第27話『討伐報酬か、仲間の命か』
黒瀬は、しばらく黙っていた。
依頼書の目的は、氷晶竜の初討伐と素材の記録。成功すれば、残りの十五万円が支払われる。失敗すれば、その報酬はない。人影が佐伯悠司だったとしても、救助に切り替えた時点で討伐任務は成立しない。
「契約を変えたのは、俺自身です」黒瀬が言った。「生存者がいたら救助を優先する、と書いた。今、そうするかどうかを決めるのも俺です」
「あなたの判断です。俺は、撮影を続けるか止めるかを判断します」
「竜を倒せば、氷壁が開くかもしれない」
「同じくらい、壁が崩れる可能性もあります」
「では、何をすればいい」
俺は映像を並べた。竜の呼吸。青い筋の明滅。壁の内側の影。三つの動きには、繰り返しがあった。竜がブレスを吐くと青い筋が明るくなり、数秒後に人影がわずかに動く。竜が息を止めると、青い筋は暗くなり、影も動かなくなる。
「竜のブレスが、何かの状態を保っている可能性があります。壁を壊すんじゃなくて、まず冷気の通り道を調べる。竜に攻撃を続けさせる必要があるかもしれない」
黒瀬は、目を閉じた。六か月前の撤退を思い出しているのだろう。彼が戻らなかったことを責める声。遺体がないまま、死亡扱いになった記録。今ここで竜を倒せば、少なくとも討伐成功という確かな結果は手に入る。
だが、氷の中に人がいる。
「討伐をやめます」黒瀬が言った。「救助へ切り替える。報酬が減ることも、分かっています」
俺は契約端末に、現場判断による作業内容の変更を記録した。通信は不安定だったが、署名データは送信待ちの状態で保存できる。公開用の配信はすでに切ってある。ここにいることを知らせる必要はない。
「助けられなかったとしても、撮影データを都合よく編集して、助けられたように見せることはしません」
「それでいい。事実を残してください」
黒瀬は武器を背中へ戻した。
竜は、その動きを見ていた。攻撃が来ないと理解したのか、翼を少しだけ畳んだ。だが、氷壁の前からは動かない。
俺はレンズの角度を変え、青い筋がどこから入り、どこで消えているのかを探った。壁の中心ではなく、右下の隅に、細い白い線が一本だけ伸びていた。
そこだけ、竜の息が当たっていない。
「……出口があるとしたら、ここです」
黒瀬が膝をつき、カメラの映像を覗き込んだ。
「切れるか」
「まだ分からない。だが、ここからなら、青い筋を傷つけずに外側だけを剥がせるかもしれない」
竜の喉が、再び青く光った。
次の呼吸が、作業の時間を決める。




