第25話『氷晶竜は、俺たちではなく氷壁を守っていた』
氷の向こうから現れた竜は、白いというより、透明に近かった。
首から尾まで氷晶が連なり、動くたびに内部の光がずれる。翼は薄い板のようで、広げると回廊の壁に反射が幾重にも重なった。目は青く、こちらを見ているはずなのに、焦点が俺たちから外れている。
黒瀬が武器を構えた。
「来るぞ」
俺は録画を開始した。竜は頭を下げ、喉の奥を青く光らせた。ブレスが来る。だが、その射線は俺たちではなく、背後の氷壁へ向いていた。
轟音とともに冷気が走る。壁の表面が白く曇り、細い亀裂が一瞬だけ消えた。竜は息を吐き切ると、前脚を広げて氷壁の前に立った。
「……俺たちを追い払うためじゃない?」
黒瀬が半歩進む。竜の首がそちらへ動いた。今度は口を開いたが、ブレスを放たず、床を一度だけ爪で叩く。砕けた氷片が黒瀬の足元へ飛んだ。
「威嚇しているのか」
「いや。そこから先へ来るなと言っているように見えます」
竜は何度も俺たちと氷壁を見比べた。攻撃の姿勢を取っているのに、身体の向きは一貫して壁をかばっている。もし俺たちを倒すことだけが目的なら、横へ回ることも、回廊を塞ぐこともできるはずだ。
俺はカメラを少し下げ、竜の足元を画面に入れた。爪の跡は氷壁の手前で止まっている。壁を傷つけないよう、意図的に踏み込みを抑えているのか。
赤文字が一行だけ現れた。
《そいつは、壁の中のものを守っている》
「中のものって、何だ」
返事はない。
黒瀬が武器を下ろさないまま、声を張った。
「悠司! 聞こえるか!」
音は氷に吸われた。竜が鋭く頭を上げ、こちらへ吠えた。黒瀬は反射的に構えを固めたが、竜の牙は彼へ向かわなかった。
竜は氷壁へ顔を寄せ、鼻先をそっと表面に当てた。
その瞬間、氷の内側で、指先のようなものが動いた。
黒瀬が一歩踏み出す。
「生きてる……?」
俺はまだ断定できなかった。画面を拡大し、同じ箇所を数秒分巻き戻す。反射ではない。氷の表面に映った手ではなく、その向こう側から動いている。
「少なくとも、影は固定されていない。もう少し観察します。ここで壁を壊すのは危険です」
竜の青い目が、初めて俺のカメラをまっすぐ見た。
撮られることを嫌がっているのか。それとも、俺が何を見ているのか確かめているのか。
どちらにしても、ここから先は、ただの討伐記録では済まなくなっていた。




