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怪物のコメントが見える底辺カメラマン、ダンジョン配信で成り上がる  作者: 七瀬ナギ
第二章 神画角に値段がつく

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第20話『撮影依頼は三件。だが、俺の体は一つしかない』

週明けの朝、ノートPCとスマートフォンに、正式な依頼書まで進んだオファーが三件並んでいた。


ひとつはアーマード・ファングからの次回撮影。ひとつはネクスト・ステージ所属配信者の宣伝用撮影。そして三件目は、B級上位のソロ探索者からの依頼だった。


三件とも、撮影を希望する日時は今週土曜日の午前十時。四層の限定イベントと、五層で短時間だけ姿を現す希少モンスターの活動時間が重なっていた。二つの人間側案件は同じイベントの別パーティを撮る仕事で、三件目だけが別の階層だった。いずれも日時と内容を詰める最終契約の前で、俺が受注枠を確定させる必要がある。


同じ時刻に、俺は三人いない。


「……どれかを断るしかないのか」


撮影、機材管理、移動、編集、契約交渉。すべてを一人で回してきた。依頼がない時には一つずつ片づけられた作業が、仕事が重なった途端に壁になる。


三件目の依頼書を開く。対象は地下五層の極寒地帯『氷結の回廊』に出現する氷晶竜。依頼内容は、初討伐の記録。提示報酬は三十万円だった。


金額だけで飛びつく気はなかった。詳細には、気温が氷点下三十度に達すること、一般的なレンズが結露し、バッテリーが短時間で落ちること、足場が凍結して滑落の危険があることが書かれていた。機材を守る装備だけで十万円を超える見積もりが必要になる。


さらに、氷晶竜は姿を見せてから短時間で氷壁の奥へ戻るという。撮影機会は一度きり。失敗すれば、次の出現まで数週間待つことになる。


三十万円は、単に珍しい魔物を撮るための高額報酬ではない。特殊機材、準備時間、再撮影ができない条件、そして危険に対する対価だった。


「初討伐の記録」とあるが、依頼の目的が分からないまま契約するわけにはいかない。俺は質問を返した。討伐認定に必要な記録なのか、殺す瞬間を見世物にしたいのか。返答には「ギルドの討伐認定と素材の確認が目的」とあった。


俺はその条件も文面に残したうえで、返信した。


『提示額三十万円で受諾します。ただし、特殊環境対応の機材調達と準備費用のため、着手金として五十%を事前にお支払いください。また、対象の生態や隠れ家が判明した場合、公開映像から位置を特定できる情報は除外します。現場で撮影続行が危険と判断した場合は中止します。依頼の目的が契約内容から逸脱した場合も同様です』


返事は数分で来た。


『条件を了承する。着手金を送金する』


通知が鳴った。


【着手金:150,000円】

【機材調達予算:150,000円】


俺はすぐに専用の防寒レンズハウジング、バッテリーヒーター、交換用バッテリー、結露防止材を手配した。支払いは合計十五万円。着手金は準備費用に消えるが、自分の手元資金は機材のために失わずに済む。


手元残高は六万一千円のまま。残債はゼロ。だが、他の二件を断れば、確実に得られたはずの報酬と関係を失う。


俺はアーマード・ファングとネクスト・ステージへ、事情を説明して辞退の連絡を送った。ガイからは「次は先に日程を押さえる」と返ってきた。マネージャーは不満を隠さず、それでも契約違反ではないと認めた。


仕事が増えるのは成功だと思っていた。実際には、選ばなければならないことも増える。依頼を断るたび、自分の時間と技術の限界がはっきりする。


俺はカメラを机に置き、結露防止材の箱を開けた。


三十万円の仕事。相手が買うのは、ただ珍しい魔物の姿ではない。失敗できない一度の撮影と、その映像をどう扱うかという責任まで含めてだ。


「……なら、画角だけは妥協しない」


依頼書の添付画像を開く。氷晶竜の白い影は、氷壁の中でこちらを向いていた。目の前には、巨大な角でも鋭い牙でもなく、氷の向こうにもう一つの影が重なっていた。


依頼主の説明にはない影だった。


俺はその画像を拡大した。


撮るべきものが、依頼書に書かれた対象だけとは限らない。


(第二章 完)


ここまで読んでくださって、ありがとうございました。


第二十話をもって、第二章も完結です。


一本十万円の撮影から始まった仕事は、映像の価値だけでなく、名前の信用や、依頼を引き受ける責任へと広がりました。仕事を選べるようになったタクトの前に、今度は一人では対応できない依頼が並びます。


第三章では、氷結の回廊での撮影が始まります。依頼書にはなかった影が、氷壁の向こうに何を示しているのか。タクトは、依頼された対象だけを撮ればいいのか。


引き続き、タクトの撮影を見届けていただければ嬉しいです。

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