第31話『七層の評議は、俺を三十万円で買おうとした』
氷晶竜の仕事から数日後、ギルドの記録保全室に呼び出された。俺に見えるのは、人間の画面にはない怪物たちの赤いコメント。戦う力はないが、その言葉を鵜呑みにせず、現場を撮って確かめることならできる。今度は、その仕事で七層の評議へ呼ばれた。
「七層の評議を撮ってほしい」
担当者の古賀は、挨拶より先に端末を開いた。映っていたのは、石造りの円卓と、向かい合う人間と怪物の影だった。
「評議では、人間探索者の五層以上への立ち入りを停止するかどうかが決まる。きっかけは、先週の襲撃映像だ。人間が怪物を斬り、怪物が反撃した。そう記録されている」
「映像があるのに、どうして揉めるんです」
「映像があるから揉めている。人間側は怪物が先に襲ったと言い、怪物側は人間が先に手を出したと言う。どちらも自分に都合のいい部分を公開している」
評議は明日の夕方だという。決議が通れば、五層以上の探索許可は停止される。採掘を仕事にする者も、救助や輸送を請け負う者も、すぐに影響を受ける。怪物側にとっても、上層へ通じる通路を人間に使わせる理由がなくなる。
「何を撮るかより、何を撮らせてもらえるかが問題ですね」
「だから君を選んだ。氷晶竜の件で、助けた人間も竜も勝手に公開しなかった。今回はそれが必要なんだ」
撮影料は三十万円。着手金十五万円、納品時に残りの十五万円。評議の結論や世間の反応に左右されず、記録を納めれば支払うという。
俺は条件書を読み、公開範囲の欄に線を引いた。
「生データは両者の立ち会いで封印保存。公開用の編集版は、映り込んだ人間と怪物の確認を経てから。会場内の当事者が、相手の同意なく生配信を始めた場合は撮影を中断します」
古賀は顔をしかめた。
「それでは、世間にすぐ見せられない」
「すぐ見せることと、正確に残すことは別です。氷の中にいた人を、本人の許可なく見世物にはしませんでした。今回も同じです」
古賀は机の端を指で叩いた。急いでいるのだろう。けれど、ここで条件を譲れば、後から映像が独り歩きしたとき、俺には止める手段がない。
「それに、今回の仕事は勝敗を決めることじゃありません。会議で誰が何をしたか、あとから検証できる形に残すことです」
短い沈黙のあと、古賀は条件を飲んだ。俺は着手金を確認し、契約書に署名する。
アーマード・ファングとネクスト・ステージには、未確定だった撮影日を改めて調整する連絡を入れた。三件の依頼を同時にはこなせない。だからこそ、契約が成立した仕事から順に責任を果たす。
ギルドを出る前、カメラの画面に赤い文字が浮かんだ。
《評議で最初に裁かれるのは、カメラを持った人間だ》
「どういう意味だ」
返事はなかった。代わりに、もう一行だけ現れる。
《椅子の数を数えろ》
七層の評議は、何かを決める会議ではない。
誰かに、何かを決めさせるための舞台なのかもしれなかった。




