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『隣の席の彼女は、今日も高すぎる』  作者: さかっち
~二年生~

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第九十話 10月30日 文化祭、午後と閉幕


 文化祭2日目は、午前中で縁日コーナーの担当を終えた。


 午後は自由行動だった。


 みおが、「他のクラスの出し物を見て回りたいです」と言いだした。

 (おう)は、「一緒に行きます」と答えた。

 自然に、ふたりで動くことになった。


 廊下に出ると、昨日と同じ喧騒があった。

 でも、今日は「持ち場がある」という感覚がなかった。

 ただ、文化祭の中を歩いていた。


「去年と同じ廊下ですね」


 みおが、歩きながら言った。


「そうですね」


「でも、去年と全然違う感じがします」


「何が違いますか」


 みおが、少し考えた。


「……去年は、ここを歩くとき、少し緊張していました。今年は、していません」


「俺も、去年は少し背中がこわばっていた気がします」


「それは、文化祭だからですか」


「それもあります。それだけじゃない気もします」


 みおが、正面を向いたまま言った。


「……それだけじゃない部分は、なんですか」


「去年の今頃、まだみおと話すのが緊張する場面があったので」


 みおが、少し止まった。


「……そうですか」


「今は、ありません」


「……わたしも、そうです」


 みおが、それだけ言って歩き続けた。

 でも、少しだけ歩幅が広くなった気がした。


 廊下の向こうから、知らないクラスの出し物のにおいが流れてきた。

 焼き菓子か何かだった。


「……良い匂いですね」


「そうですね。どこかのクラスが何か焼いてるんだと思います」


「行きますか」


「行きましょう」


 ふたりで、においのする方に歩いた。

 出し物は、クッキーを販売しているクラスだった。

 みおが一枚買った。


「……美味しいですね」


「良かった」


「央さんも食べますか」


「もらいます」


 みおが、クッキーを差し出した。

 央が受け取った。


 廊下で、並んでクッキーを食べた。

 去年の文化祭では、こういう時間がなかった。

 当日のことで手一杯で、廊下でこうして食べ歩く余裕がなかった。


(今年は、余裕がある)


 央は、そのことを少し確かめた。

 余裕があるのは、みおが言っていた「ちゃんと見えている状態」に近い気がした。



 2年生のフロアをひとまわりした後、少し上の階に上がった。


 3年生の教室が並ぶ廊下だった。


「ここ、去年も来ましたよね」


 みおが言った。


「……来ましたね」


「去年の文化祭で、ここに喫茶コーナーがあって、ことねさんがいて、一緒に食べました」


 央は、その場所を見た。


 去年のことを、正確に覚えていた。

 ことね先輩のクラスがやっていた出し物が、ちょうどこのあたりにあった。

 みおと並んで、テーブルについた。

 その時の景色を、まだ持っていた。


「覚えています」


「あそこのテーブルでしたよね」


「そうです」


 みおが、その場所を少し見た。


「今年は別の出し物になっていますね」


「そうですね」


「でも、場所は変わらない」


 みおが、静かに言った。


 央は、みおの横顔を少し見た。


(みおは、場所で覚えている)


 何かが起きた場所を、みおは正確に持っている。

 それは、央と同じだった。


「去年、ここで飲み物をもらったとき、みおはどんな気持ちでしたか」


 みおが、少し間を置いた。


「……まだ、よく分からなかったです」


「何が、ですか」


「央さんのことが、です」


 央は、その言葉を少し聞いた。


「……今は分かりますか」


「……少しは」


「俺も、去年は分かっていませんでした」


「今は?」


「今は、少しより多いと思います」


 みおが、央の方を少し見た。

 それから、また正面を向いた。


「……そうですね」


 何かを受け取ったような、静かな声だった。



 階段を下りたところで、太秦(うずまさ)とさやかとひなの三人とすれ違った。


 太秦が、何かを手に持っていた。


「なんですか、それ」


 央が聞いた。


「焼き鳥」


「文化祭の出し物で?」


「そう。3年生のどこかのクラスがやってた。なんかもう焼き鳥にするしかなかったらしい」


「……なんかもう、というのは」


「材料を買いすぎたとかなんとか。聞き流してた」


 さやかが、太秦の隣で言った。


「それ、あたしが持ってたメモに載ってない店だよ」


「えっ、メモに載ってない?」


「今日来るまで知らなかった。3年生の教室の中だから下調べできなかった」


「じゃあ仕方ないじゃないですか」


「仕方ないから許す。でも次回以降は、事前に教えてもらえる仕組みが必要だと思う」


 太秦が、少し笑った。


「次回って、来年の文化祭ですか」


「そう」


「……さやかさん、来年の準備もう始まってる?」


「始まってない。ただ改善点を記録してるだけ」


「それを改善点として挙げるところが、始まってると思う」


 さやかが、少し考えた。


「……そうかもしれない」


 ひなが、三人の横でカメラを向けていた。


「それ、さやかにも一本やりなよ」


「え、俺の焼き鳥を?」


「うん。ふたりで食べてるとこ撮りたい」


「さやかさん、食べますか」


「……もらう」


 さやかが、一本受け取った。

 ひながシャッターを押した。


「いいじゃん。ふたりとも表情が硬い」


「急に言われても」


「いいんだよ、硬い方が自然でいい。慣れた顔より、ちょっと困ってる顔の方が後から見て笑える」


 ひなが、また一枚撮った。

 太秦が「ひなちゃんの撮影方針、独特だな」と言った。

 さやかが「でも間違ってないと思う」と短く返した。


「みおと央も撮っていい?」


 ひなが、こちらに向けて聞いた。


「どうぞ」


 央が言うと、ひなが素早くシャッターを押した。


「みお、今ちょうど良い顔してた」


「……どんな顔ですか」


「なんとも言えない顔。でも今日の文化祭の感じがしてた」


 みおが、少し首をかしげた。


「……なんとも言えない、というのは、評価として良いのですか」


「良い。写真で一番面白いのは、表情が決まりすぎてない顔だから」


「……分かりました」


「分かったって、どう分かったの」


「説明できませんが、言っていることが伝わった気がします」


 ひなが、少し笑った。


「今日のこれ、絶対グループLINEに入れる」


「全部ですか」


「全部じゃないけど、これは確実に入れる」


 ひなが「じゃあ行くね」と言って、また歩き出した。

 太秦とさやかがそれを追った。


 みおが、ひなの後ろ姿をしばらく見ていた。


「……ひなは、いつも記録してますね」


「そうですね」


「大事なことだと思います」


「……そうですね」


 みおが、少しだけ笑った。

 何が面白かったわけではなかった。

 でも、それで十分だった。



 夕方になった。


 閉幕のアナウンスが、校内放送で流れた。


 (けい)とほのかが、自分たちのクラスの後片付けを終えて校舎から出てきたのは、日が傾いてからだった。


 校庭に出ると、西の空がオレンジになっていた。


「終わったな」


 慧が、少し空を見上げて言った。


「終わったね」


 ほのかが答えた。


 しばらく、ふたりで空を見ていた。


「楽しかった」


「楽しかったね。お疲れ」


「ほのかも」


 慧が、校庭の端まで少し歩いた。

 ほのかが、その隣を歩いた。


「来年もこんな感じかな」


 慧が言った。


 ほのかは、少し止まった。


「……うん」


 短く答えた。


(来年も、こんな感じ)


 慧が言ったそれを、ほのかは少し考えた。

 「来年もこんな感じ」というのは、来年もふたりで一緒にいる、ということだった。

 当たり前のことだった。

 当たり前のことを、慧はただ言っていた。


(当たり前なんだろうか)


 ほのかは、考えた。

 当たり前として言える慧と、当たり前として受け取れなかった自分の間に、何かがあった。

 それが何かは、よく分からなかった。


 ことね先輩が「来年は観に来る側」と言っていた、と、今日の午後に聞いた。

 3年生にとっての来年は、ここにはいない。

 でも、1年生にとっての来年は、まだここにある。


(あたしたちは、まだここにいる)


 それは、幸運なことなのかもしれなかった。

 でも、ほのかがさっき止まったのは、そういう理由ではない気がした。


「来年の文化祭では、バスケやってみたい」


 慧が、また言った。


「……体育祭じゃなくて?」


「クラスの出し物でもバスケ的なものがやりたい」


「バスケ的なもの、ってなに」


「ゴールを置いて、入れるやつ」


「それ、縁日にある」


「縁日にある?」


「あるよ。輪投げとかシュート系のゲームとか」


「じゃあ来年の文化祭で提案する」


「まだ一年後だけどね」


「でも覚えておく」


 ほのかが、少し笑った。


「けいくんって、こういうことは覚えてるんだね」


「好きなことは覚える」


「……そう」


 慧は、ほのかの方を見た。


「ほのかが笑った」


「笑ってないよ」


「笑った」


「……笑ったとしても、理由はない」


 慧も、それ以上は聞かなかった。


(来年も、こんな感じ)


 ほのかは、もう一度その言葉を反芻した。

 来年も、けいくんと一緒にいる。

 それは決まっていることで、不安に思うことは何もなかった。


 なのに、なぜ少し止まったのか。


 答えは出なかった。

 でも、その問いだけが、夕暮れの校庭に静かに残った。



 閉幕セレモニーは、体育館で行われた。


 実行委員の挨拶と、各賞の発表があった。

 2年A組の縁日コーナーは、特別賞をもらった。


「来年の準備ができた」


 さやかが、賞状を受け取りながら言った。


「来年の?」


「今年の評価が記録に残る。来年の参考にできる」


 太秦が「一歩先を行ってる」と言った。


 ことねと朔は、3年生席にいた。


「終わったね」


 ことねが、朔に言った。


 朔が、静かに頷いた。


「……来年は観に来る側ですね」


「そうやね」


 ことねが、少し前を向いた。


「なんか、不思議な気がする。来年のことが、もう見えてる感じがして」


「見えていますか」


「見えてる気がする。朔くんと一緒に観に来て、央とかに挨拶して、また食べ歩いて」


 朔が、少しの間を置いた。


「……それは、いい来年ですね」


「そうやろ」


 ことねが、小さく笑った。


「楽しみにしています」


「うん。あたしも」


 少し間があった。


 ことねが、体育館の前方を見ながら言った。


「……今年の文化祭、去年より楽しかった。朔くんが言ってた理由、少し分かってきた気がする」


「分かりましたか」


「うん。でも、言葉にするの難しい」


「言葉にしなくていいと思います」


「なんで」


「分かったなら、それで十分です」


 ことねが、朔の方を見た。


「朔くんって、たまに変なこと言う」


「変ではないと思いますが」


「変やって。普通は言葉にしてほしいって言うじゃん」


「言葉にしないと伝わらないことは言葉にするべきです。でも、分かっているなら言葉にしなくていい」


 ことねが、少し考えた。


「……分かった、って思ってること、朔くんに伝わってる?」


「はい」


「……なんで分かるの」


「分かります」


 朔が、それ以上言わなかった。

 ことねが、また前を向いた。


「……朔くん、大学でも変わらなそう」


「変わらないとは言い切れませんが、大きくは変わらないと思います」


「……それは、いいことやと思う」


 体育館の照明が、閉幕の空気の中に落ちていた。

 3年生の最後の文化祭が、静かに終わっていた。



 帰り道に、ひながグループLINEに投稿した。


───────────────────────

ひな:文化祭写真集、選定中

ひな:200枚から厳選します

ひな:多分50枚くらいになる

太秦:50枚でも多い

ひな:少ないくらい

みお:……楽しみにしています

ひな:みお待っててね

さやか:楽しみにしてる

ひな:さやかも!!

───────────────────────


 央は、そのやりとりを帰りの電車の中で見ていた。


 みおが「楽しみにしています」と言った。

 さやかも「楽しみにしてる」と言った。

 どちらも、留保のない言葉だった。


 みおがLINEで短く返事をするようになったのは、いつごろからだろうと、央は思った。

 最初のうちは、既読スルーか一言返信だった。

 今は、「……楽しみにしています」と言う。


(こういうことも、気づいたら変わっていた)


 今日の文化祭のことを、後から写真で見直せる。

 今日のみおの横顔は、ひなが撮っていた。

 自分が見ていた角度とは、少し違うはずだった。


(それも見てみたい)


 そう思いながら、電車が動き出した。

 文化祭が終わった夜の車内は、どこか静かだった。


 窓の外に、夜の街が流れていった。

 今日起きたことは、今日しかなかった。

 でも、ひなが撮った写真の中に残っている。

 みおが覚えている。

 央も、覚えていた。


 来年の文化祭は、まだ一年先だった。

 それまでの日々が、また少しずつ積み重なっていく。

 そういう積み重ねが、いつか答えになるのかもしれなかった。

 今日の続きが、また明日にもつながる。


ご一読いただきありがとうございます。

ポイント、リアクションスタンプ、感想コメントなどいただけると、作者が小躍りして喜びます。

次回もよろしくお願いします。

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