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『隣の席の彼女は、今日も高すぎる』  作者: さかっち
~二年生~

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第九十二話 11月11日 11と11と、それから


 修学旅行まで、あと二日だった。

 教室にも、少しだけ浮ついた空気が漂っていた。

 しおりの最終確認や、班分けの相談が、あちこちで交わされていた。


 でも、今日はそれとは別に、大事な日だった。


 ほのかの誕生日だった。


 朝のホームルームで、太秦(うずまさ)が思い出したように言った。


「今日、ほのかちゃんの誕生日だっけ」


「そう」


 さやかが、手帳を見ながら答えた。


「忘れないように書いてある」


「几帳面だな」


「誕生日を忘れる方が問題だと思う」


 さやかが、短く返した。


「今年で十六歳か」


 太秦が、少し考えるように言った。


「うちらと一個違いなだけなのに、なんか一年生って若く見える」


「太秦くんも一年生だったのは去年」


「分かってるけど、去年の自分と今のほのかちゃんを比べると、なんか違う気がする」


「気のせいだと思う」


 さやかが、あっさり切り捨てた。



 放課後、図書室に向かう前に、(おう)とみおは購買部に寄っていた。


「これ、どう思いますか」


 みおが、金属製のブックマーカーを手に取って見せた。


「良いと思います」


「派手すぎず、地味すぎず、というのが難しくて」


「ほのかさんの私服の系統を考えると、これくらいが合う気がします」


 央が言った。


「……観察していますね」


「みおほどではないと思います」


「それは、そうかもしれません」


 みおが、小さく笑った。


 ふたりは、そのブックマーカーを選んで、図書委員一同からの品として包んでもらった。



 放課後、図書室に集まったのは、いつもの図書委員の四人だった。


 央とみお、ほのかと(けい)


 カウンターの向こうから、宇陀(うだ)さんが小さな包みを取り出した。


「今日は返却が多いので、後で少しお願いします」


 宇陀さんが、まず業務の話をした。


「はい、大丈夫です」


 央が答えた。


 それから、宇陀さんが改まった様子で、包みを差し出した。


乙訓(おとくに)さん、お誕生日おめでとうございます」


 静かな声だった。

 包みを開けると、しおりが一枚入っていた。

 紙に、細い糸で押し花のようなものが挟まれていた。


「……これ、手作りですか」


 ほのかが聞いた。


「はい。図書室に持ち込まれた押し花の余りで作りました」


「素敵です。……ありがとうございます」


 ほのかが、しおりを両手で持って、少し見入っていた。


「大切に使います」


「使ってもらえると、作った甲斐があります」


 宇陀さんが、いつもの静かな調子で答えた。



 央とみおも、包みをひとつ用意していた。


「図書委員一同から、です」


 央が言った。


「一同って、四人しかいませんが」


 ほのかが、少し笑った。


「四人でも一同です」


 みおが、静かに答えた。


 包みの中身は、栞代わりに使える細いブックマーカーだった。

 金属製で、先端に小さな鳥の形がついていた。


「……かわいい」


 ほのかが、指先で触れながら言った。


「使ってもらえそうなものを選びました」


 央が言った。


「ありがとうございます、央先輩、みお先輩」


 ほのかが、深く頭を下げた。


 慧が、その隣で少し黙って見ていた。


「……けいくんは、何もないの」


 ほのかが、ふと聞いた。


「俺のは、あとで」


 慧が、短く答えた。


 ほのかは、それ以上聞かなかった。

 でも、少し気になる様子だった。


「今日、当番は何時までですか」


 みおが、宇陀さんに聞いた。


「今日は五時までで大丈夫です。修学旅行前で、返却が少し多いくらいです」


「分かりました」


 みおが、カウンターの返却本を並べ直しながら答えた。


 央が、書架の整理をしながら、ほのかの方を見た。


「十六歳、ですか」


「はい。今日から」


 ほのかが、少し照れたように答えた。


「実感、ありますか」


「……あんまりないです。誕生日って、毎年そんな感じな気がします」


「分かる気がします」


 央が、静かに頷いた。


 宇陀さんが、カウンターの奥から言った。


「乙訓さんは、来年もここで働いてくれますか」


「はい、続けます」


「それは、よかったです」


 宇陀さんが、いつもの静かな調子で言った。


「修学旅行、二日後ですね」


 みおが言った。


「そうですね。班の最終確認、今日中に済ませないといけません」


 央が答えた。


「央先輩とみお先輩は、同じ班なんですか」


 ほのかが聞いた。


「はい」


 みおが、短く答えた。


「いいですね」


 ほのかが、少し羨ましそうに言った。


「一年生は、来年ですね」


 慧が言った。


「来年、楽しみにしてる」


 ほのかが答えた。


 慧が、少しだけ嬉しそうな顔をした。


「一年生の分の企画も、もう考えてるんですか」


 みおが聞いた。


「まだですが、今年の先輩たちを見てるので、なんとなくイメージはあります」


 ほのかが答えた。


「イメージがあるだけでも、十分な準備だと思います」


 央が言った。



 図書室を出たあと、廊下で太秦とさやかとひなに会った。


「ほのかちゃん、誕生日おめでとう」


 さやかが言った。


「ありがとうございます、さやか先輩」


「今年で十六歳かあ」


 さやかが、しみじみと言った。


「早いですね、時間経つの」


 太秦が続けた。


「なんか、うちらも年取ったね」


 ひなが、遠い目をして言った。


「ひな先輩たちは、まだ十六、七です」


「そうだけど、なんか気持ちの上で」


 ひなが、うまく言えない様子で言葉を濁した。


「文化祭とハロウィンで、ちょっと大人になった気がしてるだけじゃない?」


 太秦が言った。


「それはあるかも」


 ひなが、素直に頷いた。


「はい、これ、みんなから」


 さやかが、小さな紙袋を差し出した。


 中身は、個包装のクッキーの詰め合わせだった。


「……ありがとうございます」


 ほのかが、袋を受け取って、少し照れた様子で言った。


「本当は、もっと何か考えようとしたんだけど」


 さやかが言った。


「クッキーの詰め合わせに落ち着いた」


 太秦が続けた。


「無難、っていうのが悪いことだとは思わない」


 さやかが、きっぱりと言った。


「食べやすいのが一番。うちも普段からそう思ってる」


 ひなが、頷いた。


「来年は何あげるか、今から考えとく」


「気が早い」


 さやかが言った。


「早いくらいがちょうどいい」


 ひなが、自信満々に返した。


「慧くんは、まだ渡してないの」


 ひなが、慧に聞いた。


「あとで、です」


 慧が、同じ答えを繰り返した。


「あとでって、いつ」


「帰り道」


 慧が、そう言うと、それ以上何も言わなかった。


 太秦とさやかが、顔を見合わせた。


「……なんか、今日は雰囲気違うな」


 太秦が、小さく言った。


「かもね」


 さやかが、短く答えた。


 その時、ひなのスマホが鳴った。

 グループLINEだった。


───────────────────────

ことね:ほのかちゃん、誕生日おめでとう!

朔:おめでとうございます

朔:良い一年になりますように

ほのか:ありがとうございます!

ことね:慧くんからは何かあった?

慧:まだこれからです

ことね:もったいぶってる?

慧:ぶっていません

───────────────────────


 太秦が、画面を見ながら笑った。


「慧くん、いつも通り過ぎる」


「いつも通りが一番いいと思う」


 さやかが、そう言った。



 夕方、慧とほのかは、いつも通り同じ方向へ帰った。

 幼稚園のときから続いている習慣だった。


 商店街の途中で、慧が立ち止まった。


「これ」


 小さな箱を、ほのかに差し出した。


「……何」


「開けてみて」


 ほのかが、包み紙を開けた。


 中から出てきたのは、一冊のノートだった。

 表紙は落ち着いた紺色で、革のような質感だった。


「……これ」


 ほのかが、それを見て少し止まった。


「前に、文具屋で見て欲しいって言ってたやつ」


「……覚えてたの」


「当然」


 慧が、あっさりと言った。


 ほのかは、そのノートを何度も見た。

 半年以上前に、通りすがりの文具屋でちらっと言っただけのことだった。

 自分でも忘れかけていたことだった。


「……けいくんって、なんでそういうところだけ気が利くの」


「そういうところだけって何」


「肝心なところは鈍いのに、こういうところだけ妙に覚えてる」


「褒めてる?」


「褒めてない。でも、悪い気はしない」


 慧が、少し笑った。


「気に入った?」


「気に入った。ありがとう」


 ほのかが、ノートを大事そうに鞄にしまった。


「大事に使う」


「使い倒していいと思う。もったいながって使わないの、ほのからしくない」


「……よく分かってる」


 ほのかが、少し笑った。


 慧は、それを見て、少し安心したような顔をした。

 安心した顔を、自分では気づいていない様子だった。


(喜んでもらえた)


 慧は、それだけで十分だった。

 半年前、文具屋の前で「これ、いいな」とほのかがぽつりと言ったのを、そのまま覚えていただけだった。

 特別なことをしたつもりはなかった。

 ただ、覚えていたことを、形にしただけだった。


「毎年、プレゼント選ぶの、大変じゃない?」


 ほのかが聞いた。


「大変じゃない。ほのかの好きなものは、大体分かる」


「それ、自信満々に言うことじゃないと思う」


「自信あるから言った」


 慧が、あっさりと返した。


 ほのかが、少し呆れたように笑った。



 商店街を抜けて、住宅街に入った。


 街灯が、ぽつぽつと灯り始めていた。


「毎年、何かくれるよね、けいくん」


 ほのかが言った。


「幼馴染だから」


「それだけ?」


「それだけじゃ、ダメ?」


 慧が、少し考えて聞き返した。


「……ダメじゃないけど」


 ほのかが、言葉を濁した。


 しばらく、無言で歩いた。

 落ち葉が、足元でかさかさと音を立てた。


「……ねえ」


 ほのかが、ふと聞いた。


「けいくんって、いつから名前で呼んでたっけ」


 慧が、少し考えた。


「……小学校一年のときから」


 短く、答えた。


 ほのかは、少し止まった。


(小学校一年)


 その言葉を、頭の中で繰り返した。

 十年近く前のことだった。

 それからずっと、名前で呼び続けてきた。

 当たり前すぎて、意識したことがなかった。


(ずっと、一緒にいる)


 ほのかは、その事実の重さに、初めて気づいた気がした。

 当たり前だと思っていたことが、実はそれほど当たり前ではないのかもしれなかった。


「……どうしたの」


 慧が、隣で聞いた。


「……何でもない」


 ほのかが、短く答えた。


「変な顔してる」


「してない」


「してた」


 慧が、それ以上は聞かなかった。


 慧の方も、実は少し前から、同じようなことを考えていた。

 ほのかを「ほのか」と呼ぶことに、疑問を持ったことは一度もなかった。

 でも、最近、その当たり前のことを、当たり前のまま置いておくのが、少しだけ落ち着かなくなっていた。


(それが何かは、まだ分からない)


 慧は、その落ち着かなさを、うまく言葉にできずにいた。

 だから、いつも通りの態度で、いつも通りに隣を歩くしかなかった。


 ふたりは、また並んで歩いた。

 いつもと同じ帰り道だった。

 でも、ほのかの中で、何かが少しだけ違って見えていた。


(いつから、名前で呼んでいたのか)


 その問いに、答えはすぐに出た。

 でも、答えが出たことで、かえって何かが分からなくなった気がした。


 慧が、隣を歩きながら、ノートの入った鞄を見た。


「気に入ってもらえてよかった」


「……うん」


 ほのかが、短く答えた。


 それ以上は、何も言わなかった。

 言葉にできることと、できないことの境目が、今日は少しだけ曖昧だった。


 住宅街の角で、いつも通り別れた。


「じゃあね」


「うん、また明日」


 慧が、先に歩き出した。

 ほのかは、その後ろ姿をしばらく見ていた。


 鞄の中のノートが、少し重く感じられた。

 もらったものの重さではなく、別の重さだった。


 それが何かは、まだ分からなかった。

 でも、分からないまま、ほのかは家路についた。



 その夜、央は帰宅後にグループLINEを開いた。


 ひなが、今日撮った写真を数枚投稿していた。

 しおりを受け取るほのか、クッキーの袋を持つほのか、それぞれの表情が違っていた。


(一年生も、もう十六か)


 央は、少しだけそう思った。


 一年前、自分たちが一年生だったころを思い出した。

 まだ何も分かっていなかった時期だった。

 今の慧とほのかも、同じような時期を歩いている気がした。


 みおから、短いLINEが届いた。


───────────────────────

みお:今日のほのかさん、いつもと少し違う顔をしていました

───────────────────────


 央は、その一文を、少しの間見ていた。


───────────────────────

央:そうかもしれません

みお:慧くんは、気づいていないかもしれません

央:それも、そうかもしれません

───────────────────────


 それだけ返して、スマホを置いた。


 誰かの一年が、今日また少し進んだ。

 それだけの、静かな夜だった。


 窓の外は、もうすっかり暗くなっていた。

 二日後には、修学旅行が始まる。

 その前に、こういう小さな一日があったことを、央は覚えておこうと思った。


ご一読いただきありがとうございます。

ポイント、リアクションスタンプ、感想コメントなどいただけると、作者が小躍りして喜びます。

次回もよろしくお願いします。

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