第32話『十二脚の椅子に、影が十三本あった』
七層の会場は、天井の高い黒石の円形広間だった。湿った石の匂いがし、どこかで水が落ちる音が反響している。円卓を囲む怪物たちは、種類も大きさもばらばらだ。岩のような肩を持つ石鬼、胴体が半透明のスライム、角を布で覆った大柄な獣人。全員が同じ方向を向いているわけではない。
スライムの一体が、レンズを覗き込むように身体を伸ばした。表面に灯りが映り、目のような二つの点が現れる。
「それは俺の顔を撮っているのか」
「今は会場全体を記録しています。個人を撮る必要が生じたら、確認してから画角を変えます」
スライムは半歩ぶん縮んだ。気に入ったのか、まだ信用していないのかは分からない。
人間側の席には、ギルドの古賀と、記録係が二人。俺のカメラを見た石鬼の門番が、低くうなった。
「レンズは一つ。光を焚くな。配信を飛ばすな。顔を勝手に持ち帰るな」
「顔だけじゃない。場所を特定できる細部も、許可なく公開しません」
「言葉は信じない。記録を見て決める」
それなら話は早い。俺は生配信機能を切り、記録用の暗号化カードをセットした。会議の全景を一つの画角に収め、入口と円卓の両方が画面に入る位置を選ぶ。近くの席だけを大きく撮れば、誰かの発言が切り取られる。引きすぎれば、手の動きが見えない。必要なのは派手な映像ではなく、あとから動きを確かめられる画角だった。
椅子を数える。人間側が三席、怪物側が九席。合計十二。だが、床に落ちる影は十三本あった。
念のため、カメラを固定したまま自分の立ち位置を変えてみる。影は動く。円卓の脚も、門番の太い腕も、光の向きに従って形を変えた。それなのに、余分な一本だけが空席の下から伸び、椅子の脚に触れたところで途切れている。
肉眼で見直すと、そこには何もなかった。液晶を覗けば、確かに影がある。
光源の位置を確認する。天井の灯りは一列。円卓の脚も数えた。どれも影のずれを説明できない。
画面の端に赤文字が浮かぶ。
《椅子は十二脚。影は十三本》
「見えている。問題は、誰の影かだ」
議長席の石鬼が、杖で床を打った。会場のざわめきが止まる。
「評議を始める。議題は、人間の立ち入りを制限するか否か。証拠映像を出せ」
照明が一段落ち、壁面の投影石が白く光った。
俺は録画ランプを確認した。
その瞬間、画面の左端に、誰も座っていない椅子の下から伸びる影が映った。
影の先には、細い指の形があった。




