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「わたし、死なないみたいです」処刑された悪役令嬢は首を抱えて帰省する。  作者: あとりえむ


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第6話

穏やかな昼下がり。私は屋敷のテラスでユリウス様特製のハーブティーを傾けながら、彼に髪を梳かしてもらっていた。


そこへ、エドワーズ公爵領の境界を警備している門兵が、血相を変えて駆け込んできた。


「お休みのところ申し訳ございません。領地の境界門に、王太子ミハエル殿下と名乗る男が現れました」


息を切らす門兵の報告に、私は持っていたティーカップを危うく落としそうになった。


男は泥と血に塗れたボロボロの姿で門の鉄格子にすがりつき、ミランダを出して今すぐ王都の結界を張り直せと、狂乱したように喚き散らしているという。

さらに男の背後には、エドワーズ家の結界に阻まれて領地に入れない魔物の大群が、飢えた獣のようにうごめいているらしい。


自らの愚行で国を滅ぼしておいて、どの口が命令などと言っているのだろう。


呆れ果てる私よりも先に、背後に立っていたユリウス様の空気が凍りついた。

彼の手にしていた高価な櫛が、ミシリと嫌な音を立てて砕け散る。


「私の至高の芸術品を一度でも傷つけたゴミが、どの面を下げて命乞いに来たのかな」


地を這うような低く冷酷な声。


ユリウス様は私の前に立ち塞がると、琥珀色の瞳にどす黒い怒りを滾らせた。

私も彼と共に境界の門へ赴き、その滑稽な闖入者に引導を渡してやろうと立ち上がる。


しかし、私たちが応対に出るよりも一瞬早く、屋敷の奥から凄まじい威圧感を伴った二つの影が、音もなくテラスへと進み出てきたのだ。



姿を現したのは、いつもはのんびりとお茶を飲み、庭の手入れを好む温厚なお父様とお母様だった。


しかし、今の二人が纏う空気は、普段のそれとは全く異なっていた。

二人が一歩足を踏み出すごとに、足元の色鮮やかな草花が一瞬にして生気を奪われ、黒く枯れ落ちていく。


肌を刺すような圧倒的な死の気配と、息をすることすら困難になるほどの重圧。

それこそが、何百年もの間、魔物すらも退け王国を影から守り続けてきた伝説のネクロマンサーの真の姿だった。


「お父様、お母様……」


私が呆然と声をかけると、お父様はこちらを振り返り、凍てつくような冷たい瞳のまま、ふっと口角だけを上げた。


「ミランダ、お前はユリウス殿とここで休んでいなさい。領地を汚す不快なゴミの掃除は、私たちがしよう」


お母様も静かに頷き、顔を覆っていた扇をパチンと閉じた。


「勘違いされては困りますわね。私たちがこの数日、穏やかに笑っていたのは、私たちの可愛い娘が無事に生きて帰ってきてくれたから。ただそれだけですわ」


お母様の声は静かだったが、その奥には底知れぬ怒りがドロドロと煮えたぎっているのがはっきりと分かった。


「エドワーズ公爵家の宝である愛娘を、いわれなき罪で処刑台に引き摺り上げ、あろうことかその首を物理的に落とした男の仕打ちを……私たちが許しているとでも思ったのかしら?」


お父様が杖を軽く地面に突くと、足元から漆黒の影が泥のように広がり始めた。

それは瞬く間に複雑な魔法陣を形成し、屋敷のテラスと遠く離れた境界門を直接繋ぐ転移の門をこじ開けていく。


「よくも私達の可愛い娘を処刑台に送ってくれたな。その愚かな代償を、魂の底まで刻み込んでやろう」


地の底から響くようなお父様の冷酷な怒声とともに、二人の姿は黒い靄に包まれ、境界門へと瞬時に姿を消した。



領地の境界門。

鉄格子にしがみつくミハエルの目の前に、突如として漆黒の靄が立ち込めた。


靄が晴れ、そこにエドワーズ公爵夫妻の姿が現れると、ミハエルは安堵と歓喜の声を上げた。


「おお、公爵!よくぞ参った!さあ、早くこの門を開けて僕を中に入れろ!そしてミランダを呼べ!」


自分が愛娘の首を刎ねたというのに、彼の頭の中には己の保身と特権意識しかなく、相変わらずの尊大な態度で命じてくる。


しかし、公爵夫妻は氷のように冷ややかな目で泥まみれの王太子を見下ろすだけで、門の鍵には一切触れようとしなかった。


「……聞こえなかったのか!僕は次期国王だぞ!貴様ら臣下は直ちに──」


「黙れ、薄汚い羽虫が」


お父様の低く凍てつくような一言が響いた瞬間、ミハエルを追って境界門に群がっていた無数の魔物たちの動きが、ピタリと止まった。


ミハエルが震えながら背後を振り返ると、先程まで狂暴に吠え猛っていた魔物たちが、まるで目に見えない巨大な手に首を絞められているかのように、次々と地面に倒れ伏していくではないか。


魔物たちの体から黒い瘴気が抜け落ち、あっという間に白骨と腐肉の塊へと変わっていく。


そして、カクカクと不気味な音を立てながら再び立ち上がった魔物の死骸たちは、ミハエルには目もくれず、門の向こう側に立つ公爵夫妻に向かって一斉に深く頭を垂れたのだ。


「な、なんだ……これは……」


ミハエルは恐怖で完全に腰を抜かし、泥だらけの地面に這いつくばった。


圧倒的な死の支配。国を滅ぼしかけている恐ろしい魔物の大群ですら、この二人の前ではただの従順な操り人形でしかない。


「私たちが何のために結界を張っていたのか、まだ分からないのかしら」


お母様が扇の奥でクスクスと冷たく笑う。


「魔物から国を守るためではない。強大すぎる私たちの魔法と、この領地に集う『死』そのものが外に溢れ出さないよう、内側に留めていただけですのに」


その言葉に、ミハエルはついに己の致命的な勘違いを理解した。

自分が排除したエドワーズ家とは、都合の良い国の守護者などではなく、国を丸ごと滅ぼすことなど容易い、真の怪物たちであったということを。



「ひ、ひぃぃぃっ……!お、お許しを!私が愚かだった!どうか命だけは……っ!」


地面に這いつくばり、泥水に顔を擦り付けながら命乞いをするミハエル。

次期国王の尊厳など微塵もないその無様な姿を、お父様は虫けらを見るような冷酷な目で見下ろした。


「命だけは、だと?お前はミランダの首を刎ねたのだぞ。その罪の重さを、言葉だけの謝罪で購えるはずがなかろう」


お父様が杖を振るうと、ミハエルに向かって深く頭を垂れていたアンデッドの魔物たちが、一斉に彼の方へと向き直った。


「や、やめろ……来るな!私は王太子だぞ!エドワーズ公爵、私を見捨てる気か!」


「見捨てる?勘違いしないでちょうだい」


お母様が扇を閉じ、氷のような微笑を浮かべる。


「私たちはただ、あなたが選んだ結果をそのままお返しするだけ。結界の外で、あなたが愛した偽物の光にでも縋って助けを求めなさいな。」


そしてお父様は、群がる魔物たちに静かに、しかし絶対的な命令を下した。


「こいつをすぐに殺してはならない。我が娘が処刑台で味わった絶望と苦痛を、その身が腐り果てるまで何度でも味あわせてやれ」


ギチギチと骨を鳴らしながら、亡者の群れがミハエルへと群がっていく。


「ぎゃあああああっ!助けてくれ!ミランダ!ミランダァァァッ!」


自らが切り捨てたかつての婚約者の名を叫びながら、ミハエルは魔物たちの冷たい腕に引きずられ、どす黒い瘴気の奥深くへと消えていった。


鉄格子の向こう側で響き渡る無様な絶叫を背に、お父様とお母様は表情を崩すことなく、愛娘の待つ屋敷へとゆっくり歩みを進めるのだった。

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