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『隣の席の彼女は、今日も高すぎる』  作者: さかっち
~二年生~

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第九十八話 11月23日 さやかの誕生日と、麺と、7人


 十一月二十三日は、祝日だった。


 さやかの誕生日は、この日だった。


「誕生日は、自分の趣味に付き合ってもらう日って決めてる」


 集合場所の駅前で、さやかが宣言した。


「趣味って?」


 太秦が聞いた。


「麺の食べ歩き」


「それ、去年もやったの?」


「去年は三人だった。今年は七人」


 さやかが、そう言って、集まった顔ぶれを見回した。


「毎年恒例なんですか」


 央が聞いた。


「恒例って言うほどじゃ。まだ二回目だしね」


 さやかが、少し照れたように言った。


「二回目でも、恒例って呼んでいいと思います」


「そう? じゃあ、恒例にしよう」


 さやかが、あっさり決めた。


 (おう)、みお、太秦(うずまさ)、さやか、ひな、そして、(けい)とほのか。

 修学旅行以来、久しぶりに全員が揃っていた。


「先輩たち、久しぶりです」


 ほのかが言った。


「修学旅行、楽しかったですか?」


 慧が聞いた。


「楽しかったよ。写真、たくさん撮ってきたしLINEに送った」


「みおの写真ばっかりだったでしょ」


「……そうでした」


 ほのかが、少し笑いながら頷いた。


 みおが、少し気まずそうな顔をした。


「慧くんは、修学旅行組が羨ましかったんじゃない?」


 ひなが、慧に聞いた。


「羨ましくないと言えば嘘になります」


「素直だな」


 太秦が言った。


「来年は俺たちの番なので、今年は我慢します」


 慧が、そう言って、少し笑った。


「その代わり、今日は好きなだけ麺を食べていいから」


 さやかが言った。


「それは楽しみです」


 慧が、目を輝かせた。


 七人は、そのまま最初の店へ向かって歩き出した。


 歩いている途中、グループLINEが動いた。


───────────────────────

ことね:さやかちゃん、誕生日おめでとう!

朔:おめでとうございます

さやか:ありがとうございます、二人とも

ことね:受験勢は不参加でごめんね

さやか:分かってます、気にしないで

朔:良い一年になりますように

さやか:ありがとう、朔先輩

ことね:麺、何軒回る予定?

さやか:三軒

ことね:さやかちゃんらしい

───────────────────────


 さやかが、その画面を見ながら、少し嬉しそうにしていた。


「受験組も、ちゃんと覚えててくれるんだ」


「毎年のことだからな」


 太秦が言った。



 一軒目は、老舗のラーメン店だった。


 濃厚な醤油スープの香りが、店に入った瞬間から漂っていた。


「ここ、さやかの一押し?」


 太秦が聞いた。


「一押しというか、定番。外さない」


 さやかが、自信を持って答えた。


「さやかは、いつもこうやって店を調べてるんですか」


 みおが聞いた。


「調べてるっていうか、気になったら行ってみる。それの繰り返し」


「行動力ですね」


「行動力っていうか、食い意地」


 さやかが、あっさり自己分析した。


 注文を終えると、慧とほのかが、メニュー表を眺めながら話していた。


「一年生の分際で、大盛り頼んでいいんでしょうか」


 慧が、少し遠慮がちに聞いた。


「今日は無礼講。好きなだけ頼んでいい」


 さやかが言った。


「では、大盛りで」


 慧が、迷わず頼んだ。


「切り替え早いね」


 ほのかが、呆れたように言った。


「ほのかさんは、何を頼むんですか」


 みおが聞いた。


「小盛りにしておきます。あとで二軒目、三軒目もあるので」


「賢明ですね」


「先輩たちを見て学びました」


 ほのかが、そう言って、メニューを閉じた。


 運ばれてきたラーメンを、みおが一口すすった。


「……え、美味しい」


 みおが、思わず声を漏らした。


「でしょ」


 さやかが、満足そうに頷いた。


 央は、その様子を見ながら、少しだけ気になった。

 みおの今の言葉には、いつもの「です」がなかった。


 でも、その場では、誰もそれに気づかないまま、食事が続いた。


「太秦先輩は、このペースで食べて大丈夫なんですか」


 ほのかが、太秦の食べる速さに驚いていた。


「早く食べたい主義」


「主義多いですね、太秦先輩」


「多い方が、人生選択肢が増える」


 太秦が、そう言って、レンゲでスープをすくった。


 央は、みおの隣で、静かに麺をすすっていた。


「美味しいですか」


 央が聞いた。


「はい。……先ほどは、少し取り乱しました」


 みおが、少し反省したように言った。


「取り乱すほどではなかったと思います」


「……そう言ってもらえると、助かります」


 みおが、小さく笑った。


「俺も、美味しいと思います」


 央が、素直に言った。


「央さんも、たまには敬語崩れませんか」


「……あまり、ないと思います」


「一度も?」


「……多分」


 央が、少し考えるように答えた。


 みおが、その様子を、興味深そうに見ていた。



 二軒目は、うどんの店だった。


 だしの効いたつゆに、コシの強い麺が絡んでいた。


「一軒目よりお腹に優しい気がする」


 太秦が言った。


「うどんは優しい食べ物だから」


 さやかが言った。


「俺、うどんも好き」


 慧が言った。


「うちの地元にも、うどん屋があって……」


「それは遠い」


 太秦が、すかさず止めた。


「まだ何も言ってません」


「地元のうどん屋の話、長くなるやつだろ」


「長くなるかもしれません」


 慧が、素直に認めた。


 ほのかが、その隣で笑っていた。


「けいくん、食事の話になると早口になるよね」


「早口になってない」


「なってる」


 ほのかが、きっぱり言った。


「ほのかさんは、二軒目でもう満腹じゃないですか」


 みおが聞いた。


「まだいけます。麺は別腹なので」


「その理論は、初めて聞きました」


「よく言われます」


 ほのかが、そう言って、うどんをすすった。


 ひなは、その様子を写真に収めていた。


「みんなの食べてる顔、いい表情揃い」


「それ、あとで見返すと恥ずかしいやつじゃない?」


 太秦が言った。


「恥ずかしくても記録は大事」


 ひなが、譲らなかった。


「ひなっちは、今日は写真部の仕事?」


 さやかが聞いた。


「半分趣味、半分仕事。境目はあいまい」


「それ、いつも言ってる」


「いつも本当だから」


 ひなが、そう言って、また一枚シャッターを切った。


 太秦が、うどんをすすりながら、ふと言った。


「そういえば、修学旅行のとき、ことね先輩の実家の話したよな」


「しましたね」


 央が答えた。


「今度、ことね先輩の実家、みんなで行けたら面白そうだな」


「気が早いですね」


「気が早いくらいがちょうどいい」


 太秦が、そう言って、少し笑った。


 みおが、その会話を、興味深そうに聞いていた。


「央さんの従姉妹の家、みんなで訪ねるんですか」


「まだ、具体的な話ではありません」


「でも、良い案だと思います」


 みおが、そう言って、小さく頷いた。



 三軒目は、つけ麺の店だった。


 濃厚な魚介豚骨のつけ汁に、みんなが少しずつ苦戦していた。


「これで三軒目か」


 太秦が、席に着きながら言った。


「まだ一軒残ってる。気合い入れて」


 さやかが言った。


「気合いで満腹感はごまかせないと思う」


「ごまかせる。今までも、そうやってきた」


 さやかが、断言した。


「これ、麺の量、多くない?」


 太秦が、額に汗を浮かべながら言った。


「大盛りにしたのは太秦くんでしょう」


 さやかが言った。


「頼んだときは、まだ余裕あると思ってた」


「一軒目の時点で?」


「その時は本当に余裕あった」


 太秦が、そう言いながらも、なんとか麺をすすり続けた。


「わたしも、少し苦戦しています」


 みおが、正直に言った。


「珍しいですね、みお先輩が音を上げるの」


 ほのかが言った。


「音を上げてはいません。苦戦しているだけです」


「それを音を上げてるって言うんじゃ」


 ほのかが、少し笑いながら言った。


 慧は、意外にも順調にペースを保っていた。


「慧くん、余裕そう」


 ひなが言った。


「育ち盛りなので」


「その理論、太秦くんも使ってた気がする」


「太秦先輩とは、育ち方が違います」


 慧が、真顔で言った。


「その言い方、喧嘩売ってないか」


 太秦が、少し不満そうに言った。


「売ってません。事実を言っただけです」


 慧が、あっさり返した。


「全部おいしかったけど、量的に限界」


 太秦が、最後の一口を飲み込んで、そう言った。


「足りないね」


 さやかが、あっさり返した。


「足りるわけない、この量で」


「もっと食べられると思ってた」


 さやかが、少し残念そうに言った。


 みおが、その掛け合いを見ながら、小さく笑った。


「……さやかって、麺のこと話すとき、すごく饒舌ですね」


 みおが言った。


「みお、今日初めて敬語じゃなかったね」


 さやかが、そう言って、少し目を丸くした。


「……いつのことですか」


「一軒目。ラーメン食べた瞬間」


「……覚えていません」


 みおが、少し赤くなりながら言った。


「美味しすぎると、素が出るタイプなんだね」


 さやかが、面白そうに言った。


「……そうかもしれません」


 みおが、正直に認めた。


 央は、その一連のやりとりを、少し離れたところで聞いていた。


(そういえば、さっき)


 央も、その瞬間に気づいていた。

 でも、あえて何も言わずにいた。

 みおの素の反応は、央にとっても、少し新鮮な発見だった。



 最後の店を出たあと、みんなで駅までの道を歩いた。


 太秦は、満腹すぎて、少し辛そうな顔をしていた。


「三軒、さすがに多かったか」


「多いとは言ってない。ちょうどいいと思ってる」


 さやかが言った。


「その感覚、ちょっと理解できない」


「理解できなくていい。毎年これでやってきたから」


 さやかが、堂々と言い切った。


 慧とほのかは、まだ元気に会話を続けていた。


「来年は自分たちの番だと思うと、ちょっと緊張しますね」


 ほのかが言った。


「緊張することじゃないと思う」


 慧が言った。


「でも、先輩たちみたいに、みんなを誘えるかどうか」


「誘えばいいだけだと思う」


「簡単に言うね」


 ほのかが、少し呆れたように言った。


「慧くんは、誘われたら絶対来るタイプだもんね」


 太秦が言った。


「もちろん来ます」


「誘う側になる自信は?」


「……それは、まだ分かりません」


 慧が、正直に答えた。


 ひなは、最後にみんなの集合写真を撮ろうと、通りすがりの店員に頼んでいた。


「はい、笑って」


 シャッターが切られた。


 七人が並んだ写真には、それぞれの満腹顔と、それでも楽しそうな表情が写っていた。


「ありがとう、来年も付き合って」


 さやかが、みんなに向かって言った。


「もちろんです」


 みおが、即答した。


 さやかが、その即答ぶりに、少し驚いて、それから笑った。


「今のは、敬語だったね」


「……はい」


 みおが、少し照れたように答えた。


「でも、即答だった。それだけで十分」


 さやかが、そう言って、満足そうに頷いた。


「来年も、絶対誘ってください」


 ほのかが言った。


「もちろん。慧くんも」


「はい、必ず」


 慧が、しっかりと頷いた。


 央は、その様子を見ながら、去年のことを、少しだけ思い出した。

 去年は、女子三人で自分はその輪にいなかった。

 今年は、七人になった。


(来年は、もっと増えているかもしれない)


 央は、そう思いながら、みんなの後を追って歩いた。


 冬の始まりの空気の中、七人分の足音が、駅までの道に響いていた。


 誰かの誕生日を、これだけの人数で祝えることは、当たり前ではなかった。

 でも、今日という日は、それが当たり前のように感じられる、そんな一日だった。


 駅に着くと、それぞれの帰る方向へ分かれていった。


「じゃあ、また来週」


 さやかが言った。


「うん、また」


 太秦が答えた。


「今日はごちそうさまでした」


 ほのかが、丁寧に頭を下げた。


「誘ってくれてありがとうございました」


 慧も、同じように頭を下げた。


「二人とも律儀だね」


 さやかが、少し笑いながら言った。


「先輩には礼儀正しくするようにしているので」


 慧が、そう言って、少し得意げな顔をした。


「その割に、たまに崩れるけどね」


 ほのかが、小さく突っ込んだ。


「崩れてない」


「崩れてる」


 二人のやりとりに、周りが小さく笑った。


 みおと央は、いつもの帰り道を、二人で歩き始めた。


「今日、楽しかったですね」


 みおが言った。


「はい」


「三軒とも、それぞれ違う美味しさでした」


「どれが一番でしたか」


「……選べません。全部、良かったので」


 みおが、少し困ったように言った。


「太秦の意見と同じですね」


「そうかもしれません」


 みおが、小さく笑った。


「……敬語が崩れたところ、忘れてください」


「忘れません」


「……意地悪ですね」


 みおが、少し不満そうに言った。


「良い意味で、忘れられないだけです」


 央が、そう答えた。


 みおは、それ以上何も言わず、少しだけ頬を緩めた。


 街灯が、少しずつ灯り始めていた。

 冬の始まりの空気は、少し冷たかったが、隣を歩く距離は、いつもより近い気がした。


 今日という一日も、また、二人の間に静かに積み重なっていった。


 来年の今頃、この人数はどうなっているだろうか。

 央は、そんなことをぼんやり考えながら、みおの隣を歩き続けた。


ご一読いただきありがとうございます。

ポイント、リアクションスタンプ、感想コメントなどいただけると、作者が小躍りして喜びます。

次回もよろしくお願いします。

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