄ちゃんとはどういう関係なの?」
「どういう関係か、だって? 今日初めて知り合ったばかりだよ。彼が食事をごちそうしてくれると言うから、ついてきたんだ」
「そうなんだ! お兄ちゃんにも、ついに彼女ができたのかと思ったよ!」
「彼女というのはどういう意味だ?」
「お兄ちゃん、このお姉さん、私の言ってることが分からないみたいだよ? それで、お兄ちゃんとこのお姉さんはどういう関係なの?」
さて、どう答えたものか……。
そのとき、頭の中に選択肢が表示された。
【選択肢1】正直に話す。
【選択肢2】作り話をする。
選択肢の下には、燃え尽きようとしている時間ゲージが表示されていた。
俺は少し待ってみた。すると、三つ目の選択肢が現れた。
【選択肢3】聞こえなかったふりをして、そのまま粥を食べ続ける。
そこで俺は選択肢3を選んだ。何事もなかったかのように、粥と塩酥鶏を食べ続ける。
「お兄ちゃん、私を無視するなら、日泉お姉ちゃんに、お兄ちゃんがどこの誰かも分からない女の人に服を着せてあげてるって言っちゃうからね!」
こいつ、あれが姉の服だと見抜いたのか!
すると、頭の中に選択肢が表示された。
【緊急選択肢】作り話をする。
どうやら、これを選ぶしかなさそうだ。
俺は作り話を選択した。
「実は昨日、家に帰る途中で……その……バス停のベンチに座っているエルーシャを見かけたんだ。困った顔をしていたから、声をかけてみた。そしたら、財布とパスポートをなくしてしまって、バスにも乗れないし、ホテルにも泊まれないって言うんだ。それに、警察に行くのも都合が悪いらしくてさ。それで、俺が家に連れて帰ったんだよ」
「なんだか、お兄ちゃん、作り話をしてるみたいだね! まあ、とりあえず信じてあげるよ。じゃあ、このお姉さんの名前はエルーシャっていうの?」
「妹ちゃん、そうだよ。私の名前はエルーシャ・ヘル・ルティ。事情はお兄さんが話したとおりだよ! 財布もパスポートもなくしてしまって、本当に困っていたんだ!」
「そうなんだ? ところで、お姉さんの髪って金色がかった緑色なんだね! わざわざ染めたの?」
「染めた? これは生まれつきだぞ!」
「おい! それは彼女の設定なんだよ、皢瑜。気にするな」
「じゃあ、黄緑色の瞳もカラーコンタクトなんだよね?」
「これも生まれつきだ。私はエルフだからな」
「エルフ?」
「皢瑜が言ったとおり、色付きのコンタクトをしてるんだよ。エルフのコスプレをしてるんだ」
「そうなんだ! じゃあ、お姉さんは何歳なの?」
「最後に誕生日を祝ったのは何年前だったかな? 自分が何歳なのか、もう覚えていないんだ」
「これも全部、彼女の設定だからな。皢瑜、気にするなよ!」
「設定かあ。でも、エルーシャお姉さん、台湾に来て財布をなくしちゃったなんて、きっとつらかったよね。お兄ちゃんが助けてくれてよかったね! そうでしょ、お兄ちゃん?」
「うん」
「それで、警察にはもう届け出たの?」
また頭の中に選択肢が表示された。
【選択肢1】そのままブランチを食べ続ける。
【選択肢2】作り話をする。
再び、燃え尽きていく時間ゲージが現れた。
少し待っていると、三つ目の選択肢が表示された。
【選択肢3】あとで警察に届け出るつもりだと言う。
俺は少し考えたあと、選択肢2を選んだ。
「実は、今朝もう彼女を警察署に連れていって、届け出を済ませたんだ」
「お兄ちゃん、さっき起きたばかりじゃなかった?」
しまった!
嘘がばれてしまった。
「そうだよ。私たちはさっき、警察署に行って届け出をしてきたんだ」
エルーシャが慌てて口を挟んだ。
もっとも、彼女が警察署という言葉の意味を本当に理解しているのか、俺には怪しいところだったが。
「怪しいなあ! ところで、お兄ちゃん、自分の絵馬が当選したって知ってる?」
「えっ? 知らないぞ!」
「今朝、お父さんが金猫寺に朝ご飯を届けに行ったとき、今年の当選した絵馬を見たんだって。そこにお兄ちゃんの名前が書いてあったんだよ! それで、お兄ちゃんの願いは叶ったの? ゲームみたいな生活ってやつ?」
俺は彼女に説明すべきかどうか迷った。
そういえば、さっきから選択肢が表示されるたびに、皢瑜の好感度が下がるという通知音が鳴り続けている。
誰が妹の好感度なんて上げたいと思うんだよ!
そもそも、俺の妹じゃないしな。『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』みたいなラノベじゃあるまいし。
「神様だって、どんな願いでも叶えてくれるわけじゃないんだよ」
「そうなの? でも、もし本当に願いが叶ったのなら、お兄ちゃんはどんな方法でお礼をするつもりなの?」
「ははは! それは俺にも分からないな!」
俺とエルーシャは、そのままブランチを食べ続けた。
皢瑜は時折、エルーシャにいろいろな質問をしていた。たとえば、どこの国から来たのか、とか。
俺はすぐに「アメリカだ」と答えた。
とにかく、皢瑜が質問するたびに、俺が代わりに答えていたのだ。
「お兄ちゃん、エルーシャお姉さんの代わりに答えてばかりじゃない!」
「うん、ははは! エルーシャはまだ中国語があまり上手じゃないから、俺が代わりに答えてるんだよ」
やがて昼食を食べ終えた。
俺は食べ終わった包装紙や紙の容器、紙コップをトレーにまとめてから立ち上がり、返却口へ向かった。ゴミを分別して捨て、トレーを所定の場所に置く。
席に戻ると、皢瑜とエルーシャも立ち上がっていた。
「あっ、お兄ちゃん! 家に帰って、Switchとゲームソフトを持ってきてよ。オンライン対戦できるゲームも何本かね! 私はエルーシャお姉さんを連れて、先に上に行ってるから!」
「はあ? 何だって? 勝手に人を連れていくなよ!」
エルーシャは嫌がる様子もなく、そのまま皢瑜に連れられて上の階へ行ってしまった。
そして俺は、彼女に言われたとおり家に帰った。
家からSwitchを入れたバッグを持ち出し、中にはオンライン対戦ができるゲームソフトを何本か入れた。
それから単単割包店に戻り、上の階にある、いかにも魔女の家といった雰囲気の家へ入った。
リビングでは、皢瑜とエルーシャがゲームをしていた。
「お兄ちゃん、来たんだ!」
「うん」
エルーシャを見ると、彼女は真剣な表情でコントローラーを操作していた。
「お兄ちゃんの嘘、エルーシャお姉さんにばれちゃったよ!」
「はあ? 何だって?」
「エルーシャお姉さんが、お兄ちゃんの秘密を教えてくれたんだよ! 家のクローゼットが異世界への入口になってるんでしょ? それに、エルーシャお姉さんはエルフっていう種族で、五百歳を超えてるんだって。どうやら、お兄ちゃんが願ったことは本当に叶ったみたいだね!」
俺はエルーシャのほうを向いて言った。
「どうして全部話しちゃったんだよ?」
「日日明さん、知っていますか? エルフという種族は、実は嘘をつくのが苦手なんですよ」
「種族のせいにするなよ!」
午後はそのまま、皢瑜の家のリビングでゲームをして過ごした。
その間に、叔母と義理の叔父、祖父、祖母もやってきて、エルーシャに挨拶をした。
そして、俺たちは夕食もごちそうになることになった。
夕食は、昨日のバーベキューパーティーの続きだった。
俺は義理の叔父が食材を買いすぎたことにツッコミを入れながら、焼き肉を食べていた。
エルーシャはとても楽しそうに笑っていた。
俺がついたあの嘘は、皢瑜が叔母たちに話したことで、いつの間にか本当のことになっていた。
「エルーシャさん、よかったら、うちに住んでもいいんですよ。思春期の男の子と二人きりで暮らすのは、何かと不便でしょう? ご安心ください。うちには空いている部屋もありますから」
義理の叔父がエルーシャに尋ねた。
「陸さん、お気遣いありがとうございます。でも、私は日日明さんと一緒に暮らしても問題ありません」
「私の携帯電話の番号を教えておきますね。何かあったら、いつでも連絡してください」
「でも、私、携帯電話というものを持っていないのですが……。日日明さん、これは必要なものなのでしょうか?」
「今どき、小学生だって携帯電話を持ってるんだぞ! アメリカ人なのに、どうして持ってないんだ?」
「彼女は携帯電話も財布もパスポートも、まとめてなくしちゃったんですよ!」
「秀麗、余っている携帯電話があったら、このお嬢さんに貸してあげられないか?」
秀麗というのは、俺の叔母の名前だ。
「あるわよ。ちょっと取ってくるね」
叔母は上の階から下りていき、数分後、スマートフォンを一台持って戻ってきた。そして、それをエルーシャに渡した。
「エルーシャさん、この携帯電話には、うちの家族の連絡先が登録してあります。何か助けが必要になったら、いつでも電話してくださいね」
「ありがとうございます、秀麗さん」
俺は、エルーシャがスマートフォンの使い方を知っているのだろうかと考えていた。
すると、エルーシャが俺のそばに寄ってきて、小声で尋ねた。
「日日明さん、家に帰ったら、スマートフォンの使い方を教えてもらえませんか?」
「ああ、うん」
その後、俺たちはバーベキューを食べ終えた。
義理の叔父が、昨日遊びきれなかった花火を持ち出してきた。
そういえば、祖父はアメリカ人なので、ときどきエルーシャと英語で話していた。
エルーシャが英語を理解できるのか、俺には分からなかったが、二人は普通に会話をしているようだった。
俺は線香花火用の火を使ってロケット花火に火をつけた。ロケット花火は瓶の中から空へ飛び出し、爆発した。
そのあと、俺たちは手持ち花火も楽しんだ。
そして、俺たちは家に帰った。
俺はSwitchの入ったバッグを背負っていたが、ゲームソフトを何本か皢瑜に貸したので、バッグは少し軽くなっていた。
エルーシャと一緒に、夜の湖畔の道を歩いて帰る。
そのとき、俺は眼鏡越しに奇妙な光景を目にした。
さまざまな妖怪や妖精たちが、湖に架かる大橋の上で騒いでいたのだ。
あたりは明かりで照らされ、太鼓の音が響き渡っている。
中秋節が終わったというのに、祭りはまだ続いていた。
俺は眼鏡を外して確かめてみた。
すると、妖怪たちは消えてしまった。
もう一度眼鏡をかけると、再び姿が見えるようになった。
猫の妖怪たちが担ぐ神輿の上には、猫神様が立っていた。彼女は何かをばらまいている。
俺は橋の上へ歩いていった。エルーシャも後ろからついてくる。
地面に落ちていたものを拾い上げると、それはお菓子だった。
「ここには、ずいぶんたくさんの神霊がいるんだな!」
エルーシャは驚いた様子で言った。
「神霊? 妖怪じゃないのか? それに、君にも見えるんだな!」
「見えるぞ! 神霊というのは、人々の信仰によって生まれる存在なんだ。だから、いろいろな奇妙な姿をしているんだよ。彼らは妖怪じゃない!」
その後、俺は神輿について金猫寺まで行くことはせず、そのまま家へ帰った。




