第7話「エルフは菜食主義? それとも肉食?」
07_エルフは菜食主義? それとも肉食?
クローゼットを抜けて自分の部屋に戻った途端、突然お腹が痛くなった。
さっき食べたものに当たったのだろうか?
「ここはどこだ?」
俺はすぐに鎧とブーツを脱ぎ、剣と盾、それに世界樹の果実も放り出した。
彼女は目の前にあるベッドをちらりと見た。
「何をするつもりだ? 私はそう簡単に屈したりしないぞ!」
どうやら何か勘違いしたらしく、彼女は戦闘態勢を取った。
「違うって! お腹が痛いからトイレに行くんだよ。君はここで待ってろよ! 勝手にあちこち歩き回るなよ!」
そう言い終えると、俺はすぐさまトイレに駆け込み、猛烈な勢いで下痢をした。
そういえば、昨日だってあれだけ出したのに、どうして今日もこんなに出るんだ?
便座に座りながら、俺はその疑問について考えていた。
「まさか……世界樹の果実のせいじゃないだろうな?」
それから、どれくらい時間が経ったのか分からない。
俺はもう倒れそうになるくらい、ひたすらトイレにこもっていた。
二日連続でこんなに下痢をしたら、さすがに死ぬぞ!
ようやく尻を拭いてトイレから出ると、愛露莎がキッチンで冷蔵庫を開け、その構造を調べているところだった。
「あっ、日日明! この箱、冷たい風が出てくるぞ! 冷凍魔石を使って作られた魔法の箱なのか?」
「いや、これは冷蔵庫っていう家電製品だ。冷気を使って食べ物の鮮度を保つための装置なんだよ」
「家電製品? その言葉の意味がよく分からないな」
「家電製品っていうのは、電気を使って動かす技術的な道具のことだよ」
「電気か?」
俺は彼女を見た。
身にまとっている白い薄布のドレスはかなり短く、すらりとした脚が露わになっている。
そういえば、今は秋だ。高雄は確かにあまり寒くないが、それでもそんな薄着では心配になる。
「なあ、エルーシャ。姉の服を貸してやろうか?」
「家にはほかにも人がいるのか? それに、どうして私の隠し部屋が、お前の部屋のクローゼットにつながっていたんだ?」
彼女は冷蔵庫の扉を閉め、俺に尋ねた。
「家族はみんな台北にいるんだ。高雄の家には俺一人しか住んでいないから、しばらくここに住んでも問題ないよ」
「日日明、私は美女なんだぞ! 男女が一緒に暮らしてもいいと思っているのか?」
確かに彼女は美人だ。だが、自分からそんな自信満々に言う人がいるだろうか?
「俺は君にそういう気はないんだけど。何を言ってるんだ?」
「日日明、私は美女なんだぞ!」
彼女は同じ言葉をもう一度繰り返した。どうやら、俺に自分の美しさを認めさせたいらしい。
俺は少し困ったような顔で額に手を当て、彼女の自信に満ちた可愛らしい笑顔を見つめた。
「はいはい、君が美人なのは分かったよ。姉の部屋に行って、着られそうな服を探してくる。でも、サイズが合うかどうかは分からないぞ?」
「サイズなら問題ない。魔法で服を体にぴったり合うようにできるからな」
「魔法か……。そういえば、こっちの世界でも魔法が使えるんだな。この世界にも魔力があるのか?」
「変なことを聞くな。魔力というのは、自然界に存在する魔素のことだぞ! そんなものがなかったら、生き物はどうやって生きていくんだ?」
「君の言う魔素って、空気や水と同じようなものなのか?」
「そういうことだ! 魔素は生き物が生きていくために必要な物質なんだぞ!」
俺が姉の部屋に入ると、彼女も後ろからついてきた。
俺はクローゼットを適当に開け、シャツとロングスカートを一着ずつ取り出して彼女に渡した。
「じゃあ、着替えが終わるまで外で待ってるよ」
「うむ」
俺は姉の部屋から出て、彼女を中に残したままドアを閉めた。
数分後、ドアが開いた。
彼女はもう着替え終わっていた。どうやら、本人が言ったとおり、服のサイズはぴったりだったらしい。
「着替えたぞ」
そういえば、このときになって初めて気づいた。
俺は彼女にブラジャーもパンツも渡していなかったのだ。
そもそも、姉の下着がどこにしまってあるのか知らない。それに、下着はほかの人が使ったものを着るのも抵抗があるだろう。
……つまり、今の彼女は下着を着けていないのか?
俺は少し困ったような顔をした。
「どうした?」
「エルーシャ、今、下着は着けてるのか?」
「日日明、何を変なことを聞いているんだ?」
「いや、何でもない。今の質問は忘れてくれ」
「冗談だよ。ちゃんと着けているぞ!」
「ということは、姉の下着を着たのか?」
「ふふん! 馬鹿め! そんなわけがあるか! 他人が着た服なんて着たくないからな! 実は、この法衣はさまざまな衣服の姿に変化できるんだ。だから、お前がくれた服も着ていないぞ!」
「はあ? いろんな服に変化できる法衣だって?」
「そうだ! この法衣は、私が研究した魔法によって作り出した、精巧な逸品なのだ!」
「じゃあ、下着は着けてるのか?」
「見たいのか?」
彼女は胸元の留め具に手をかけた。
俺は一瞬、あまりのことに驚いて、何と答えればいいのか分からなくなった。
「冗談だ。見せてやるものか!」
そういえば、彼女の髪もいつの間にかきれいに整えられ、白いリボンで低い位置にポニーテールを作っていた。
「別に見たいなんて言ってないだろ! このアマ!」
「そうなのか?」
「着替えが済んだなら、行こう」
「分かった、日日明」
こうして俺たちはリビングへ向かった。
俺は金猫神の小さな神像に近づき、その頭を指で弾いた。
すると、神像は二・五頭身のGS社のねんどろいどのような姿をした暁月に変化した。頭には猫耳が生えている。
「何するんだよ! 痛いじゃないか! にゃ!」
「あら、金属の像が魔物に変身したのか?」
「誰が魔物だ! そこの女! ……って、おい、日日明! もうヒロインを攻略したのか? にゃ!」
「おい、小暁月! 俺の部屋のクローゼットが異世界につながる扉になったのは、どういうわけなんだ?」
「はあ……説明するのも面倒だな。それに、小暁月って呼び方、なんだか馬鹿にされている気がする。もう石像に戻ってやる。にゃ!」
「石像に戻ったら、売り飛ばしてやるよ」
「不運の味を試してみたいのか? にゃ!」
「残念だったな。今日はもう、出すものなんてほとんど残ってないぞ!」
「本当だ! お前の体にあった不運を全部出し切ったのか! 昨日、私がかけた魔法よりも強力じゃないか! ……おい、そこの女! お前、この世界の人間じゃないようだな! にゃ!」
「分かるのか? この小さな魔物、なかなかすごいな!」
「小さな魔物って呼ぶな! 私は神様だぞ! にゃ!」
「小暁月、世界樹の果実って知ってるか? 万能薬だって聞いたんだけど」
「世界樹の果実? 万能薬? そんなもの、聞いたこともないぞ! にゃ!」
それから俺は、小暁月に今朝の冒険について説明した。
話し終えると、小暁月はこう言った。
「私が実現したお前の願いは、お前の人生をゲームのような仕組みで動く状態にしただけだぞ。異世界への扉が現れたのは、もともとお前が経験するはずだったシナリオなんじゃないか? 私のせいじゃないぞ! にゃ!」
「もともと俺が経験するはずだったシナリオだって? いや、それって責任逃れしてるだけじゃないか!」
「ちっ! にゃ!」
「この件はひとまず置いておこう。それより小暁月、俺が絵馬を取り違えた女の子の名前と居場所を教えてくれないか?」
「個人情報は教えられないぞ! にゃ!」
「頼む! 俺は万能薬を持ってるんだ。これがあれば、あの子のお母さんを救えるかもしれない!」
「教えられるのは、あの子がお前と同じ学校の生徒だということだけだ。もしお前たちが出会う運命にあるのなら、きっとまた会うことになるぞ! にゃ!」
「人の命がかかってるんだぞ! それに、この万能薬がいつまで持つのかも分からないんだ!」
「人が死ぬのは自然なことだぞ! 生と死を変えようとするなんて、神様にしかできないことなんだからな! にゃ!」
俺と小暁月が言い争っていると、突然、誰かのお腹がぐうっと鳴った。
「あっ、ごめん。どうやら、お腹が空きすぎていたみたいだ」
「エルーシャ……じゃあ、昼飯を食べに行こうか」
俺は小さな神像をつかみ、上着のポケットに入れた。
「もっと丁寧に扱えよ! この野郎! にゃ!」
それから部屋に戻り、鍵と財布、スマートフォンを持った。
玄関へ向かい、スリッパを脱いで靴下を履き、外出用の靴に履き替える。
そのとき、エルーシャの魔法に気づいた。
彼女の着ている服が伸びて形を変え、靴箱の上に置かれていた姉のバレエシューズへと変化したのだ。
バレエシューズというのは、台湾でデザインされた、リボンの飾りが付いたフラットシューズのことだ。
「本当に魔法なんだな!」
「おお! この娘が使っているのは異世界の魔法なのか?」
……娘?
エルーシャは五百歳を超えているエルフなんだけどな!
そういえば、猫神様はいったい何歳なんだ?
俺とエルーシャは一緒に家を出て、ドアに鍵をかけた。
そしてエレベーターの前まで行き、下向きのボタンを押した。
ところが、エルーシャは非常階段の入口へ向かい、下へ続く階段を見つめていた。
「さっきベランダからも見たけど、本当に高い建物だな! この建物全部が日日明のものなのか?」
「そんなわけないだろ! ここはマンションだよ。たくさんの家族が一緒に暮らしている建物だと思えばいい」
俺たちは顔を見合わせた。
「降りていかないのか?」
俺は彼女の言葉の意味を考えた。
……階段で下りるつもりなのか?
「階段じゃないよ。ここにはエレベーターがあるんだ。こっちにおいで」
「エレベーター? それは何だ?」
ちょうどそのとき、エレベーターが俺たちの住んでいる階に到着した。
扉が開くと、俺は中に入り、彼女に手招きした。
エルーシャも後に続いて乗り込んできた。
俺は鍵についている非接触式のカードをエレベーターの操作パネルの認証部分にかざし、一階のボタンを押した。
すると扉が閉まり、エレベーターは階を一つずつ下り始めた。
突然、床が下降し始めたことで、エルーシャは驚いた顔をした。
「床が下がっているぞ!」
「これがエレベーターだ。人を乗せて、自動的に上下の階へ移動させる装置なんだよ」
一階に到着すると、扉が開いた。
俺たちは外へ出た。
そういえば、小さな神像がやけに静かだな……。
そこでようやく気づいた。
いつの間にか、彼女は石像に戻っていたのだ。
俺が先を歩き、エルーシャが後ろをついてくる。
管理室の前を通りかかると、管理人が弁当を食べているのが見えた。
俺はスマートフォンを取り出して時刻を確認した。
もう午後十二時半だった。
そのまま歩き続け、金猫湖にたどり着くと、湖沿いの道を進んで「単単割包店」へ向かった。
途中、エルーシャは人間が使っている自動車やバイクに驚いていたが、特に何も言わなかった。
今日はちゃんと列に並んだ。
というのも、カウンターには叔母の姿がなく、代わりにアルバイトの女性が立っていたからだ。
周囲の人たちの視線が、こちらに集まっていた。
まあ、無理もない。
エルーシャの髪と瞳は、かなり目立つのだ。
金色がかった緑の髪に、黄緑色の瞳。そして、あの美貌。
数分後、ようやく俺の順番が回ってきた。
俺は九番セットの辛口チキン割包と麺線羹、サルサパリラ。それから四番セットのピータン入り豚肉粥と塩酥鶏、ミルクティーを注文した。
代金を支払い、レシートの電子保存用にスマートフォンをかざす。
それから席を探し、料理ができるのを待つことにした。
幸い、空席が残っていたので、そこに座った。
そういえば、エルーシャは中国語が分かるのだろうか?
料理ができるまで少し時間がかかりそうだったので、俺は彼女と話をすることにした。
周囲の男たちの視線が痛い……。
何しろ、エルーシャは本当に美人なのだから。
「この言葉は中国語というのか!」
「どうして君は聞き取れるし、話せるんだ?」
「どうやら、世界樹が私に与えたスキルのようだな。『言語掌握』という能力らしい」
そこで初めて気づいた。
いつの間にか、俺たちは中国語で会話していたのだ。
そのとき、スマートフォンが鳴った。
皢瑜からのLINEだった。
画面には、こう書かれていた。
『お兄ちゃん、もう起きた?』
俺はすぐに返信した。
『起きたよ! 今、お前の家でブランチを待ってるところだ』
すぐに既読がつき、続けて返信が届いた。
『お兄ちゃん、あとで一緒にゲームしない? オンライン対戦のゲームがしたい!』
「それは何か不思議な道具なのか? さっきから、たくさんの人が使っているのを見かけるんだが」
俺はエルーシャにどう説明したものかと考えた。
「これはスマートフォンっていうんだ。いろんな機能が使える、科学の魔法みたいな道具だよ」
そうこうしているうちに、ようやく注文した番号が呼ばれた。
俺はスマートフォンをポケットにしまった。
「番号が呼ばれたから、料理を取ってくるよ」
「そういえば、聞き忘れていたことがある。エルフって、菜食主義なのか? それとも肉も食べるのか?」
「今さら聞くことか? ちょっと遅すぎないか?」
「つまり、君は菜食主義者だったりするのか?」
「肉も食べるぞ! お前、エルフについてどんな変なイメージを持っているんだ?」
「食べられるなら問題ないよ」
料理を取りに行き、戻ってきた俺は、自分の席が誰かに取られていることに気づいた。
俺の席に座っていた小柄な少女に声をかける。
「皢瑜、そこ俺の席なんだけど!」
「お兄ちゃん、見て! 本物の外国人だよ!」
「うん」
「二人は知り合いなの?」
皢瑜は俺とエルーシャを交互に見た。
……さて、エルーシャとの関係をどう説明したものかな?
俺が料理をテーブルに置くと、皢瑜は奥へずれて、俺がもともと座っていた席を空けてくれた。
俺はそこに腰を下ろした。




