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第6話「勇者RPG」

 翌々日の朝。目覚ましをセットしていなかった俺は、午前十時過ぎになってようやく目を覚ました。日曜日くらい、たっぷり寝たっていいじゃないか!


 起き上がると、ベッドサイドのテーブルから眼鏡を取ってかけた。それからトイレに行き、口をすすいで顔を洗う。すると、さっそく選択肢が表示された。


【選択肢1】部屋に戻ってクローゼットを開け、着替える。


【選択肢2】小さな神像を拝む。


 そして、燃え尽きていく時間を示すバーが現れた。


 俺は少し考えたものの、選択肢1を選んだ。すると、三つ目の選択肢が表示された。


【選択肢3】大便をする。


 ……なんで今さら、そんな選択肢が出てくるんだよ!


 とにかく、俺は自動的に部屋へ戻り、クローゼットを開けて着替えを探し始めた。そのとき、奇妙なことに気づいた。


 クローゼットの奥、壁際に、いつの間にか扉が増えていたのだ。


 その扉は、ハンガーに掛かった服の奥に隠れるように存在していた。


「扉? 俺の見間違いか?」


 すると、頭の中に選択肢が表示された。


【選択肢1】扉を開けて異世界へ行く。


【選択肢2】扉を無視する。


 ……異世界へ行くって、どういうことだ?


 みんなは異世界ものの作品を読んだり、観たりしたことがあるだろうか?


 こうした作品では、主人公は現実世界でうまくいかない人生を送っていることが多い。だが、転生したり異世界へ転移したりすると、強力なスキルや能力、魔法を手に入れ、チート能力を駆使して幸せなハーレム生活を送るのがお決まりの展開だ。


 好奇心に負けた俺は、頭の中のカーソルを選択肢1に合わせた。


 すると、俺の手は勝手にドアノブを握り、鍵を回して扉を押し開けた。そして、そのまま中へと足を踏み入れた。


「異世界か! 俺の人生、本当にゲームになっちまったんだな! でも、いくらなんでも展開が急すぎないか?」


 目の前に広がっていたのは、一つの部屋だった。どうやら倉庫らしく、あちこちに物が置かれている。


 室内が明るいのは、光を放つ石があるからだった。


 俺は頭の中でゲームのインターフェースを開いた。マップと現在位置が表示されている。


 そこには、こう記されていた。


 **ナルナード・ダンジョン一階、隠し部屋。**


 倉庫の中に何があるのか、俺はまだ調べていなかった。なぜなら、視線が別のものに釘付けになっていたからだ。


 部屋の奥に、精巧な装飾が施された大きな扉があった。


 そのとき、再び選択肢が表示された。


【選択肢1】部屋の宝箱を漁り、装備を探す。


【選択肢2】そのまま大扉を開ける。


 RPGをプレイしてきた俺の経験からすれば、勇者たるもの、部屋にある財宝はすべて回収しておくべきだ。


 これは泥棒行為じゃないぞ!


 ゲームというものは、そういうふうに作られているのだ。もちろん、最近のゲームには、NPCが「人の物を勝手に盗むな!」とツッコミを入れてきたり、アイテムを漁ろうとすると止めに来たりするものもある。


 だが、この部屋にはNPCが一人もいなかった。


 俺は頭の中のカーソルを選択肢1に合わせた。


 すると、俺の体は自動的に宝箱を漁り始めた。


 手に入ったのは、革鎧、ショートソード、革のブーツ、盾。それから、杖のようにも見える木の棒だった。


 残りの宝箱には、宝石や金製品、銀製品などが入っていた。


「こんな装備で大丈夫なのか?」


「心配するな。俺にはセーブ&ロードの裏技がある!」


 セーブ&ロード、つまりセーブして保存し、ロードして読み込むという、いわゆるSLの裏技だ。


 俺はすぐさま頭の中のインターフェースを開き、セーブを実行した。


 ……というか、さっき扉を開ける前にセーブしておくべきだった。


 俺としたことが、なんて迂闊なんだ!


 セーブできるスロットは三つしかない。最初のセーブデータだけは絶対に上書きしてはいけないので、俺は最新のセーブデータを上書きした。


 セーブが完了したところで、扉を開けようとした。


 だが、大扉には鍵が掛かっていた。


 幸い、さっき宝箱を漁っているときに鍵を見つけていた。


「この鍵で開くのか?」


 俺は鍵穴に鍵を差し込み、何度か回した。


 カチャカチャと、内部の錠前が外れる音が聞こえてくる。


 そして、鍵がそれ以上回らなくなったところで、扉が開いた。


 俺は大扉を押し開けた。


 こうして、めちゃくちゃな展開で始まった物語の最初のゲーム――勇者RPGが幕を開けたのだった。


 扉の向こうに広がっていたのは、かなり広い円形の広場だった。


 水路には水が流れ、太陽の光が差し込み、風まで吹いている。


 それなのに、マップ上では依然として「隠し部屋」と表示されていた。


 広場の中央には巨大な樹木が一本そびえ立っていた。


 すると、女性の話し声が聞こえてきた。


 だが、何を言っているのか、まったく理解できない。


 俺は周囲を歩き回り、あちこちを見渡したが、話している人物は見つからなかった。


 そのとき、また選択肢が表示された。


【選択肢1】この樹の実を食べる。


【選択肢2】声を無視して探索を続ける。


 俺は深く考えることなく、選択肢1を選んだ。


 地面に落ちていた果実を拾い上げる。リンゴに少し似ているが、かなり大きな実だった。


 それを一口かじり、飲み込んだ途端、さっきまで理解できなかった言葉が突然分かるようになった。


「汝は何者だ? なぜ、我が眠りし場所に現れた?」


 そこでようやく、話しかけてきたのが目の前の樹木だと気づいた。


「えっ? 樹が俺に話しかけているのか?」


「そうだ。我が汝に話しかけているのだ。ちっぽけな人の子よ!」


「どうして急に言葉が分かるようになったんだ? それに、どうしてそっちも俺の言葉が分かるんだ?」


「それは汝が我の果実を食べたからだ。世界樹の果実は万能薬。病を癒やすだけでなく、食した者に特別な効果を与えることもある。汝に与えられた効果は、この世界の言語を理解する能力だ。……どうやら、汝はこの世界の人間ではないようだな」


「うん、確かに俺はこの世界の人間じゃない。俺の名前は日日明だ。ところで、樹の精霊さん、あなたは何者なんだ?」


「我が名はエルーシャ・ヘル・ルティ。かつて勇者と共に魔王を討ち倒した魔法使いだ。汝が身に着けている鎧と、持っている剣や盾は、かつて勇者が使っていたものだ」


「魔王を倒した? もう魔王は倒されているのか?」


 おいおい、このゲーム、いきなりエンディングを迎えたってことか?


 なんだよ、このクソゲー!


「そうだ。魔王はすでに倒されている。我はここで何十年、あるいは何百年も眠っていたのだろう。外の世界がどうなっているのか、もう分からぬ。もしかすると、新たな魔王が現れているかもしれぬな」


「そうなのか。それで、エルーシャ、どうしてこんなところで眠っていたんだ?」


「精霊の寿命は長すぎるのだ。魔王を倒したあと、我は世界を旅することにした。五百年もの間、さまざまな美しい景色を見て、数えきれないほどの人々と出会った。


 だが、やがて生きることに飽きてしまったのだ。


 それでも、我は痛みが怖かった。だから死ぬこともできなかった。


 そこで、自ら研究した世界樹の種を飲み込んだのだ。すると、我の体内から樹木の芽が生え始めた。


 しかし、望んでいた死は訪れなかった。代わりに、我は樹木と融合してしまったのだ」


「つまり、自殺に失敗して、樹になっちまったってことか?」


「そう解釈しても構わぬ。我は大半の時間を眠り、何も考えず、夢を見ながら過ごしてきた。そして、汝が訪れたことで目を覚ましたのだ。人の子よ……汝は我を殺してくれぬか? その手に持つ勇者の剣で」


「痛いのが怖かったんじゃないのか?」


「樹木になってからは、そのような感覚もなくなった」


「それで、どうすればあなたを殺せるんだ?」


「この樹の内部には、我が横たわっている棺がある。我の体につながっている根や茎を断ち切れば、生命を維持する仕組みを断つことができる」


「それで、この樹は枯れてしまうのか? 俺は世界樹の果実で作れる万能薬が必要なんだ!」


 そこで俺は、絵馬を取り違えたせいで願いを叶える機会を失ってしまった少女のことを思い出した。


 彼女の母親を救うために、俺は万能薬を手に入れる必要がある。


「それは我にも分からぬ。だが、世界樹の果実なら、地面にいくらでも落ちている。好きなだけ持っていくがよい。頼む、日日明……どうか我を殺してくれ。我はもう、生きていたくないのだ」


「この果実って、腐ったりしないのか?」


「それも分からぬ。我が花を咲かせ、実をつけたのは最近のことだからな。地面に落ちてから、しばらくは経っているのだろう。だが、汝が食べても何ともなかったではないか」


「それじゃあ、本当に死にたいんだな? エルーシャ」


「うむ。頼む、我を殺してくれ」


 俺は樹に向かって歩き始めた。


 すると、洞窟のような樹洞が見えてきた。周囲にはツタがびっしりと生い茂り、中へ続く道を塞いでいる。


 俺は勇者の剣を抜き、行く手を阻むツタを斬り払った。


 そして、樹洞の中へと足を踏み入れた。


 そこには棺が一つ置かれていた。


 その中には、金色と緑色が混じった髪を持つ、長い耳の美しいエルフの女性が横たわっていた。身にまとっているのは、白い薄布の衣装だった。


 俺はすぐさま剣を振り下ろし、彼女の体につながっていた無数の枝やツタを斬り落とした。


 その瞬間、樹全体が悲鳴を上げた。


「ありがとう、日日明……。汝が、我の命を終わらせてくれたのだな」


 樹木全体が枯れ始めた。


 彼女の体につながっていた枝やツタも、枯れると同時に消えていく。


 俺は剣を鞘に収めた。


 すると、頭の中に選択肢が表示された。


【選択肢1】彼女を抱き上げる。


【選択肢2】勇者の剣で彼女を殺す。


 俺は選択肢1を選んだ。


 棺の中に手を伸ばし、彼女を抱き上げる。いわゆるお姫様抱っこの姿勢で、そのまま樹洞の外へと運び出した。


 その直後、目の前で樹が倒れた。


「ふぅ! もう少しで樹に押し潰されるところだった……」


「ゴホッ、ゴホッ! はぁっ、はぁっ!」


 俺の腕の中にいるエルフの美女は、大きく息を吸い込み、目を開いた。


「どうして? どうして我は死んでいないのだ?」


「俺に聞かれても分からないよ!」


「樹が倒れている……? 汝、なぜ我を助けたのだ?」


「まさか、樹に押し潰されて死にたいのか?」


「汝は、あの剣で我を殺すべきだったのだ!」


 そのとき、再び頭の中に選択肢が表示された。


【選択肢1】彼女を自分の世界へ連れていく。


【選択肢2】勇者の剣で彼女を殺す。


 俺は特に迷うこともなく、選択肢1を選んだ。


 彼女を地面に下ろすと、長い間使っていなかった両足に力を込め、必死に立ち上がった。そして、俺の服をぎゅっとつかんだ。


「エルーシャ、俺の世界に来ないか?」


「何を言っているのだ? 早くその剣で我を殺せ! 我はもう十分に長く生きた!」


「死ねなかったんだから、まだ生きろってことだろ」


「何だ、その理屈は! 汝が殺してくれぬのなら、我が自分で死んでやる!」


 彼女は俺の腰から勇者の剣を抜き放った。


 だが、足元がおぼつかず、今にも転びそうになった。それでも剣を自分の腹部に突き刺し、引き抜くと、そのまま剣を放り投げた。


 白い薄布の衣装が血で赤く染まる。


 しかし、傷口はすぐに塞がってしまった。


「これはどういうことだ? まさか、世界樹の効果なのか? 自殺すらできないというのか? くそっ! くそっ! 畜生!」


 俺は怒り狂っているエルーシャをひとまず放っておき、地面に落ちていた世界樹の果実を適当に一つ拾い上げた。


「エルーシャ、どうやら君は死ねないみたいだな。それなら俺の世界に行こう。朝食をごちそうするよ。でも、その耳はどうしようか……」


「汝の世界へ行くだと? 耳? 汝の世界ではエルフ族は受け入れられないのか?」


「いや、そういうわけじゃないけど。俺の世界に来るか? 耳ならコスプレってことにすればいい」


「コスプレ? 耳なら魔法で形を変えられるぞ。こういうふうにな」


 彼女は指を鳴らすような仕草をした。


 すると、長く尖っていた耳が、普通の人間と同じくらいの大きさになった。


「すごいな! 魔法なんだろ? 俺にも使い方を覚えられるかな?」


「ふんっ! 死ねないのなら、汝の世界とやらを見物させてもらおうではないか」


「よし、じゃあ行こう」


 俺は地面に落ちていた勇者の剣を拾い上げ、鞘に収めようとした。


 そのとき、エルーシャが近づいてきて、手で魔法陣を描くような仕草をした。それから剣身に触れると、剣についていた血の跡が消えた。


 そこで初めて気づいたのだが、血で赤く染まっていた彼女の白い衣装もきれいになっており、切り裂かれていた部分まで元通りに直っていた。


「これでよし」


「うん。おお……」


 俺は勇者の剣を鞘に収めた。


「ところで、もう普通に歩けるのか?」


「さっき治癒魔法で治した」


「魔法って、本当に便利だな!」


 こうして俺は世界樹の果実を手に持ち、自分の部屋へと戻っていった。エルーシャもその後ろをついてくる。


「まさか、自分の倉庫が異世界につながる扉になっていたとはな!」


 後ろを歩いていたエルーシャは、驚いたような顔をして、そんな感想を口にした。

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