第26話「自分がクズだと自覚している」
郭彩衣を攻略したとはいえ、まだすべてが終わったわけではない。黒騎士軍団の問題が残っている。だが、俺にいったい何ができるというのだろう?
家に帰ってきても、泣いた後の感情はまだ冷めていなかった。
これから先も、攻略しなければならないヒロインがたくさん待っているのだろう。だから、この気持ちには何重にも鍵をかけて封印しなければならない。
俺が初めて好きになった女の子。
「くそっ!」
玄関のドアを開けた後、俺は手でドア枠を叩いた。
「思い上がるな、日日明! 自分が賢いと思うな、日日明! 自分が何でもわかっているような顔をするな、日日明! お前はただの大馬鹿野郎だ! ゴミだ! クズだ! 彼女が自分のことを忘れてしまうとわかっていながら、それでも攻略することを選んだのはお前自身だろう! 今さら被害者ぶって、勝手に悲劇の主人公になるな!」
苦い感情を、いったいどれほど飲み込んでは吐き出してきたのだろう。
「日日明、大丈夫かニャ?」
小暁月が心配そうに尋ねた。
「このゲームシステムが存在する限り、俺に普通の恋愛なんてできるわけがない!」
ただ愚痴をこぼしているだけだ。俺だって、このシステムがあったからこそ郭彩衣と親しくなれたことはわかっている。
でも、ゲームのエンディングを迎えた後、その先の物語は語られるのだろうか?
「日日明、遊魂に憑依された人は、その期間の記憶をすべて失うニャ。そして世界のシステムが、その期間に起きた出来事を修正するニャ。覚えているのは、管理者階級の私たちとプレイヤーであるあなたくらいニャ!」
「何が言いたいんだよ、小暁月!」
「あなたのあの恋愛は、もうこの世界には存在しないってことニャ!」
「うっ! そんなこと、言われなくてもわかってるよ!」
「ついでに言うと、今週の一万Gポイントは達成したから、ペナルティはないニャ! これからは自由に生活できるニャ!」
「俺はGポイントのために彼女を攻略したわけじゃない! あれは俺自身の感情だったんだ! 彼女を救いたかった。でも、俺にはああすることしかできなかったんだ!」
「わかってるニャ! でも、その気持ちは封印しなきゃいけないニャ。これから先も、ほかの女の子たちを攻略しなきゃいけないんだからニャ!」
「そんなことは自分でもよくわかってるよ! ただ単純に、自分自身に腹が立ってるだけだ!」
「自分が嫌いなのかニャ?」
「ああ! 結果がわかっているのに、それでもこんなことをしなければならない自分が嫌いなんだ。俺は本当にクズだよ!」
「あなたはクズなんかじゃないニャ! だって、あの女の子は確かにあなたのおかげで救われたんだからニャ!」
「そんなことを言われても、気持ちは少しも楽にならないよ! だって、俺は本当に彼女のことが好きだったんだ! きっと、彼女以上に好きになれる人なんて見つからない!」
「プレイヤーであるあなたは、自分の本当の感情を持ち込むべきじゃないニャ! それじゃあ、次に攻略する女の子のことを好きにならないと言い切れるのかニャ?」
「言ってることが矛盾してるだろ、小暁月? 好きじゃなければ攻略なんてできるわけないだろ? 感情を込めなければ、誰かを好きになることだってできないじゃないか!」
「うーん! この分身の演算能力を超えてるニャ! 理解不能ニャ!」
「小暁月、俺は本当にクズなんだよ! 郭彩衣のことが好きなのに、それでもほかの女の子たちを攻略し続けるんだからな。別にそうしたいわけじゃないけど、遊魂が引き起こす問題は誰かが解決しなきゃならない。だから、たとえ俺がクズだったとしても、何かを頑張ってみたいんだ。それに、どの恋愛にも本気で向き合うことを約束する!」
「理解不能ニャ! あなたはいったいクズなのか、そうじゃないのか? 私にはわからないニャ!」
「自分ではクズだと思ってるよ! だって、俺は一人の女の子だけを愛するんじゃなくて、攻略対象の女の子全員を愛することになるんだからな! だから、誰か一人を一番好きになるわけにはいかない! たとえ最初に好きになった相手であっても、その子が一番好きな相手であってはいけないんだ!」
「あなたの悩み、自分で答えを見つけられたのかニャ?」
「ああ! 俺は本当にクズだよ!」
その後、彩衣からもらったプロテインも消えてしまったことを思い出した。夕食はどうしよう?
せっかくだから、自分で料理でも作ってみるか。
俺は再び家を出て、近所の全聯福利中心へ買い物に行った。
まずは生鮮食品の肉売り場を見て回った。ちょうど六割引きになっている肉を見つけたので、急いで買い物かごに入れた。
料理をするといっても、俺が作れるのは鍋料理くらいだ。家にはまだ使い切っていない鶏ガラスープの素があったはずだ。
彩衣が言っていたように、肉と野菜を多めに食べるようにしよう。ならば、買う食材は肉、野菜、豆腐の三つだ。鍋用の具材も買うべきだろうか?
必要な食材をすべて買い終えた後、ついでに粉ミルク売り場を見に行った。ホエイプロテインが売っていないか確認するためだ。
だが、彩衣がくれたブランドのプロテインは置いていなかった。あったのは、粉ミルクを製造しているメーカーが出している製品だけだった。
「どこであのブランドを買えるんだろう?」
俺は粉ミルク売り場に立ったまま、スマホで検索してみた。
検索キーワードに「鉄観音ホエイプロテイン」と入力すると、彩衣がくれたブランドの商品が見つかった。
どうやら、フィットネス系の有名インフルエンサーである館長が販売しているブランドらしい。値段は市販のものより少し高めだった。
「結構いろんな味があるんだな! 帰ってから買うことにしよう。でも、クレジットカードでしか買えないのか!」
母さんからクレジットカードを渡されてはいるが、使う前に何を買うのか報告しなければならない。
その後、レジに並んだ。行列は少し長かった。
しばらく待ってようやく会計を済ませ、スーパーを出た。
外はすでにすっかり暗くなっていた。俺の気持ちもだいぶ落ち着いてきた。
もしかしたら、俺にはクズになる素質があるのかもしれない。あんなに好きだった気持ちを、封印すると決めたらすぐに封印してしまうんだからな。
その後、俺は家に帰った。
「日日明、お帰り」
愛露莎が言った。
「ああ、ただいま」
「顔が少し腫れてるわね。泣いたの?」
「まあね。わかるか?」
「うん、目が赤いもの。大丈夫? お姉さんが慰めてあげようか?」
「いいよ、気にしないで! 俺は大丈夫だから! 本当に大丈夫なのか? 自分でもわからないけど。あっ! 夕食を作ってくるよ!」
キッチンに行き、まずは野菜を洗うことにした。
実は、俺はこの作業が結構嫌いだ。葉っぱを一枚ずつ、とても丁寧に洗わないと気が済まないからだ。
今日選んだ野菜は、最も一般的な青梗菜だ。比較的洗いやすい野菜でもある。ちなみに、俺は茎の部分までちゃんと食べる。
数分かけて立ったまま野菜を洗い終えた。
次に、インスタントラーメンを作るときに使う鍋を取り出し、RO水を入れた。
そういえば、高雄の水道水はそのまま煮炊きに使えない。硬水なので、RO処理をして軟水に変える必要がある。そうしないと、料理をしたりお茶を淹れたりしても味が出ないし、飲むと胃腸の調子が悪くなって下痢をすることもあるらしい。
鍋を火にかけて水を沸かす。沸騰したら、スプーンで鶏ガラスープの素をすくって鍋に入れ、箸で少しずつ溶かしていった。
それから切っておいた豆腐を入れ、続いて鍋用の薄切り肉を入れる。今日選んだのは、特売になっていた豚ロース肉だ。
肉に火が通るのを待ってから、青梗菜を入れた。
今日は鍋の具材を買わなかった。ダイエット料理にはあまり向いていないと思ったからだ。
そういえば、俺には気分が落ち込んだとき、自分で料理を作って食べる癖がある。美味しくできるときもあれば、ひどい味になるときもある!
男の料理なんて、だいたいそんなものだろう?
彩衣の料理がちょっと恋しくなってきた。もう二度と食べる機会はないんだろうな……。
数分後、男の手抜き簡単鍋料理が完成した。
味付けは鶏ガラスープの素だけなので、味は普通で、まあ食べられる程度のものだった。
その後、リビングでテレビを見ながら夕食を食べた。
すると、テレビのニュースで彩衣のコンサートについて報道されていた。脅迫状が届いたため、コンサートは中止されることになったらしい。
謝罪のために会見に出ていたのは、彩衣のマネージャーである樊花さんだった。彩衣本人の姿はなかった。
今、彩衣はどうしているんだろう?
夕食を食べながら、俺はスマホを取り出して雅蝶さんからのメッセージを確認した。
「私が付き添っていたけど、郭彩衣は無事に家に帰ったわ。自分がどうしてこのコンビニにいたのか少し混乱していたし、記憶もかなり昔のところで止まっていたみたい。それに、自分の母親の病気がどうして突然治ったのかもわからなかったようね。家の前でお母さんと抱き合って泣いていたわ」
「白さん、彩衣のことを処理してくれてありがとうございます」
俺はそう返信して、スマホをしまい、夕食を食べ続けた。
黒騎士軍団がコンサートを中止させようとした目的はいったい何なのだろう? 今のところ、まだわからない。
そういえば、今になってようやく、まだセーブしていなかったことを思い出した!
急いで第三のセーブスロットに保存した。
翌朝、俺は単単割包店へ向かった。
俺がやって来たのを見て、叔母は俺の体型にかなり驚いたようだった。もっとも、昨日のうちにLINEで連絡はしてあったのだが。
「日明、いったいどうしてこんなに太ったの? 健康的なダイエット食を作ってほしいって頼まれたけど、これはなかなか難しいわね。知ってのとおり、うちはファストフードのお店だから。だから、店にある食材を使って何とか作ってみるしかないわね」
「秀麗姉さん、よろしくお願いします! ありがとうございます」
俺は自分の朝食を受け取った。焼いた鶏もも肉と卵を挟んだ割包で、たっぷりのレタスと香菜が入っていた。飲み物は無糖の緑茶だ。
俺は急いで席を探して朝食を食べることにした。
皢瑜が座っているテーブルに空席があるのが見えたので、そこへ行って座った。
「デブ兄、おはよう!」
「デブ兄って呼ぶな! おはよう、皢瑜」
「だって今はお腹がぽっこり出てるんだもん。でも、少し痩せたみたいだね? 前はもっと太ってた気がするけど。お兄ちゃん、どうしてそんなに早く痩せられるの?」
彼女は大げさに手を使って、以前の俺の体型を表現した。
「それはもちろん、俺が一生懸命ダイエットしてるからだよ!」
「そういえばお兄ちゃん、彩衣のコンサートは中止になったんだよね。前に買ったチケットはどうするの?」
「オンラインでクレジットカード決済したから、たぶん自動的に返金されると思うよ」
「黒騎士軍団って、いったい何なのよ! せっかく彩衣が初めて開催するソロコンサートだったのに! 私、すごく行きたかったのに!」
「今となっては仕方ないよ」
俺は気づいた。皢瑜は彩衣のことを、もう「彩衣姉さん」と呼ばなくなっていた。
どうやら、彼女の記憶も修正されてしまったらしい。
この世界で、あのときの恋愛を覚えているのは俺だけなのだ。
その後、朝食を食べ終えて学校へ向かった。
彩衣も学校に来ていた。
だが、俺たちの関係は、ただのクラスメイトにすぎない。それに、あの事件が起きる前は、俺たちが話をする機会などほとんどなかった。実際のところ、俺たちはそれほど親しい間柄でもなかったのだろう。
周囲の女子生徒たちが彩衣のところに集まり、コンサートが中止になったことについて尋ねていた。
「みんな、心配してくれてありがとう。私自身も中止にはしたくなかったけど、もう起きてしまったことだから。チケットの払い戻しや補償については、こちらでできる限り対応するつもりです」
彼女の返答は、いかにも事務的なものだった。
俺が彼女を見ると、彩衣もこちらを見た。
俺たちの視線が合った。
彼女は不思議そうな表情を浮かべていた。
まさか、まだ記憶が残っているのか?
そんなはずはないだろう?
それなら、俺はどうすればいいんだ?
しかし、結局、彼女が俺のところへ話しかけに来ることはなかった。
ただの気のせいだったのだろうか?




