第26話『氷の中にいたのは、行方不明の仲間だった』
黒瀬は、氷壁から目を離せなくなっていた。
「あの手首を見せてくれ」
「近づきすぎないでください。壁に触れたら、さっきの線がどう動くか分かりません」
俺は倍率を少しだけ上げた。氷の中の腕には、赤い紐が巻かれていた。色は薄れ、片端が結び目からほつれている。
黒瀬が自分の手首を見た。彼の赤い紐も同じ結び方だった。
「悠司の結び方です。俺たちの隊で、互いの位置を見失わないようにつけていた」
彼はポケットから、欠けた金属札を出した。隊の識別番号が刻まれている。画像の中に見える腰の金具には、同じ形の穴があった。
「佐伯悠司……!」
声が回廊に響いた。竜は翼を広げ、黒瀬と氷壁の間へ割り込む。攻撃ではない。黒瀬の手が壁へ届かないよう、身体で道を塞いでいた。
「どけ!」
黒瀬が一歩踏み込んだ。
俺は彼の腕を掴んだ。
「今、壁を割ったらどうなるか分かりません」
「六か月だぞ! 六か月、俺は何も分からなかった。ここにいるかもしれないと知って、それでも何もするなと言うのか」
「何もするなとは言っていない。助けるなら、助ける方法を見つける。ここを壊せば助かるのか、もっと危険になるのか、それを先に確かめるんです」
黒瀬の呼吸が荒くなった。俺はカメラを彼の顔に向けなかった。これは公開用の映像ではない。彼の取り乱した顔を記録する必要はなかった。
赤文字が浮かぶ。
《まだ息がある。だが、氷を砕けば終わる》
黒瀬も文字を見ているのか、俺の表情から意味を読み取ったのか、低く尋ねた。
「何て出た」
「生きている可能性がある。でも、壁を砕くのは危険です」
俺は映像を巻き戻した。竜のブレスが氷壁に当たるたび、青い筋が短く明滅していた。その直後に、壁の内側の影がわずかに動く。ブレスが当たらない時間は、影の動きが止まる。
「この竜は、壁を壊そうとしていない。むしろ、同じ場所に冷気を当てている。何かを閉じ込めているのか、それとも、状態を保っているのか……」
黒瀬は金属札を握りしめた。
「悠司を生かしているのが、あの竜だというのか」
「まだ分かりません。ただ、少なくとも、ここで竜を攻撃したら、壁の中の人に何が起こるか分からなくなる」
竜は青い目で俺を見ていた。氷壁と、俺の手にあるカメラを、何度も見比べる。
その動きが、少しずつ変わり始めていた。
竜は俺たちを追い払うのではなく、何かを伝えようとしているのかもしれなかった。




