第5話「人生ゲーム」
玄関のドアを閉め、靴を脱いで靴箱の上にきちんと揃え、スリッパに履き替える。それからリビングへ向かい、上着のポケットに手を入れてあのちっこい奴をつかみ、リビングのテーブルの上に置いた。
「もうちょっと丁寧に扱えよ! この野郎! にゃ!」
「お前、本当に神様なのか? 口の利き方が悪すぎるだろ!」
「この奴呼ばわりするな! 私は金猫神・暁月様の分身だ。暁月様と呼んで、今すぐ私を崇めるのだ! にゃ!」
「誰がお前みたいなちっこい奴を崇めるかよ! いきなり俺の人生をゲームにしやがって! 俺が書いた願いは、ゲームみたいに楽しい高校生活を送りたいって意味だったんだぞ!」
「ちゃんと願いを叶えてあげたじゃないか。ゲームみたいな高校生活だろ? にゃ!」
「俺の言いたいことはそういうことじゃないんだよ! ったく、どう説明すればいいのかも分からない。ていうか、これって一生このままなのか?」
「ふふん! 残念ながら、そうではないぞ。この願いは一生続くわけじゃない。高校を卒業するか、退学するまでだ。にゃ!」
「期限があるのか?」
「お前が願ったのは、ゲームみたいな高校生活だろ? だから、その願いの有効期限は高校を卒業するか、退学するまでなのだ」
「そういうことか!」
「それより、お前、全身から焼肉の炭の臭いがするぞ。さっさと風呂に入ってこい。にゃ!」
小さな神像は、片手で鼻をつまみ、もう片方の手で臭いを追い払うようにパタパタと手を振った。
「俺はまだお前に聞きたいことが山ほどあるんだぞ!」
「運というものは、自分自身の清潔さと密接に関係しているのだぞ! きれいにしないと不運に見舞われるかもしれないぞ! じゃあ、私は本体のところに戻って報告してくるにゃ! 何か用があったら、心を込めて私を崇めるのだぞ! バイにゃ!」
そう言い終えると、こいつは再び黄金の小さな神像に戻った。
誰が崇めるかよ!
俺の人生がゲームになったと言われても、今でもまだ完全には状況を理解できていない。何しろ、このゲームには説明書すらないのだ。しかも、説明役がちょっとポンコツな神様ときた。先行きが不安すぎる……。
頭の中には悩みが山ほど浮かんでいたが、とりあえず部屋に戻り、着替えと歯ブラシ、タオルを用意して、眼鏡を外してから風呂に入ることにした。
歯を磨き、シャワーを浴びたあと、俺は浴槽に浸かり、湯の温かさがもたらす心地よさを満喫した。
数分後、浴槽から出てタオルで体を拭き、服を着て浴室を出る。部屋に戻って眼鏡をかけ、それからリビングへ向かってソファに腰を下ろした。
扇風機のスイッチを入れ、秋の夜の涼しさを楽しむ。続いてリモコンでテレビとテレビボックスの電源を入れ、YouTubeのニュース生配信チャンネルに切り替えた。
ニュースでは各地の中秋節の祭典が放送されていた。画面には金猫寺の賑わう様子も映し出されている。外で打ち上がる花火と、テレビの中の花火が呼応しているようだった。
俺は髪を拭いていたタオルを脇に放り、テーブルの上に置いてあった小さな神像を手に取った。
さて、どうやってこいつに話しかければいいんだ?
そもそも、うちには神様を祀る場所なんてないんだが。
「おいおい、小さな神像さん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
まったく反応がない。
やっぱり、拝むしかないのか?
俺はソファから立ち上がり、テレビの前まで歩いていくと、リビングのテーブルに小さな神像を置いた。そして、その前に跪いた。
「金猫神・暁月様。お聞きしたいことがございます! どうかお答えください!」
「ぷっ、あははは! さっきまで私を崇めないって言ってたくせに、結局拝んでるじゃないか! 供え物は? 供え物がなければ姿を現してやらないぞ! にゃ!」
小さな神像のほうから声が聞こえてきた。
このアマ……!
「供え物かよ! ちょっと探してくる」
俺は立ち上がってお菓子の棚へ向かい、中から緑色のパッケージに入った「乖乖」のクリームココナッツ味を一袋取り出した。
袋を開けて小さな神像の前に置き、もう一度拝む。
「お菓子一袋で簡単に買収できると思うなよ! だが、初めてのお供えということで、今回はこれで許してやろう。にゃ!」
そう言うと、小さな神像は生き物のような金猫神・暁月の姿に変わった。
二・五頭身ほどのちっこい姿で、乖乖を手に持って食べている。頬はリスのように膨らんでいた。
「それで、私に何の用だにゃ?」
「ゲームについて、続きを聞きたいんだ」
「そうか! では、何から話せばいいかな……。とりあえず、まずは教えておこう。お前は今、約百五十万Gポイントの借金を抱えている。頭の中で機能メニューを呼び出せば、自分の状況を確認できるぞ。にゃ!」
「機能メニューって、どうやって呼び出すんだ? あっ、出てきた!」
そう口にした瞬間、俺の頭の中にゲームのインターフェースが表示された。
キャラクター、選択肢、マップ。
マップには今いる自宅の間取りが表示され、俺の現在位置まで示されている。
頭の中でカーソルを操作し、「選択肢」を選んでみる。すると、セーブとロードのメニューに加え、音量設定まで表示された。
さらにカーソルを動かしてセーブの項目を開くと、空きスロットは三つしかなかった。
どうやら、本当に三回までしかセーブできないらしい。
小さな暁月は相変わらず供え物を食べ続けていた。俺は画面を切り替えて「キャラクター」の項目を開く。
そこには名前、身長、年齢などの基本情報が表示されていた。そして、現在のGポイントはマイナス一五六万四二八五ポイント。
やっぱり借金じゃないか!
「本当に百五十六万Gポイントも借金してるじゃないか! どうやって返せばいいんだよ?」
「毎週一万Gポイントずつ返済するんだ。そうすれば、三年後くらいには完済できるだろう。にゃ!」
「待てよ。三年って、ちょうど百五十六週間じゃないか。つまり、最初から計算してたんだな?」
「…………」
「じゃあ、どうすればGポイントを稼げるんだ?」
「いい質問だな! にゃ! 具体的には、RPGみたいに敵を倒してGポイントを稼ぐか、恋愛ゲームみたいにヒロインを攻略する方法があるぞ。にゃ!」
「敵? RPG? どういう意味だ?」
「実は、この現実世界には、まだ霊界へ行って転生していない遊魂がたくさんいるのだ。そいつらは現世に居座って悪さをする。普段なら管理者たちがそいつらを処理するんだが、最近、霊界でちょっとした問題が起きていてな。クーデター、とでも言えばいいのかな? にゃ!」
「とにかく、人手が足りなくて処理が追いついていないんだ。だから、私も最近は逃げ出した遊魂を捕まえるのに忙しいんだぞ。にゃ!」
「逃げ出した遊魂を捕まえるって? 幽霊みたいなものなのか?」
「そうだぞ! ただし、そいつらは騒ぎを起こすだけじゃない。人の心の隙間に入り込んで隠れることもできるんだ。それに、Gポイントを大量に持っている標的を狙う。つまり、攻略対象のヒロインだな。にゃ!」
「いまいち意味が分からないんですが……」
このポンコツ神様の説明、全然要領を得ないぞ!
「恋愛を通じてヒロインの心の隙間を埋めてやれば、遊魂は外に出てくるんだ。お前だって、女の子と戦いたくはないだろ? にゃ!」
待てよ。遊魂が人の心の隙間に入り込むというのなら、理論上、憑依されるのは女性だけじゃないはずだ。
「遊魂に憑依されるのは女性だけじゃないだろ? 男だって憑依されるんじゃないのか?」
「お前、男と恋愛するつもりなのか? そういえば、最近は同性婚を認める法律も成立したんだったな。同性愛者を差別しちゃいけないぞ! にゃにゃにゃ!」
誰が男と恋愛するかよ!
「そうじゃない! ただ、そういう可能性もあるんじゃないかと思っただけだ。つまり、男性には戦闘で対処して、女性には恋愛で対処するってことだろ?」
「そうだぞ! 理解が早いじゃないか! それから、Gポイントを稼ぐ一番簡単な方法は、地域の環境美化活動にたくさん参加することだ! この世界には、人間の目には見えない精霊がたくさんいるからな。今からお前の眼鏡に、この世界を見通す力を授けてやろう。にゃにゃにゃ!」
猫神様は空中へと飛び上がった。
こいつ、空も飛べるのか?
続いて、彼女は俺の眼鏡に手を触れた。
その瞬間、まばゆい光が一瞬きらめいた。
「あっ!」
「よし、これでお前にも、この世界の裏側が見えるようになったぞ! にゃ!」
「……何も変わってないように見えるけど?」
「そりゃそうだろ! お前の家には精霊も住んでいないし、遊魂も隠れていないからな。にゃ!」
「そういえば、精霊と遊魂って、何が違うんだ?」
「精霊は自然界に存在する妖怪だ。人間をからかうのが好きな奴もいてな。そういう奴は、私が懲らしめてやるんだ。にゃ!
遊魂は死者の魂だ。本来なら霊界へ行き、浄化の手続きを経てから、別の人間に転生するはずなんだ。にゃ!
だが、最近は霊界のクーデターのせいで、古い時代に封印されていた危険な悪霊が解き放たれてしまった。そうした遊魂は、Gポイントを大量に持つ人間を狙って憑依するんだ。にゃ!」
「ちょっと分からないんだけど……。恋愛でヒロインを攻略したら、付き合うことになるんじゃないのか? その状態で、どうやって次のヒロインを攻略するんだ?」
「それはいい質問だな! 実は、ヒロインが遊魂に憑依されると、その記憶は遊魂に支配されてしまうんだ。だから、遊魂を引き剥がせば、憑依されていた間の記憶も消えてしまう。つまり、お前と恋愛したことも覚えていないというわけだ。にゃ!」
「このゲーム、まさかお前が作ったわけじゃないのか?」
「あら、バレちゃったか。私はただ、お前の願いを叶えただけだ。ゲームは、お前の願いをきっかけに、この世界が自動的に数値データ化されることで生成されたものなんだ。だから、私にも分からないことがたくさんある。お前自身が経験して確かめるしかないんだ。にゃ!」
「じゃあ、一週間でGポイントを稼げなかった場合のペナルティは何なんだ? 俺、死ぬのか?」
「それは私にも分からないぞ! にゃ!」
「本当に頼りにならない神様だな! そもそも、どうして俺の願いなんか叶えたんだ? 願いを取り違えたのなら、俺の願いなんか叶えずに、あの少女の願いを叶えてやればよかっただろ!」
「神様の誓いは、そう簡単に破れるものじゃないんだ! お前が書いた絵馬が残っていた以上、私はその願いを叶えなければならなかった。にゃ!」
「じゃあ、あの少女のお母さんの病気はどうするんだ?」
「それは私の知ったことではないな。もしかしたら、お母さんは来年まで持ちこたえられるかもしれない。そうしたら、あの子がもう一度願い事をすれば、私が助けてやるぞ。にゃ!」
「融通の利かない神様だな! もしあの子のお母さんが亡くなったら、俺は罪悪感に苦しむことになるんだぞ! 俺が絵馬を取り違えたせいなんだから!」
「罪悪感か……。私は、すべて運命の神様の導きだと思うぞ! にゃ!」
「せめて、あの子の名前と、お母さんが入院している病院くらい教えてくれよ!」
「知ってどうする? お前は百五十万Gポイントもの借金を抱えているんだぞ! にゃ!」
「俺だって、どうすればいいのか分からないよ! ただ、なんだか心の中がぐちゃぐちゃなんだ……」
「それなら、ひとついいことを教えてやろう。Gポイントを使えば、万能薬を購入できるぞ。まあ、そんなに大量のGポイントを稼げればの話だがな。それじゃ、私は祭りに戻るとするか。バイにゃ!」
そう言い終えると、彼女は再び金猫神の小さな神像へと戻った。
俺は立ち上がろうとしたが、ずっと跪いていたせいで足が痺れてしまい、前につんのめった。慌ててリビングのテーブルに手をついて体を支える。
――人生ゲーム、か……。
そこで俺は、遊魂と戦う方法をまだ教えてもらっていないことに気づいた。
恋愛以外の方法だ。
RPGということは、武器を使って遊魂を倒せということなのか?
だったら、肝心の武器はどうするんだ?
まさか、素手で戦えっていうんじゃないだろうな?
悩みはいくつもあったが、俺はひとまず考えるのをやめ、部屋に戻ってベッドに入り、そのまま眠ることにした。




