第10話「ヒロイン登場」
翌朝、スマートフォンのアラーム音で目を覚ました。
月曜日。三日間続いた中秋節の連休が終わった。
俺はベッドから掛け布団を押しのけて起き上がり、ベッドを降りてパソコンデスクの前へ向かった。スマートフォンを手に取り、アラームを止める。
2022年9月12日、午前6時。
台湾の学生の朝は早い。それに、授業時間も長く、放課後になる時間も遅い。
俺はベッドサイドテーブルから眼鏡を取ってかけると、部屋を出てトイレへ向かった。用を足し、顔を洗い、口をすすいだ。それから、もう一度トイレに座ってしばらく過ごした。
トイレから出て壁に掛かっている時計を見ると、もうすぐ6時半だった。
俺は急いで部屋に戻り、制服に着替え、ネクタイを締めて靴下を履いた。それから財布、鍵、スマートフォン、鞄を持つ。鞄の中の教科書は、昨夜のうちに準備しておいたものだ。
部屋を出ると、ダイニングに置いてある弁当袋と水筒を手に取った。
そのとき、エルサにメッセージを残しておくのを忘れていたことに気づいた。俺はカレンダーを一枚破り、裏側の白い面にメッセージを書いた。
『エルサへ
学校に行ってくる。帰ってくるのは午後5時半頃になる。
テーブルの上に家の予備の鍵とお金を置いておくから、外に出て散歩してきてもいいぞ。
日明より』
壁に掛けてある鍵入れの箱を開け、中から家の玄関の鍵束を取り出した。そこには玄関と内扉の鍵のほかに、エレベーターの操作パネルを解錠するためのICカードも付いている。
俺は鍵束をリビングのテーブルに置き、カレンダーの紙を押さえるようにした。それから財布から三百元を取り出して置き、その上にも鍵を乗せた。
……そういえば、あいつは眠っている間に、また木になったりしないだろうな?
俺はすぐに姉貴の部屋へ向かった。
「コンコン! エルサ、まだ寝てるのか? 入るぞ!」
開けっ放しになっていたドアを軽くノックしたが、中から反応はなかった。俺はそのまま部屋に入り、ベッドで布団をかぶって気持ちよさそうに眠っている長髪のエルフを見つけた。
「どうやら木にはなっていないみたいだな。それじゃあ、行ってくるよ。エルサ、またな」
彼女を起こさないよう、小さな声でそう言った。
それにしても、こいつは無防備すぎないか? 俺だって一応、男なんだぞ!
靴を履いて家を出ると、ドアを閉めて鍵をかけた。エレベーターで一階まで降り、中庭を抜けて外へ出る。管理人に「おはようございます」と挨拶し、大通りへ向かった。
金猫湖の近くまで歩き、湖畔に沿って進んでいくと、単単割包店に着いた。
店では叔母がカウンターで客の注文を取っていた。俺は叔母の方を見て、片手を上げて挨拶した。
「おばさん、おはよう」
「日明、おはよう。いつものでいい?」
「うん」
それから俺は客席へ向かった。
皢瑜は俺が来たのに気づくと、手を上げて挨拶してきた。彼女はチーズ入り蛋餅とホットティーを食べているところだった。
「お兄ちゃん、おはよう!」
「おはよう」
「昨日のエルフのお姉さんは、朝ご飯を食べに来ないの?」
「まだ家で寝てるよ」
「そうなんだ。お兄ちゃん、朝ご飯を取ってきてあげるね」
特に注文をつけなければ、朝食はいつも叔母が適当に用意してくれる。だから、学校がある日の朝食は、毎日何が出てくるのかわからない。
皢瑜は席を立ち、店の厨房へ向かった。
数分後、彼女は俺の朝食を持って戻ってきて、テーブルに置いた。
見たところ、蛋餅のようだ。中にはホットドッグが入っている。飲み物は……匂いからするとコーヒーだろうか。
「お兄ちゃん、朝ご飯だよ」
「ありがとう」
俺はテーブルに置いてある醤油膏のボトルを手に取り、蛋餅の上に絞り出した。続いて、チリソースのボトルを取って、こちらもかける。
俺はこの二種類のソースを混ぜた味が好きなのだ。
それから割り箸を手に取り、包装を破って取り出すと、ホットドッグ入りの蛋餅をつまんで食べ始めた。
そういえば、子供の頃はホットドッグ入りの蛋餅にはソーセージが三本入っていたのに、今では二本しか入っていない。
皢瑜も自分の朝食を食べ続けていた。
俺はコーヒーを手に取り、蓋を開けて少しだけ口に含んだ。まだかなり熱かったからだ。
この味は……豆乳コーヒーだ!
なぜか豆乳コーヒーは、少し焦げたような豆乳の香ばしさがする。美味しいかどうかは、好みによるところが大きいだろう。
俺はけっこう好きだ。今日のコーヒー豆は香りがよく、豆乳も濃厚で、甘さもちょうどいい。
皢瑜は朝食を食べ終えると、学校へ向かった。彼女が通っている金猫湖小学校と、俺が通っている三神高校は反対方向にある。
それから俺も朝食を食べ終え、使い捨ての食器を手早く片づけてゴミ箱に捨てた。カウンターにいる叔母に挨拶してから、学校へ向かった。
学校に着くと、俺の頭の中に次々と選択肢が現れ始めた。
一つ、また一つと、まるで大量の選択肢の波が押し寄せてくるようだった。
そこで初めて、金猫の小さな神像を持ってくるのを忘れたことに気づいた。
……あいつ、そんなに重要なのか? 取りに帰った方がいいのか?
家まで戻って、また学校へ来るとなると、少なくとも七分はかかる。しかも、今はもうすぐ七時半だ。
俺はスマートフォンで時刻を確認し、少し考えた末、やっぱり諦めることにした。
頭の中に現れるさまざまな選択肢を一つずつ選びながら進んでいく。基本的には、台詞がおかしな選択肢は無視していた。
例えば、目の前の少女にいきなり告白するだとか、このルート上に立って少女にぶつかられるのを待つだとか、仮病を使って保健室へ行くだとか、今すぐ退学するだとか、百メートル走のような全力疾走で教室へ向かうだとか……。
意味不明な選択肢ばかりだった。
教室に着いてから、俺はセーブしておくべきだったことを思い出した。
そういえば、俺には優先して達成したい目標が一つある。
それは、この学校にいるはずのあの女の子を探し出すことだ。
半年以上前、旧正月の猫神祭で絵馬を買ったとき、俺はある女の子とぶつかってしまい、彼女の絵馬を落としてしまった。その後、俺たちは互いの絵馬を交換したのだ。
覚えているのは、長い黒髪に太い黒縁眼鏡をかけた女の子だったということくらいだ。今のところ、俺が覚えている情報はそれだけだった。
まずは自分のクラスの女子を見回してみたが、目当ての人物は見つからなかった。
やがてチャイムが鳴り、生徒たちはそれぞれ朝の清掃を始めた。
そのとき、俺は選択肢にGポイント獲得の表示が追加されていることに気づいた。
『真面目に掃除をする:100Gポイント獲得』
だから俺はこの選択肢を選び、ものすごく真面目に掃除を始めた。
こんなふうにGポイントを稼げる選択肢ばかりならいいのにな。
「日明、おはよう! 絵馬が当たったって聞いたぞ! 願い事は叶ったのか?」
話しかけてきたのは呉松文だ。俺はいつも彼を「松の木」と呼んでいる。
「もう時間だぞ、松の木。遅刻するぞ!」
「ちょうど間に合う時間だって!」
「そうだった! 日明、お前の願い事は叶ったんだよな? この高校に合格することと、ゲームみたいな生活を送ることだったっけ?」
今度話しかけてきたのは鍾博賢だ。俺はいつも彼を「阿賢」と呼んでいる。
「叶ったよ! ただし、俺が望んでいない形でな」
「それって、いったいどういう形で叶ったんだ?」
そのとき、頭の中に選択肢が表示された。
【選択肢1】正直に話す:1000Gポイント減少。
【選択肢2】作り話をする:100Gポイント獲得。
その下には、燃えるように減っていくタイムゲージが表示されていた。
俺は少し待ってみた。
【選択肢3】二人を無視して掃除を続ける:3000Gポイント減少。
……これ、本当に選択肢なのか? どう考えても2を選ぶしかないじゃないか!
というわけで、俺は【選択肢2】の作り話をする、を選んだ。
ところが、選択肢を選んだ後も、話の内容は自分で考えなければならないらしい。
「この高校に合格した時点で、もう願い事は叶っていたんだ。だから、抽選に当たったとはいえ、特別な願いが新たに叶ったわけじゃないよ。俺は普通に学校生活を送ってるだけさ」
「えっ? ゲームみたいな生活にはならなかったのか? そもそも、お前の願い事って、どんなゲームかまでは書いてなかったんじゃないか?」
「とにかく、さっさと掃除しようぜ!」
「なんだか日明、お前は何かを隠している気がするな。さっき言っていた、望んでいない形で叶ったっていうのはどういう意味だ?」
さすがは阿賢だ。俺の話の前後に矛盾があることに気づいたらしい。
「そんなことはいいだろ! それより、俺は今、ある女の子を探しているんだ」
「おっ! 高校生活が始まったばかりなのに、もう女の子を探して、バラ色の学園生活を始めようっていうのか?」
松の木がからかってきた。
「日明が興味を持つような女の子か? どんな子なのか教えてくれよ。もしかしたら、俺が知っているかもしれないぞ」
阿賢は笑いながら答えた。
「今年、絵馬を買ったときに、女の子とぶつかっただろ?」
「ああ、そんなこともあったな!」
「何の話だ?」
松の木は不思議そうな顔をしていた。
「俺と日明、それに中学時代の友達何人かで絵馬を買いに行ったときの話だよ。鼎中出身じゃない松の木には関係ない話だ」
「なんだよ! それで、何があったんだ? 日明」
「そのとき、俺と絵馬を交換した女の子を探しているんだ」
「つまり、本来なら当選するはずだった絵馬は、その女の子のものだったってことか?」
阿賢は俺の言いたいことをすぐに理解した。
「そう、その通り!」
「どういう意味だよ? ちゃんと説明してくれよ、日明!」
松の木はますます困惑していた。
「それにしても、日明はどうしてその子を探しているんだ?」
「たまたま、その子の願い事を知ったんだ。病気の母親を救いたいっていう願いだった。それで、最近俺はどんな病気でも治せる万能薬を手に入れたから、彼女を助けてあげたいんだ」
「そういうことだったのか! ところで、その万能薬って何なんだ? お前の願い事と関係があるのか?」
そのとき、再び頭の中に選択肢が表示された。
【選択肢1】正直に話す:1000Gポイント減少。
【選択肢2】作り話をする:100Gポイント獲得。
その下には、先ほどと同じ燃えるようなタイムゲージが表示されていた。
また同じ選択肢かよ!
選択肢3が何なのか、もう予想できるぞ!
だから俺は【選択肢2】の作り話をする、を選んだ。
そして、また自分で話を考えることになった。
「万能薬っていうのは、俺が知り合ったすごい医者のことだよ。名前は……そうだ、そうだ! エルサっていうんだ。海外ではかなり有名な医者で、今は俺の家に住んでいるんだ」
「日明、お前が本当のことを話していない気がするけど、協力してやるよ。そのときの女の子を見つければいいんだろ?」
「えっ? もう話は終わりなのか?」
「松の木、お前もその女の子を探すのを手伝ってくれ。確か、黒い長髪で黒縁眼鏡をかけている女の子だったよな。そういえば、日明に聞き忘れていたけど、どうしてその子がうちの学校の生徒だってわかったんだ?」
そのとき、また頭の中に選択肢が表示された。
【選択肢1】正直に話す:1000Gポイント減少。
【選択肢2】作り話をする:100Gポイント獲得。
その下には、先ほどと同じ燃えるようなタイムゲージ。
……もうわかっているぞ。選択肢3はどうせまた同じようなものだろう!
俺は【選択肢2】の作り話をする、を選んだ。
またしても、自分で話を考えなければならない。
「入学式の日に見かけたんだ」
「それで、何年生かはわかるのか?」
「えっ?」
「ネクタイの色だよ! 赤、青、白の三色があって、赤は一年生、青は二年生、白は三年生なんだ」
「悪い、忘れた」
その直後、チャイムが鳴った。朝の全校集会の始まりを告げるチャイムだった。
「チャイムが鳴ったな。続きは次の休み時間にしよう」
「黒髪で黒縁眼鏡の女の子を探せばいいんだよな?」
それから朝礼が始まった。
先生が教室に入ってきて出席を取り、そのまま朝礼が進められた。
朝礼が終わり、休み時間になると、松の木の顔の広さのおかげで、クラスの男子も女子もほとんど全員が集まってきた。
「えーっと! 今日は日明が、絵馬を交換した女の子を探すのを手伝ってやろうと思う! これは人命に関わる大事な問題だからな。いいか、黒髪ロングで黒縁眼鏡の女の子を見つけたら、全員ここに連れてきてくれ!」
「おいおい! どうしてクラス全員で探すことになってるんだよ!」
「いいじゃないか!」
阿賢が笑いながら言った。
俺はスマートフォンを見た。クラスのLINEグループには、松の木が送ったメッセージが表示されていた。
こうして、俺たちの捜索計画が始まった。
休み時間になるたびに、割り当てられたクラスの情報をもとに、一クラスずつ探して回った。
昼になり、全校のクラスをすべて調べ終えたが、結局、目当ての人物は見つからなかった。
そもそも、黒髪ロングに黒縁眼鏡という特徴は、あまりにもありふれている。
中には、俺に告白されると思って教室まで連れてこられた女子もいた。そのせいで、俺は事情を説明する選択肢を選ぶ羽目になり、1000Gポイントを失ってしまった。
だから、その後は女の子を連れてくる前に、まず新年に絵馬を買ったとき、誰かとぶつかって絵馬を交換したことがあるかどうか、本人に確認してもらうことにした。
昼食は給食だった。俺の大好物である牛肉のあんかけご飯だ。
俺と松の木、阿賢の三人は、机を三つくっつけて並べ、一緒に昼食を食べていた。
「結局、見つからなかったな! そもそも、本当にうちの学校の生徒なのか?」
松の木は自分のご飯を食べながら言った。
「今日はたまたま休んでいるだけかもしれないだろ?」
「欠席か? まあ、その可能性もあるな。じゃあ、何日くらい探せばいいんだ?」
「そういえば、うちのクラスにも欠席している生徒がいるよな。始業式の後から、ほとんど学校に来ていない子が」
「郭彩衣のことだろ?」
「そうだよ」
「でも、あの子はアイドル歌手だぞ! しかも、入試の成績は一位だったんだ」
「でも、俺たちが探している子じゃないだろ? だって、あの子はピンク色のショートヘアだし、黒縁眼鏡もかけていない」
「日明、お前は探している子が髪型を変えた可能性を考えなかったのか?」
「確かに、それもあり得るな。そうなると、いったいどうやって探せばいいんだ?」
俺たちが昼食を食べながら雑談していると、教室のドアが開いた。
入ってきたのは、ちょうど俺たちが話題にしていた郭彩衣だった。
彼女は怒ったような顔で、俺たちの座っている机へとまっすぐ歩いてきた。
そして、いきなり俺のネクタイを掴んだ。
「私と一緒に来て! あなたに話があるの!」
「えっ? あっ!」
こうして俺は、彼女にネクタイを掴まれたまま引きずられるようにして、教室の外へ連れ出された。
彼女は誰もいない階段の踊り場まで俺を連れていくと、壁ドンをしてきた。
ただし、手ではなく、足で壁を蹴るような格好だった。




