第4話『ボス同士の決闘には、勝者より大事なものがある』
二層の奥にある広間では、二体のボスが向かい合っていた。
片方は赤い甲殻の熊。もう片方は、四本の腕を持つ石の巨像。どちらも、俺が正面から近づけば一撃で終わる相手だ。
人間のコメントは悲鳴に近かった。
『二層にボス二体って何だよ』
『ギルドに通報しろ、これは事故る』
『タクト戻れ! 映す価値より命だろ!』
一方、赤文字はまるでスポーツ中継の客席だった。
《始まるぞ》
《今日は熊に賭ける》
《いや、石の奴は三回も踏ん張った》
《いいから近くで撮れ!》
「撮るのはいい。死ぬ場所は自分で決める」
俺は広間の縁を歩き、柱と崩れた石段の位置を確かめた。二体の間には、攻撃の軌道が交わる場所がある。そこへ近づけば死ぬ。だが、その軌道から外れた細い場所が一つだけあった。
柱の影へ身体を押し込む。遠くはない。衝撃が来れば石ごと砕かれる距離だ。
戦いが始まった。
赤鎧の熊が前脚を振り下ろす。巨像は四本の腕で受け止めた。岩と甲殻がぶつかり、火花が散る。人間の視聴者には、互いを潰すための攻撃にしか見えない。
だが、俺の画面では妙なことが起きていた。
熊の爪は巨像の首を狙える位置を通りながら、最後の瞬間に肩の甲殻へ逸れている。巨像の拳も、熊の喉元をかすめたのに、深くは打ち込まない。
攻めている。だが、殺し切ろうとはしていない。
周りを囲む小型の魔物たちは逃げず、一定の距離を保って座っていた。恐怖で固まった様子ではない。誰もが、次の動きを待っている。
(これ……見世物じゃない。ルールのある勝負だ)
俺はカメラを少し横へ振った。二体の力比べだけを追うと、映るのは破壊と血だけになる。観客の動きと、二体が互いに外している攻撃まで一緒に入れる。戦いの意味を示すものが、画面の端にあった。
次の一撃で、巨像の膝が床についた。
熊は勝ちを決めるように咆哮し、前脚を振り上げた。人間のコメントが「とどめだ」と流れた。
だが、巨像は逃げなかった。四本の腕のうち一本を胸に当て、残り三本を地面へついた。首を差し出すように、頭を下げた。
熊の爪が、巨像の首のすぐ前で止まった。
広間が静まり返った。
長い沈黙の後、熊は自分の甲殻から欠け落ちた赤い破片を拾い、巨像の前に置いた。巨像はそれを受け取り、胸のくぼみに収める。
周囲の魔物たちが、一斉に頭を下げた。
勝者は敗者を殺さなかった。敗者も、ただ命乞いをしたのではない。あの破片を受け取ったことで、何かが決まったのだ。
『……今の、何?』
『殺さなかった?』
『戦闘じゃなくて、儀式だったのか?』
赤文字が、騒ぐのをやめていた。
俺は撮影を止めなかった。熊の爪が止まった瞬間も、赤い破片が渡された瞬間も、観客が頭を下げた瞬間も、同じ画面の中に残した。
やがて赤文字の一つが、ゆっくりと浮かんだ。
《……そこまで見てたのか》
「見えたものを撮っただけだ」
《違う。そこを見たんだ》
その瞬間、石の巨像が俺のいる柱を振り返った。
こちらを見ている。偶然じゃない。俺が向こうの文化を記録したことを、分かっているようだった。
直後、衝撃波で柱の縁が砕けた。カメラが床へぶつかり、液晶に新しいひびが走った。
俺はカメラを抱えて広間を逃げ出した。映像は残った。だが、このままでは次の仕事ができない。
帰り道、赤文字が一行だけ表示された。
《三層の夜市へ来い。手ぶらで来るな》




