第12話『炎が出る瞬間より、炎を止める瞬間を撮る』
赤竜は二度、ブレスを出せなかった。
喉の奥に赤い光が集まるたび、傷の周囲が黒く曇り、炎は小さな火花になって散る。赤竜は三度目の準備に入ろうとしたが、俺はカメラの横から声をかけた。
「一度、休んでくれ」
《撮れていない》
「撮れている。出せない理由が映っている」
赤竜が唸った。だが、喉を膨らませるのをやめた。
俺は録画を再生し、傷口の変化を見せた。炎を出そうとするたび、周囲の鱗が先に赤くなる。ブレスを放つ直前ではなく、熱を逃がせなくなった瞬間に、傷が反応していた。
《それを見せて、何になる》
「このまま無理に撃てば、傷が広がる。見せたいのは恐ろしさだろう。制御できずに暴発した炎は、強さじゃない」
赤竜は黙った。俺は選択肢を示した。今日は撮影を中止し、テスト映像だけを診断用の記録として渡す。その場合、完成映像の料金は発生しない。あるいは、傷に負担のない範囲で短いブレスを一度だけ記録し、契約どおり十万円相当の納品をする。
長い沈黙のあと、赤竜は低く息を吐いた。
《一度だけだ》
俺は角度を変えた。喉の赤い光が見える位置から、炎の進路と岩壁の焦げ跡が同じ画面に入る位置へ。背景の奥行きは捨てる。代わりに、吸気の振動を音声に残す。
赤竜が息を吸った。
喉の奥の光が一度だけ明滅し、短い炎が放たれた。熱波が岩壁を舐め、黒い線を刻む。炎が消えたあと、赤竜はすぐに口を閉じた。傷口の黒ずみは広がっていない。
俺は録画を止めた。
「撮れた」
撮影を終え、回廊を離れる前に、俺は必要な色と音を整えた仮編集を赤竜に見せた。最初に画面が暗くなり、呼吸音だけが響く。次に喉の奥に光が灯る。炎が放たれた瞬間、画面の岩肌が白く飛び、最後に赤竜の目が映る。背後の巣も、回廊の奥行きもない。
《もっと大きな炎に見せられなかったのか》
「大きく見せるだけならできる。でも、それだと次に撃つとき、あんた自身が無理をする。これは“制御できる一撃”の映像だ」
赤竜は、何度も再生した。やがて、画面の中の自分を見たまま言った。
《……これだ》
約束の報酬として、赤竜は胸元から一枚の逆鱗を落とした。鑑定額は十万円相当。現金ではないが、対価としては明確だった。
「納品完了だ。約束どおり、十万円分を受け取る」
赤竜は一度だけ頷いた。
《また頼む。次は、傷のない炎を撮らせてやる》
俺は逆鱗をケースにしまった。今回の仕事で撮れたのは、最大火力ではない。竜が自分の力を制御しようとした、その一瞬だった。




