第11話『竜のブレスを撮れ。正面からだ』
竜の回廊は、四層の奥にあった。依頼を受けてから十日、俺は竜が回廊を使う時間と、探索者の往来が重ならない日を待っていた。ようやく赤竜から合図が来たのは、期限まで十日を残した朝だった。
入口の岩肌は熱で黒く焼け、靴底が触れるたび、薄い灰が舞った。壁には溶岩が流れた跡のような筋が走り、天井から垂れる鉱石が赤く透けている。空気を吸うだけで喉が乾いた。カメラの温度表示は、立っているだけなのに危険域へ近づいていた。
ここで正面から撮るということは、炎を映すだけでは済まない。熱でレンズが歪めば、納品できる映像は一秒も残らない。俺は予備レンズの位置を確かめ、退路と遮熱できる岩棚を先に見つけた。
回廊の中央に、赤竜がいた。翼の片側には古い傷がある。鱗の一部が剥がれ、傷口の周囲だけ黒く変色していた。
《正面から撮れ》
赤文字の要求は変わらない。
「正面に立ったら、レンズが焼ける」
《十万円払う。お前の仕事だろ》
「金を払えば、できないことまでできるわけじゃない」
竜の鼻孔から煙が漏れた。怒ったのかと思ったが、炎は出ない。喉の奥で小さな火花が弾け、すぐ消える。
俺は撮影を始める前に、依頼の目的を尋ねた。
「この映像を、誰に見せたい?」
赤竜はしばらく沈黙し、壁の向こうへ視線を向けた。
《人間だ。ここに近づくなと知らせたい》
「巣があるのか」
《それは映すな》
話が見えてきた。竜は自分の力を誇示したいのではない。人間を遠ざけたいが、居場所は知らせたくない。見せるべきものと、隠すべきものが同時にある。
「ブレスだけを大きく撮っても、警告にはならない。どこから吹いたか分かれば、逆に場所を特定される。背景は切る。炎が放たれる直前の息と、岩を焼き切る結果だけを入れる」
《顔は?》
「最後に一瞬だけ入れる。見せたいのは強さだろ。住処じゃない」
竜は俺をしばらく見下ろした。やがて、翼をゆっくり畳んだ。
《やれ》
俺は壁の反射熱を確かめ、炎が通る線から外れた岩棚にカメラを固定した。正面に見える角度だが、真正面ではない。レンズに入るのは竜の顔、喉の奥の赤い光、そしてブレスが走る岩壁だけ。巣へ続く通路は一切入らない。
「準備できた。合図をくれ」
赤竜が息を吸い込む。回廊の温度が上がり、空気が揺らいだ。
だが、炎は出なかった。
喉の奥で、また小さな火花が弾けた。赤竜の傷が脈打ち、煙が横へ流れていく。
俺は録画を止めなかった。
本番は、まだ先にある。




