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『隣の席の彼女は、今日も高すぎる』  作者: さかっち
~二年生~

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第九十三話 11月13日 新幹線と、はじめての京都


 修学旅行の朝は、まだ暗いうちに始まった。


 東京駅の新幹線ホームに、二年生全員が集まっていた。

 制服姿だったが、いつもの教室とは違う空気があった。


「眠い」


 太秦(うずまさ)が、あくびを噛み殺しながら言った。


「早起きしたのは自分の意志でしょう」


 さやかが、あきれた調子で返した。


「集合時間が早すぎるだけ」


「新幹線の時間に合わせてるだけだと思う」


 太秦が、それ以上反論しなかった。


 周りでは、他のクラスメイトたちも、眠そうな顔や、逆に妙に元気な顔で集まっていた。

 修学旅行という言葉には、教室では出ない種類の高揚感があるようだった。


「班長、点呼お願いします」


 担任の声が飛んだ。


 太秦が、面倒そうに手を挙げた。


「A班、揃ってます」


「太秦くん、班長だっけ」


 さやかが、少し意外そうに聞いた。


「くじ引きで決まった。不本意」


「不本意でも仕事はちゃんとして」


「してるだろ、今」


 太秦が、点呼票を担任に渡しながら言った。


 少し離れたところで、ひなが、大きく手を振っていた。


「いってらっしゃーい! お土産よろしく!」


「ひな、別クラスなのに見送りに来たの」


 太秦が聞いた。


「見送りたかったから来た。うちのクラスはもう一本後の出発」


「時差出発か」


「新幹線の本数、限られてるから」


 ひなが、あっさり説明した。


「奈良で合流する約束、忘れないでよ」


「忘れない」


 太秦が答えた。


 ひなが、満足そうに手を振って、改札の方へ戻っていった。



 班ごとの座席で、(おう)とみおは隣り合っていた。

 太秦とさやかも、同じ班で通路を挟んだ席だった。


 新幹線が動き出すと、車窓の景色が流れ始めた。


 最初のうちは、都市部の建物が続くだけだった。

 それでも、いつもの通学電車とは違う速度と、違う音がした。


「新幹線乗るの、久しぶり」


 太秦が言った。


「わたしは、祖父母の家へ帰省する時に何度か」


 みおが答えた。


「小さい頃のみおって、どんな感じだったの」


 さやかが聞いた。


「……今より、もう少し身長が低かったです」


 みおが、少し困ったように言った。


「みお、そっち側、富士山見える?」


 さやかが聞いた。


「まだ、見えていません」


 みおが、窓の外を見ながら答えた。


 しばらくして、車内アナウンスが入った。

 左手に富士山が見えるという案内だった。


 みおが、窓の方に顔を向けた。

 長身のみおが窓に寄ると、座席の傾きも相まって、少し窮屈そうだった。


「……見えましたか」


 央が聞いた。


「はい。……大きいですね」


 みおが、小さく答えた。


 雲ひとつない空に、白い頂を持つ山が、はっきりと浮かんでいた。


「教科書で見るのと、実物では、印象が違います」


「そうですね」


 央も、身を乗り出して外を見た。

 みおの肩越しに見る富士山は、確かに写真とは違う質感があった。


「央さんは、前にも見たことがありますか」


「新幹線からは、初めてです」


「……そうですか」


 みおが、少しだけ嬉しそうに言った。


 富士山は、しばらく窓の外に見え続けていた。

 列車の速度に合わせて、少しずつ角度を変えながら、遠ざかっていった。


「見えなくなりますね」


「はい。……でも、見えた分だけで、良かったです」


 みおが、そう言って、座席の背もたれに戻った。


 太秦が、通路の向こうから顔を出した。


「おうくん、葛城さん、そんなにくっついて見なくても、富士山逃げないよ」


「くっついてはいません」


 央が、静かに否定した。


「肩、触れてたけど」


「揺れていただけです」


 みおが、少し早口で答えた。


 さやかが、笑いを堪えながら見ていた。



 駅弁を選ぶ時間になると、太秦がカートの前で真剣な顔をしていた。


「幕の内にするか、牛肉弁当にするか」


「両方買えばいい」


「金銭感覚が心配になる発言だな、それ」


 さやかが言った。


「一回きりだから」


「毎回一回きりって言われそうな気がする」


 さやかが、呆れながらも自分の分を選んだ。


「さやかさんは、何にしたの」


 太秦が聞いた。


「季節限定の栗おこわ」


「渋いな」


「渋いんじゃなくて、季節限定に弱いだけ」


 さやかが、そう言って会計を済ませた。


 みおは、シンプルな鮭弁当を選んだ。


「量、それで足りますか」


 央が聞いた。


「足りると思いま……央さんの分、少し分けてもらえますか」


「いいですよ」


 央が、迷わず答えた。


「央さんは、何にしたんですか」


「唐揚げ弁当です」


「揚げ物、好きですよね」


「よく分かりましたね」


「今まで何度か見てきたので」


 みおが、静かに言った。


 その言葉に、太秦がまた何か言いかけて、やめた。

 二人だけの間で、いつの間にか積み重なっている観察の量に、周りが少しずつ気づき始めているようだった。


 弁当を食べ終えたころ、車内アナウンスが名古屋を過ぎたことを告げた。


「あと少しで京都だ」


 太秦が、窓の外を見ながら言った。


「楽しみですね」


 みおが答えた。


「みおは、修学旅行、初めてだっけ」


 さやかが聞いた。


「中学のときにも行きましたが、行き先が違いました」


「どこ行ったの」


「北海道でした」


「それはそれで楽しそう」


 さやかが言った。


「楽しかったです。……でも、今回はまた違う楽しさがある気がします」


 みおが、そう言って、少しだけ央の方を見た。


 央は、その視線に気づいたが、何も言わなかった。

 言わなくても、伝わっている気がした。



 京都駅に着くと、バスに乗り換えて最初の目的地へ向かった。

 金閣寺だった。


 バスの中でも、太秦とさやかの掛け合いは続いていた。


「京都って、修学旅行以外で来たことある?」


 太秦が聞いた。


「家族旅行で、一度」


 さやかが答えた。


「じゃあ、勝手知ったる感じ?」


「小学生のときの記憶、ほとんど残ってない」


「それは勝手知ったるとは言わないか」


 太秦が言った。


「次の目的地、金閣寺のあとは何だっけ」


 さやかが、しおりを見ながら聞いた。


「嵐山方面って書いてある。ひなちゃんのクラスは先にそっちだね」


 太秦が答えた。


「竹林、楽しみ」


「ひなちゃん、写真撮りすぎて班から遅れてそう」


「それは否定できない」


 さやかが、素直に頷いた。


 みおは、窓の外の街並みを見ていた。

 瓦屋根の家々が、東京とは違う密度で並んでいた。


「東京と、雰囲気が違いますね」


 みおが、央に言った。


「そうですね。屋根の色とか、道幅とか」


「観察していますね」


 みおが、少し笑いながら言った。

 いつか自分が央に言った言葉を、そのまま返された形だった。


「……みおほどではないと思います」


 央が、同じ言葉で返した。


 紅葉の時期にはまだ少し早かったが、木々の色づきは始まっていた。

 池に映る金色の建物を見て、ひとしきり歓声が上がった。


「思ったより、金ぴかですね」


 太秦が言った。


「金閣寺だから、当然じゃない」


 さやかが返した。


「もっと渋い色を想像してた」


「それは事前に調べてなかっただけだと思う」


 みおは、少し離れたところで、池の水面に映る建物を見ていた。


「……綺麗ですね」


 みおが、ぽつりと言った。


「はい」


 央が、隣で頷いた。


 風が吹くたびに、水面が揺れて、金色の輪郭が少しずつ崩れては、また戻った。

 それを、ふたりでしばらく眺めていた。


「写真、撮っておかないと」


 さやかが、スマホを構えた。


「ひなが見たら悔しがりそう」


 太秦が言った。


「送ってあげよう」


 さやかが、その場で数枚撮って、グループLINEに投稿した。


 しばらくすると、返信が届いた。


───────────────────────

さやか:金閣寺、こんな感じ

ひな:ずるい!あとで絶対行くから!

ひな:うちのクラスも午後には着くから、夜の集合には間に合う

ことね:京都楽しんできてください

ことね:修学旅行のお土産は八つ橋でお願いします

朔:無理にとは言いません

朔:でも八つ橋がいいです

太秦:結局欲しいんですね

朔:京都と言えば、ですから

───────────────────────


「朔先輩、素直じゃないですね」


 みおが、画面を見ながら言った。


「毎回このパターンだと思う」


 央が答えた。


 二人並んでスマホを見ている姿を、太秦がまた横目で見ていた。

 でも、今度は何も言わなかった。



 境内は、順路に沿って歩く形式だった。

 庭園の中を進みながら、みおが時々足を止めて、小さな石碑や案内板を読んでいた。


「歴史、興味あるんですか」


 央が聞いた。


「少しだけ。読むと、知らないことが多くて面白いです」


「読むの、速いですね」


「本を読んでいる内に、自然と」


 みおが、少し得意げに言った。


 順路の途中、細い階段の先に、小さな展望スペースがあった。

 そこから見る境内は、少し違った角度で金色の建物を映していた。


「あそこからだと、また違って見えますね」


 みおが言った。


「上ってみますか」


「はい」


 二人は、少し急な階段を上った。

 上りきったところで、みおが小さく息を整えていた。


「大丈夫ですか」


「大丈夫です。……階段、少し急でした」


 みおが、少し照れたように言った。


 展望スペースから見る金閣寺は、さっきよりも小さく、でも全体の形がよく分かった。

 周りの紅葉が始まりかけた木々が、金色の建物を柔らかく縁取っていた。


「来てよかったです」


 みおが、静かに言った。


「そうですね」


 央も、同じ景色を見ながら答えた。


 しばらく、二人で黙って景色を見ていた。

 太秦たちが下から呼ぶ声が聞こえるまで、その時間は続いた。


 階段を下りると、太秦とさやかが待っていた。


「遅い、二人とも」


 太秦が言った。


「景色を見ていました」


 央が答えた。


「景色って、下からも同じの見えてたけど」


「上から見ると、また違います」


 みおが、そう言って、少し得意げな顔をした。


「よく分からないけど、楽しそうで何より」


 さやかが、あっさりまとめた。


 次の集合場所へ向かう道すがら、みおが小さな声で言った。


「……また、二人で来られるといいですね」


「はい」


 央が、短く答えた。


 それだけのやりとりだったが、二人の間には、ちゃんと伝わるものがあった。



 夕方、旅館に到着した。


 木造の廊下と、畳の匂いがする建物だった。

 部屋割りは、事前に決められていた。

 央は太秦や他の男子と同じ部屋、みおはさやかたちと同じ部屋だった。


「今夜、枕投げとかするの?」


 太秦が、荷物を置きながら聞いた。


「しない。普通に寝る」


 同室の別のクラスメイトが答えた。


「一回くらいはやるものだと思ってた」


「それ、昔のドラマの影響だと思う」


 太秦が、布団の上に寝転がりながら、天井を見た。


「なあ、おうくん」


「何ですか」


 央が、荷物を整理しながら答えた。


「今日、楽しかった?」


「はい。楽しかったです」


「そっか」


 太秦が、それだけ言って、目を閉じた。


 何か続きがありそうな間だったが、続きは来なかった。

 央は、それ以上聞かなかった。

 太秦が何かに気づいていて、それをあえて言わずにいることは、これまでにも何度かあった。

 今回も、そのひとつのようだった。



 女子部屋の方でも、似たようなやりとりがあったらしいことを、央は後で知ることになる。

 みおが、荷物の整理をしながら、さやかに聞かれていた。


「みお、修学旅行、楽しんでる?」


「はい。……新幹線の中が、特に」


「富士山の話?」


「……分かりますか」


「分かる。あの時の顔、写真に撮っておけばよかった」


 さやかが、少し笑いながら言った。


「そんなに変な顔をしていましたか」


「変な顔じゃなくて、嬉しそうな顔。珍しいから撮りたかった」


「……珍しい、というのは心外です」


 みおが、少し口を尖らせた。


「珍しいのは悪いことじゃないと思う」


 さやかが、フォローになっていないフォローをした。


 みおは、それ以上何も言わず、荷物の中から寝間着を取り出した。


 京都の街並みが、夕暮れの中で少しずつ灯りをともし始めていた。

 いつもと違う場所で、いつもの仲間と過ごす夜だった。



(明日は、奈良)


 央は、荷物の整理をしながら、そう思った。

 三泊四日は、まだ始まったばかりだった。


 布団に入ってから、央は今日一日のことを、少しずつ思い返した。


 富士山を見上げるみおの横顔。

 金閣寺の展望スペースから見た、金色の建物。

 駅弁を分け合った、何気ないやりとり。


 どれも、特別なことではなかった。

 でも、いつもの教室とは違う場所で過ごしたからこそ、いつも以上に、はっきりと覚えていられる気がした。


(三日間、こんな感じなんだろうか)


 央は、少しだけそう思いながら、目を閉じた。


 太秦の寝息が、隣の布団から聞こえ始めていた。

 同室の他のクラスメイトたちも、ぽつぽつと会話をやめていった。


 窓の外では、京都の夜が、いつもとは違う静けさで更けていった。


ご一読いただきありがとうございます。

ポイント、リアクションスタンプ、感想コメントなどいただけると、作者が小躍りして喜びます。

次回もよろしくお願いします。

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