第24話『氷結の回廊では、足音が嘘をつく』
五層『氷結の回廊』は、地図にあるより広く感じた。
壁も床も白い。遠近を測る目印が少なく、数歩先の曲がり角がどれほど遠いのか分からない。俺たちの足音は壁に反射し、正面から聞こえた音が、少し遅れて背後から返ってきた。
「距離感が狂うな」黒瀬が言った。
「足音だけを頼りにすると、位置を間違えます。音が戻る方向と、音が消える場所を記録します」
俺は小さな金属片を床へ置き、短く転がした。音が三度返ってきた。正面、左、そして背後。だが、左の壁は地図上では数メートル先にしかない。反響する空間が、見えている壁とは別の形をしている。
画面の端に、赤文字が浮かんだ。
《白い筋を踏むな》
俺は足を止めた。床には細い白い線が走っていた。霜が作った模様に見える。けれど、線は一定の幅を保ち、曲がり角で途切れずに壁へ続いている。
黒瀬が金属片を拾おうとしたので、俺は手で制した。
「触る前に試します」
リュックから小さな石を取り出し、白い線の外側へ置く。変化はない。線の上へ滑らせた瞬間、石の表面が白く曇り、音もなく割れた。
「凍結というより、圧力が違うのか……」
「踏んでいたら、靴ごと割れていたかもしれませんね」
黒瀬は答えず、線の形を地図へ書き込んだ。
続けて、別の赤文字が現れた。
《青い筋を割れ》
青い筋は、白い線と違って壁の中を流れていた。水脈のように見えるが、流れがない。カメラを寄せると、青い光が一定の間隔で明滅している。
「割れと言われても、さっき白い線を踏むなと教えてきた相手の言葉を、全部信じる気はありません」
俺は撮影倍率を上げた。青い筋は表面の氷ではなく、内部の結晶の並びに沿って伸びている。氷の層がずれるたび、光の流れもわずかに動いた。
「これは割れ目じゃない。中の力を流す経路だ。壊したら、圧力が変わるかもしれない」
赤文字は返事をしなかった。
俺たちは白い線を避け、青い筋を傷つけないよう進んだ。やがて、回廊の奥に巨大な氷壁が現れた。壁の中心だけ、表面の霜が薄い。向こう側に白い巨体の輪郭があり、その背後に、あの人影が重なっている。
黒瀬は息を呑んだ。
「間違いない……あの場所だ」
俺は撮影を始める。だが、画面の隅に出た温度表示が、急に下がった。
壁の向こうで、巨大な影が動いた。




