第11話「万能薬」
郭彩衣は足で壁を蹴ると、顔を俺に近づけてきた。
近い、近すぎる!
それにしても、彼女は顔立ちが整っていて、本当に美人だな!
「あなたの絵馬と私の絵馬が交換されちゃったんでしょう?」
「えっ?」
彼女はもう一度、足で壁を蹴った。
……こいつ、壁に何か恨みでもあるのか?
「だから、あなたの絵馬と私の絵馬が交換されちゃったんでしょう? クラスのLINEグループにそう書いてあったわ」
「ああ、確かにそういうことがあったな。君があの日、俺とぶつかった女の子なのか? でも、髪の色も髪型も顔も、俺の記憶にある姿とは違うんだけど!」
「外見は発売中のアルバムに合わせて少し変えたの。でも、あの日あなたとぶつかった女の子は私よ! それより、どうして私の願い事を知っているの?」
そのとき、あの忌々しい選択肢がまた現れた。
【選択肢1】彼女に本当のことを話す:1000Gポイント獲得。
【選択肢2】作り話をする:10000Gポイント減少。
燃えるタイムゲージは表示されていない。つまり、選択肢3はない。
……なんなんだ、この選択肢は!
今回は正直に話せば1000Gポイントももらえるのかよ! だったら、今まで俺が失った1000Gポイントはいったい何だったんだ!
「猫神様が教えてくれたんだ。本来なら君の願いが叶うはずだったのに、ある偶然が重なって、俺の願いが叶ってしまった。本当に申し訳ない」
「猫神様? ということは、願い事が叶うという話は本当だったのね?」
「本当だよ。実際に俺の願いは叶ってしまったからな」
突然、彼女の拳が俺の胸に当たった。
ただし、力はかなり弱かった。
「叶ったの? だったら……だったら……本当は、お母さんを助けられたの? うっ……ううっ……」
俺は郭彩衣の顔を見た。
彼女は泣いていた。涙が次々と頬を伝っていく。
さっきまでの強気な態度とはまるで正反対だ。まるで、あの態度は無理をして作り上げたものだったかのように。
「あのさ……あっ! 郭彩衣、君のお母さんはまだ助かるかもしれないぞ」
「この最低男! 本当なら私がお母さんを助けられたはずなのに、その機会を奪ったくせに!」
彼女は再び小さな拳を振り上げた。
俺は伸ばした手で、その拳をつかんだ。
「とりあえず殴るのはやめてくれ! 君のお母さんは、まだ助かるかもしれないって言ってるんだ!」
「どうやって助けるのよ? 母は胃がんのステージ4なのよ! 神様に助けを求める以外に、どうやって助かるっていうの? この最低男! 私の願いを返してよ!」
「俺は万能薬を持っているんだ!」
「ば……万能薬?」
「俺の願いは、高校生活がゲームみたいになることだったんだ――ぶはっ!」
彼女の拳が俺の顔面に直撃した。
「このバカ! あなたがそんな願いを叶えたせいで、お母さんが死にかけているのよ!」
「だから、最後まで話を聞けって! このビッチ!」
「最低! 私、ビッチなんかじゃないわよ!」
「だからさ! 最後まで話を聞いてくれ。話し終わったら、好きなだけ殴ってもいいから」
「ふんっ! うっ……それで、あなたはいったい何が言いたいの?」
彼女は手を止めた。
幸い、まだ少しは理性が残っているらしい。
それにしても、こいつはどうなっているんだ? まるで感情の起伏が何倍にも増幅されているようだ。
「俺の高校生活はゲームみたいになった。それで、自分の部屋のクローゼットを開けたら、異世界の迷宮へと続く入り口を見つけたんだ……」
「それが母を助けることと何の関係があるの? あなた、頭がおかしくなったんじゃないの?」
「関係あるんだよ! まずは最後まで話を聞いてから質問してくれ! それに、俺の頭はおかしくなってない!」
「ふんっ!」
彼女はまた足で壁を蹴った。
……いったい、どんなアイドルなんだよ? 最近はこういう性格のアイドルが流行っているのか?
「ええと、話を続けるぞ。俺はその入り口を通り抜けて、異世界の迷宮に入った。そこで、世界樹という言葉を話す巨大な樹に出会ったんだ。世界樹は、世界樹の果実が万能薬だと教えてくれた。どんな病気でも治せるんだ。そして、俺はその世界から、この果実を持ち帰ってきたんだ」
「はあ? あなたの話を聞くなんて時間の無駄だったわ。何かの中二病設定なの?」
「中二病なんかじゃない! 本当に万能薬を手に入れたんだ!」
「じゃあ、その万能薬は今どこにあるの? それに、あなた自身は食べたことがあるの?」
「うちの冷蔵庫に入れてある。それに、俺も食べたことがあるぞ。異世界の言語を理解できるようになったんだ」
わざと、あの果実を食べたせいで下痢が止まらなくなったことは言わなかった。
「それで、あなたの目的は私を家に連れていくことなのね?」
「そうだ。お母さんの容態はどうなんだ? さっそく行こう」
「もし本当に嘘をついていないのなら、母を救える万能薬があるのかもしれない。いいわ、あなたについていく。でも、変なことをしたら、これで感電させるからね!」
彼女は背負っていたペンギンのリュックのポケットから、スタンガンを取り出した。
そういえば、そのペンギンのリュックに描かれているのは、単単割包店のマスコットであるペンギンの単単だ。今年、店がイベントを開催したときの抽選景品だったはずだ。当選確率はそれほど高くなかった。
どうやら、彼女は本当に運がいいらしい。
「じゃあ、行こう」
俺は教室には戻らず、そのまま校門へ向かった。郭彩衣も俺の後ろについてきた。
「教室に戻らないの?」
「家はすぐ近くだからな。果実を取ってから君と一緒に病院へ行けばいい。午後には学校に戻って授業を受けられると思う」
彼女は相変わらずスタンガンをしっかり握りしめ、俺の後ろを歩いていた。
数分後、俺たちは俺の住んでいるマンションに到着した。
管理室の前を通りかかったとき、管理人は彩衣のピンク色の髪に目を留めていたが、特に呼び止められることもなく、そのまま中へ入ることができた。
俺たちは中庭を通り抜け、エレベーターに乗って自宅のある階まで上がった。
エレベーターを降りると、俺が先に出て玄関のドアを開けた。
「どうぞ」
「本当に近いのね!」
俺は来客用のスリッパを彼女に渡した。彼女はそれを履いて家の中に入った。
彼女は俺と二人きりになることを警戒しているようだ。
しかし、この家にいるのが俺一人とは限らないんじゃないか?
それでも彼女は、俺が本当に万能薬を持っていると信じてくれたのだろうか? それとも、俺のことを善人だと思っているのだろうか?
俺はリビングのテーブルを見た。
鍵とお金がなくなっている。
どうやら、エルサは外出したらしい。
「万能薬を取ってくるよ」
「うん」
彼女はずっと玄関の近くに立ったままだった。
さっきはあれほど強気だったのに、やっぱり怖いんだな。
「安心しろ。今、家には俺一人しかいないから」
「うん」
俺はキッチンへ向かい、冷蔵庫を開けた。
中から冷やしておいた世界樹の果実を取り出す。
それは巨大なリンゴのような形をしていて、大きさはメロンほどもあった。
俺はそれを手に持ってリビングへ戻った。
そのとき、果物を切るためのナイフが必要だと思い出した。彼女の母親は、噛むことも難しいだろうからな。
「はい、これが世界樹の果実だ。ナイフを取ってくるよ」
「重い! これって、巨大化したリンゴみたいなものじゃない!」
俺は玄関の近くでぼんやり立っていた彩衣に果実を渡し、キッチンへ戻って果物ナイフを取ると、ポケットに入れた。
彼女は世界樹の果実を持ち上げ、匂いを嗅いでいた。
「よし、それじゃあ、お母さんに会いに行こう」
「これ、本当に万能薬なの? 異世界への入り口も見せてくれる?」
そのとき、選択肢が表示された。
【選択肢1】彼女を自分の部屋に連れていき、ベッドに押し倒す。
【選択肢2】彼女に異世界へ続く扉を見せる。
再び燃えるタイムゲージが現れた。
俺は選択肢3が表示されるのを待たず、すぐに選択肢2を選んだ。
「俺の部屋についてきてくれ」
「うん」
俺は郭彩衣を自分の部屋に連れていき、クローゼットを開けた。
彼女はクローゼットの中を覗き込んでから……。
「これが異世界への入り口なの?」
「ああ」
俺が扉を開けると、郭彩衣は外から中を覗いただけで、入ってこようとはしなかった。
「すごい! 本当に別の部屋へ続く扉があるのね。この壁、こんなに厚い空間があるようには見えないのに」
彼女はクローゼットと壁の厚さを見比べていた。
「中に入って見てみないのか?」
「いいえ。私たち、母に会いに行きましょう」
明らかに、彼女はまだ俺を警戒している。
「わかった」
俺たちが話していると、玄関のドアが開いた。
「誰か帰ってきたの?」
彼女は警戒した表情を浮かべた。
「たぶん、エルサだと思う」
「誰?」
再び選択肢が表示された。
【選択肢1】エルサが誰なのか説明する。
【選択肢2】作り話をする:1000Gポイント獲得。
タイムゲージは表示されていない。つまり、選択肢3はない。
もう作り話を考えるのも面倒だったので、俺は選択肢1を選んだ。
「異世界から連れてきたエルフだよ」
「エルフ?」
ちょうどそのとき、エルサが俺の部屋に入ってきた。
「あら? お邪魔してしまいましたか? ちょっと金貨を取りに来ただけなので、どうぞ続けてくださいね」
エルサは俺たちの横を通り過ぎ、クローゼットの中にある部屋へ入っていった。
「外国人なの? あの部屋、本当に中に入れるのね!」
「エルフだよ!」
「でも、エルフって耳が長いんじゃないの?」
「魔法で耳を隠しているんだ」
「そうなの?」
「とにかく、早くお母さんに会いに行こう」
「うん」
俺たちは部屋を出た。
エレベーターに乗っている間、彩衣は俺の住所を尋ねてきた。タクシーを呼ぶためだという。
エレベーターが一階に到着し、俺たちは外へ出た。中庭を通り抜けて、ロビーのソファーに座って待つこと数分。やがてタクシーがやってきた。
俺たちはタクシーに乗り込んだ。
「お嬢さん、どちらまで?」
「栄民総医院までお願いします」
「わかりました。ところで、そのリンゴはずいぶん大きいですね! 置物ですか?」
「はい、そうです」
郭彩衣はそれ以上話を続けず、巨大なリンゴをぎゅっと抱きしめた。
タクシーは走り出し、数分後には栄民総医院に到着した。
降りる前に、彩衣は世界樹の果実をいったん置き、ポケットから財布を取り出して運賃を支払った。
俺たちはタクシーを降り、彩衣の後について病院へ入った。
エレベーターに乗って病棟のある階まで上がると、彩衣が先に降り、俺もその後に続いた。
ナースステーションの前を通り過ぎ、個室の特別病室へ向かった。
彼女の母親はベッドに横たわっていた。体には点滴の管がつながっている。髪はすっかり抜け落ち、今は毛糸の帽子をかぶっていた。
かなり老け込んで見える。
「お母さん、会いに来たよ」
「大きなリンゴね! でも、今の私は食べられないのよ」
「お母さん、ほんの少しだけでいいから」
「後ろにいる男の子は、あなたの彼氏なの?」
「違うよ! お母さん、お願いだから、ほんの少しだけ食べてみて!」
彼女はそう言うと、俺の方を向いた。
「ねえ、そこの人! 果物ナイフを貸して!」
俺はポケットから果物ナイフを取り出し、彩衣に渡した。
彼女はすぐに世界樹の果実を小さく切り、一切れを母親の口元へ運んだ。
「彩衣、私は本当に食べられないのよ。食べたら吐いてしまうから!」
「お願い、お母さん! 食べて!」
彼女の母親は、困ったような顔で俺と彩衣を見つめた。
「本当に吐いてしまうわよ! それに、どうして突然リンゴなんか食べさせようとするの?」
「吐いてもいいから、お願い! 食べてよ!」
郭彩衣は今にも泣き出しそうだった。
「本当に吐いてしまうわよ!」
「うん、お母さん。お願いだから食べて」
そういえば、俺はわざわざ彼女についてくる必要があったのだろうか?
そんな、どうでもいいことを考えていたとき、母親は彩衣の必死な説得に根負けしたのか、渋々ながら小さな一切れを口にした。
すると、奇跡が起こり始めた。
「あら? 胃が痛くなくなったわ? 彩衣、いったい何を食べさせたの?」
「本当に効いたの? お母さん、このリンゴを全部食べて!」
俺はその様子を横で見守っていた。
彩衣はリンゴを剥いて母親に食べさせていく。母親が食べた量が増えるにつれて、顔色が少しずつ良くなっていった。髪の毛まで生え始めている。
どうやら、世界樹の果実は本当に効果があるらしい。
数分後、母親はリンゴを丸ごと一個食べ終えた。残ったのは芯と種だけだった。
「あら? 髪の毛が生えてきたわ! 体も痛くないし、顔色までずいぶん良くなった気がする。彩衣、そのリンゴはいったい何だったの?」
「お母さん、よかった……本当によかった!」
彩衣はそう言うと、母親を抱きしめた。
母と娘が泣きながら笑い合う姿を見て、俺の心にも温かなものが広がっていった。




