第4話「人生のGポイント」
そんなことを考えていると、猫神様の小さな分身が説明を続けた。
「試しに、頭の中でロードするところを想像してみるにゃ。そうすれば、最初のセーブポイントが表示されるはずにゃ!」
「頭の中で想像するのか? よし、やってみるよ」
俺は頭の中でロードするところを想像した。すると、目の前にセーブデータが表示された。
そこには、2022年9月10日、土曜日の午後八時過ぎという時間が記録されていた。
「本当にセーブポイントが出てきたぞ。これは何に使うんだ?」
「これを使えば、自分の人生をやり直せるのにゃ!」
「お兄ちゃん、小神像と何を話してるの? よくわからないんだけど」
「人生をゲームみたいにロードして、やり直せるんだってさ」
「今なら、自分にそんな能力があることを家族に知られた状態にするか、それとも知られない状態にするかを選べるにゃ。とりあえず、一度ロードしてみるにゃ!」
俺は頭の中でセーブポイントを選択した。すると、そのセーブポイントに移動するかどうかを尋ねる選択肢が現れた。
俺は頭の中で「はい」を選んだ。
その瞬間、意識が突然途切れた。
再び意識が戻ったとき、俺は屋上で猫神様と出会ったときの状況に戻っていた。
「どうやら、無事に戻ってこられたようね!」
俺は驚いていた。
まさか、本当に時間を遡ってしまうなんて!
「戻ってきた? 本当に過去に戻ったのか?」
「お兄ちゃん、さっきから何をブツブツ言ってるの?」
「い、い、いや、何でもない! 花火に集中しなよ!」
「ロードの方法は覚えたようだから、次はセーブのやり方を教えてあげるわ」
「そういえば、君は語尾に『にゃ』をつけないんだな?」
「語尾に『にゃ』をつけるのは、私の分身が話すときだけよ」
「それで、どうやってセーブするんだ?」
「頭の中で、今の時間を保存するところを想像すればいいのよ」
俺は頭の中で、現在の時間を保存するところを想像した。
すると、今の時間をセーブするかどうかを尋ねる選択肢が現れた。
頭の中で「はい」を選ぶと、セーブデータの一覧に新しい時間のデータが一つ追加された。
「セーブできたぞ!」
「それじゃあ、よく覚えておいてね。あなたがセーブできる回数は全部で三回だけよ。最初のセーブデータだけは、絶対に上書きしちゃ駄目だからね」
「どうして三回しかセーブできないんだ?」
「それは私にもわからないわ。とにかく、そういうルールなの。私はもう行くわね。これから何か疑問があったら、私の分身である金猫小神像に聞いてちょうだい」
金猫神の暁月は、先ほどと同じように屋上の外壁まで歩いていき、その上に飛び乗った。
そして、空中にある階段を踏みながら下りていくと、猫耳を消して普段着に着替え、祭りを見物する人々の中へと紛れていった。
「お兄ちゃん、ぼーっとしてどうしたの?」
その直後、俺の視界の前方……いや、頭の中と言ったほうが正しいだろうか。そこに、ギャルゲーのような選択肢が現れた。
【選択肢1】トイレに行きたい。
【選択肢2】もう家に帰る。
選択肢を囲む枠の周囲では、今にも爆発しそうな炎のような線が燃え盛っていた。
数秒間考えていると、さらにもう一つ選択肢が表示された。
【選択肢3】花火で遊び始めたい。
今回は、俺は【選択肢2】の「もう家に帰る」を選んだ。
頭の中で二番目の選択肢を選ぶと、俺の口が勝手に開き、言葉が飛び出した。
「もう家に帰るよ」
「お兄ちゃん、まだ早いよ? 私と一緒に花火で遊ばないの?」
その直後、頭の中にメッセージが表示された。
『皢瑜の好感度が下がりました』
たった一言で好感度が下がるだと?
俺は十年以上も兄として彼女と接してきたんだぞ!
さらに、選択肢が続けて表示された。
【選択肢1】やっぱり、花火で遊んでから帰ろう。
【選択肢2】今すぐ家に帰りたい。もうすぐウンコが出そうなんだ。俺は自分の家のトイレじゃないと落ち着いて用を足せないんだ。
選択肢2は何なんだよ!?
こうなったら、しばらく待って選択肢3が出てくるのを待とう。
数秒後、燃え盛る線が警告を発し始めた。
早く選ばないと、選択肢が崩壊するということらしい。
そして、ようやく選択肢3が現れた。
【選択肢3】月が綺麗ですね!
「月が綺麗ですね」って、何なんだよ!?
結局、俺は選択肢3を選ばず、選択肢2を選んだ。
「今すぐ家に帰りたい。もうすぐウンコが出そうなんだ。俺は自分の家のトイレじゃないと落ち着いて用を足せないんだ」
なぜ俺はこんな選択肢を選んでしまったんだ?
すぐさまシステムメッセージが表示された。
『皢瑜の好感度が下がりました』
妹の好感度なんて、そもそも上げる必要がないだろ!
絶対に皢瑜ルートに入らせるんじゃないぞ!
「うわっ……お兄ちゃん、キモいよ!」
まさか、妹にキモいと言われるとは……。
これはさすがに少し傷つくぞ!
「とにかく、俺はもう帰るよ」
俺はすぐに屋上の庭を離れ、階段を下りた。そして二階の食事スペースへ向かい、テーブルの上に置いてあった、抽選で当たった金猫小神像を手に取った。
今や、こいつは生き物になってしまっている。
「おいおい、早くガラスケースを開けるにゃ!」
「お前、俺の願いを一体どんな方法で実現させたんだ?」
「ふふふ、我が偉大なる神の力を思い知ったか! 人間よ! さあ、ひれ伏して私を崇めるにゃ!」
「誰がお前みたいなちっこい奴を崇めるか! 俺のいつもの日常を返せ!」
俺はガラスケースを手に取り、揺さぶった。
「揺らすんじゃないにゃ! そんなことをしたら、天罰として不運を味わわせてやるにゃ!」
「お前みたいなちびっこ、怖くも何ともないぞ!」
「ならば、不運よ来たれ! 我が分身を侮辱した者に、不運を与えるにゃ!」
突然、腹が痛くなった。
これはまずい!
「腹が……! あとで絶対に仕返ししてやるからな!」
「ふふふ! 我が神の力を思い知ったか、人間よ!」
俺は猫神の入ったガラスケースをテーブルに戻すと、すぐさまトイレへ駆け込んだ。
ズボンと下着を脱いで便座に座った途端、下痢が止まらなくなった。
腹の中のものを出し切り、もう倒れそうになるまで苦しんだ末、ようやく便意が収まった。
「……くそっ! あの……クソ女め! 絶対に許さないからな……!」
トイレットペーパーで尻を拭き、ズボンを穿き直すと、手を洗って洗面台の鏡を見た。
鏡に映った自分の顔は、すっかり憔悴しきっていた。
俺は手でずり落ちてきた眼鏡の位置を直した。
今さら説明するのも遅いかもしれないが、俺は近視なので眼鏡をかけている。ただし、度数はそれほど強くない。
とはいえ、眼鏡を外すと、遠くの景色はまるで油絵を見ているかのようにぼやけてしまう。
「はあ? 俺の人生、本当にゲームになっちまったのか?」
鏡に映る自分に向かって問いかけながら、鼻筋にかかった眼鏡を指で押し上げた。
すると、また選択肢が現れた。
【選択肢1】すぐに家に帰る!
【選択肢2】お風呂に入ろう!
選択肢2は何なんだよ!?
今回は時間制限を示す燃える線が現れなかったため、選択肢3も出てこなかった。
俺は頭の中で【選択肢1】の「すぐに家に帰る!」を選んだ。
すると、選択肢の枠が消えた。
俺はドアを開けてトイレから出た。
「ふう! 人生で初めて、倒れそうになるまで下痢をするという体験をしたぞ!」
俺は二階の食卓まで戻った。
「人間よ! 我が神の力を思い知ったか! さあ、早く私をここから出すにゃ!」
「うーん……」
俺は、こいつをどうしてやろうかと考えていた。
「早く出すにゃ! それとも、もう一度、不運の恐ろしさを味わいたいのかにゃ?」
「もう不運は勘弁してくれ! 出してやるけど、勝手にどこかへ逃げたりしないだろうな?」
「お前の上着のポケットに入れておくにゃ。私はお前が願いを体験していく様子を、しっかり見届けるにゃ!」
俺はガラスケースの蓋を開けた。
すると、小さな猫神は自分の足で外へ出て、ぐっと伸びをした。
「ふわぁ! それじゃあ、私を服のポケットに入れるにゃ!」
俺は手を伸ばしてそいつをつかんだ。
柔らかい感触と、生き物ならではの温もりが手に伝わってきた。
こいつ、本当に生きているんだな!
俺はそいつを上着のポケットに入れた。すると、小猫神はポケットから顔を出し、空中に向かって手を振りながら何かを描くような仕草をした。
「GO! GO! ゲームスタートにゃ、人間よ! 早く美少女たちを攻略してGポイントを稼ぐにゃ! さもないと、ペナルティを受けることになるにゃ!」
「はあ? ペナルティ? 一体何なんだよ、このクソゲーは!」
俺は自分の額を手で叩いた。
「とにかく、まずは家に帰る。ゲームを始める前に、説明書くらい用意してくれないか?」
「説明書? それは何にゃ?」
俺は食事スペースを離れ、階段を下りて玄関へ向かった。
そこで室内履きを脱いで揃え、自分の靴に履き替えた。
「ゲームを始めるときに、遊び方を説明してくれる、最低限の知識が書かれた本のことだよ! まあ、最近は環境問題やコスト削減のせいで、ゲーム会社も説明書を印刷しなくなったけどな」
「なるほど! 確かに必要そうなものにゃ! でも、私はそんなものを用意していないにゃ!」
「はあ!? ないのかよ!」
俺は玄関のドアを開けて外へ出ると、鍵をかけ、家へ帰る道を歩き始めた。
「うん、ないにゃ! だって、お前の願いが叶ったのは今日のことだからね。私にも、どんな形で実現するのかはわからなかったのにゃ。でも、ゲームの仕組みについては、少し考えてあるにゃ!」
「それで? 具体的にはどんな仕組みなんだ?」
「お前の願いを叶えるために必要なGポイントが、お前自身がもともと持っていた幸福エネルギーを上回っていたのにゃ。だから、足りない分は借金という形で支払ったのにゃ! そのせいで、お前は毎週、借金返済に必要なGポイントを稼がなければならないにゃ。稼げなかったら、ペナルティを受けることになるにゃ!」
「借金? ペナルティ? ただ願いを叶えてくれただけじゃないのかよ?」
「そんな願いをしたお前が悪いのにゃ! 自分で願ったんだから、自分の責任にゃ!」
「そもそも、Gポイントって何なんだ?」
「Gポイントは、オーガズムのことにゃ! つまり、人生の絶頂ポイントという意味なのにゃ。リア充と呼ばれる人たちは、たくさんのGポイントを持っているにゃ! だから、人生の重要な場面で、さまざまなチャンスや運命の選択を実現できるのにゃ。簡単に言えば、幸福のエネルギーなのにゃ!」
「つまり、人間の願いを叶えるときには、Gポイントを消費するってことか? じゃあ、宝くじで一等を当てたいと願った人は、十分なGポイントを持っているのか?」
「人間よ、お前は本当に愚かだにゃ! 普通の人間が、そんな願いを叶えるのに必要なGポイントを持っているわけがないにゃ! だから、私が貸してあげるのにゃ! その人間は、これからの人生で借金を返すために、ずっと私のために働くことになるにゃ!」
「じゃあ、借金を返せなかったらどうなるんだ?」
「死ぬにゃ! 病気、事故、他殺……とにかく、借金を返せなければ、不運に取り憑かれることになるにゃ! だから、願い事をするときは、よく考えることにゃ! ははは!」
「お前、全然幸運の神様じゃないじゃないか! 完全に邪神だろ!」
「ふん! 人間よ、お前は何もわかっていないにゃ! 願いを叶えられる人間というのは、もともと大量のGポイントを持っているリア充なのにゃ! 私は、そいつらの背中をちょっと押してやっているだけにゃ! にゃ、にゃ、にゃ!」
「人間、人間って、さっきからうるさいぞ! 俺の名前は日日明だ!」
「知ってるにゃ! お前の名前くらい知ってるに決まってるにゃ! ただ、わざと呼んでいないだけにゃ! ははは!」
「このアマ! 邪神め!」
「私は邪神なんかじゃないにゃ! そもそもの原因は、お前があの女の子と絵馬を取り違えたことにあるのにゃ! 本来なら、願いを叶えてもらうはずだったのは、あの子のほうだったにゃ!」
「あの子? 誰のことだ?」
お前が絵馬を買った日に、ぶつかった女の子のことにゃ! お前たちは絵馬を落として、そのときに取り違えてしまったのにゃ!」
「あっ! そういえば、そんなことがあったな。俺が間違えて持っていったのか?」
「あの女の子の願いは、お母さんの病気が治ることだったにゃ! それなのに、お前ときたら、ゲームみたいな高校生活を送りたいなんて願いをしたのにゃ!」
「だったら、俺の願いなんて叶えなければよかっただろ! ……いや、待てよ! お前、最初から誰の願いを叶えるか決めていたんじゃないか! それってズルじゃないのか!?」
「ちっ! 気づかれたかにゃ?」
どれくらい話していたのだろう。
気づけば、俺はすでに自宅の玄関まで戻っていた。中庭を通り、エレベーターに乗り、自分の家のドアを開ける。
こうして、ようやく我が家に帰り着いたのだった。




