第七十三話 8月16日 7人の、行き先
八月中旬、グループLINEが珍しく賑わっていた。
行き先を決める話だった。
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ひな:どこ行く?? もう夏休み後半戦だよ
太秦:外で動けて、うまいもの食えるところがいい
さやか:麺が食べられる場所の近くがいい
ひな:映え写真撮れるところがいい! 絶対!
ことね:あたしはどこでもいいよ、みんなで動けたら
朔:……静かな場所がいいですが、皆さんに合わせます
みお:……目立たないところがいいです
みお:人が少なくて
みお:絶叫系は苦手です
央:みんなが楽しければいいです
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太秦が画面を見ながら、少し笑った。
「全員、好き放題言ってんな」
誰もいない自分の部屋でそう言っても、誰にも届かなかったが、太秦はそれで構わなかった。
太秦が打ち込んだ。
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太秦:これ全部叶える場所、あるか?
ひな:難易度高くない?
ことね:暗くて涼しくて、映えて、外っぽくて、麺もある場所……
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しばらく沈黙が続いた。
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ことね:水族館は?
ひな:!!
ひな:いいかも! 暗いし涼しいし、水槽映えする!
太秦:歩けるし、広いとこなら結構動ける
さやか:水族館の近くって、わりとラーメン激戦区多いよね
みお:……人、多くないですか
ひな:暗いところ多いから、目立ちにくいよ多分
みお:……それなら
央 :いいと思います
ことね:完璧やん!
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太秦が「決まったな」と打ち込んだ。
すぐに、ひなから「日程決めて!」と返ってきた。
「俺じゃん」
太秦が呟いた。
いつものことだった。
太秦が日程候補をいくつか出して、すぐに全員の予定が揃った。
当日、駅前に集まったのは、午前十時だった。
央が一番早く着いていた。
次にみおが来た。
「……おはようございます」
「おはようございます」
みおが少し、央の方を見た。
先日の訪問のことを、ふたりとも少し意識していたが、特に話題にはしなかった。
話題にしなくても、空気が少し変わっていることは、互いに分かっていた。
太秦が来て、さやかが来て、ひなが来て、最後にことねと朔が一緒に来た。
「ごめん、待った?」
ことねが言った。
「全然です」
太秦が答えた。
七人が揃って、駅から水族館行きのバスに乗った。
バスの中で、ひなが言った。
「今日、何枚撮るか決めてないんだけど」
「決めなくていいでしょ」
さやかが返した。
「いや、決めないと無限に撮っちゃうから」
「それは別に、いいことだと思う」
さやかが言うと、ひなが少し笑った。
太秦は車窓を見ていた。
「水族館、いつ来たか覚えてないくらい久しぶりだわ」
「小学校の遠足とか?」
ことねが聞いた。
「もっと前。家族で来たくらい」
太秦がそう言って、少し懐かしそうな顔をした。
みおは、隣に座った央と、特に何も話さず、窓の外をぼんやり見ていた。
話さなくても、気まずさはなかった。
それ自体が、少し前までとは違う空気だった。
水族館は、思った以上に広かった。
入口を抜けると、すぐに大きな水槽があった。
光が水を通して、壁にも床にも揺れていた。
「すごい」
ことねが声を上げた。
「最初からこれかぁ」
太秦も、少し見上げていた。
入口付近で、小さな子供がみおの方を見上げていた。
「おねえちゃん、どのくらい高いの?」
みおが少し、止まった。
周りのみんなも、少し見守った。
「……たくさんです」
みおが静かに答えた。
子供がそれで満足したように、母親の手を引いて去っていった。
「たくさんです、って……」
さやかが少し笑いを噛んだ。
「……他に、言葉が出てきませんでした」
みおが少し、頬を染めた。
央がその様子を見て、少しだけ口元を動かした。
動かしたが、何も言わなかった。
館内を進んでいくと、徐々に照明が落ちていった。
深海エリアに入ると、ほとんど暗闇に近かった。
水槽の光だけが、ぼんやりと辺りを照らしていた。
みおが、その暗さの中で、少し肩の力を抜いた。
(……ここは)
明るい場所では、自分の身長がどうしても目に入る。
視線が集まる。
でも、ここでは違った。
暗さの中で、誰の輪郭も曖昧になっていた。
みおの大きさも、その曖昧さの中に、自然に紛れていた。
「……ここ、好きです」
みおが、隣にいた央に、小さく言った。
「……分かります」
央が答えた。
それ以上は、何も言わなかった。
言わなくても、伝わっていることがあった。
大きな回遊水槽の前で、ひなが「撮るよ!」と声をかけた。
「みんな寄って」
七人が、水槽を背景に並んだ。
「……みおさーん、もう少し真ん中寄ってくださーい」
「……でも」
「大丈夫、隠れません」
みおが言われた通りに、少し真ん中に寄った。
ひなが画面を確認して、少し唸った。
「……勢多くん、見えなくなった」
「いえ、いますよ」
央が、みおの背中側からひょこっと顔を出した。
「あ、本当だ。じゃあ太秦くんもう少し右」
「右ってどっち」
「画面の右」
「分かりにくい」
太秦がぶつぶつ言いながら移動した。
ひなが構図を確認しながら、何度か位置を調整した。
みおの身長のせいで、どの並び方にしても、誰かの頭が隠れてしまう。
ひなはそれを、何度目かの試行で、ようやく綺麗に収めた。
「撮れた!」
ひなが画面を見せた。
七人全員が、ちゃんと写っていた。
みおも、自然な笑顔で写っていた。
「……いい写真です」
みおが言った。
「でしょ」
ひなが満足げに頷いた。
別のエリアで、太秦が解説パネルを熱心に読んでいた。
「これ、面白くないですか」
太秦が朔に声をかけた。
「何がですか?」
「この魚、深海だと圧力やばすぎて、引き上げると形変わるらしい」
朔がパネルを見た。
「……確かに、興味深いですね」
「でしょ?」
太秦が嬉しそうに、別のパネルに移った。
朔も、思った以上に丁寧にパネルを読み始めた。
二人で次のパネルに移ると、深海生物の発光の仕組みについての解説があった。
「光るのって、求愛か威嚇か、どっちかなんだって」
太秦が言った。
「……人間も、似たようなところがあるかもしれません」
朔が、ぼそっと言った。
太秦が少し、朔の方を見た。
「……比叡先輩、鋭いこと言いますね」
「……そうですか」
「うん。ことね先輩が言ってた。『朔くんはたまにいいこと言う』って」
朔が少し、目を伏せた。
「……波多野さんは、よく見ている人だと思います」
太秦が頷いた。
頷きながら、少し別のことを考えていた。
自分も、誰かにそう言われることがあるのだろうか、と。
考えても、はっきりした答えは出なかった。
ふたりがそうしている間に、他の五人は少し先に進んでいた。
「あの二人、こういうの好きそう」
さやかが、少し後ろから見て言った。
「太秦くんって、わりと真面目に勉強する人だよね」
ひなが言った。
「本人は否定すると思う」
さやかが笑った。
しばらく進むと、自然と人の流れが分かれていった。
ことねと朔は、解説パネルのコーナーで合流して、そのままふたりでゆっくり歩くペースになっていた。
「朔くん、結構詳しいやん」
「……たまたま、興味のある分野でした」
「謙遜しないの」
ことねが少し、朔の肩を叩いた。
朔が少し、止まった。
止まったことに、ことねは気づかなかった。
気づかなくて、よかった。
央とみおは、クラゲのエリアで足を止めていた。
ゆっくり漂うクラゲの動きを、ふたりとも少し見ていた。
「楽しいですか」
央が聞いた。
「……はい」
みおが答えた。
少し考えてから、続けた。
「……ここは、好きかもしれないです」
央が少し、頷いた。
「……俺も、好きです」
ふたりとも、それ以上は何も言わなかった。
クラゲがゆっくり動く水槽の前で、しばらく、そのままだった。
太秦が遠くから、ふたりの様子を一瞬見た。
何も言わずに、視線を逸らした。
察した、というほどでもない。
ただ、そういう時間を邪魔しない方がいいと思った。
昼前、館内のカフェで休憩することになった。
「お腹空いた」
太秦が言った。
「水族館出たら、ラーメン行く?」
さやかが聞いた。
「行く」
太秦が即答した。
「私も行きたい」
ことねが言った。
「ひなは?」
「映え重視で店選んでいい?」
「それは別の店行こうよ」
さやかが笑った。
みおが、少し控えめに言った。
「……わたしも、ラーメン、好きです」
「お、みおも行く?」
さやかが少し驚いた顔をした。
「……いいですか」
「もちろん」
央が「俺も」と続けた。
朔が少し考えて、「ご一緒します」と言った。
午後、館内の最後のエリアで、ひなが写真フォルダを見返していた。
今日撮った写真の中に、クラゲの水槽の前で立つ、央とみおの後ろ姿があった。
ひなが意図して撮ったわけではなく、別の写真を撮ったときに、たまたま端に入っていたものだった。
ひなはその写真を、少し見た。
(……これも、いい写真だな)
投稿するかどうかは、まだ決めていなかった。
決めなくてもいい気がした。
決めなくても、ひなの中には、ちゃんと残っていた。
水族館を出て、七人は予定どおりラーメン屋に向かった。
水族館の近くのラーメン屋は、昼時で少し並んでいた。
待っている間、太秦が店の前のメニュー看板を見て「全部頼みたい」と言った。
「全部は無理でしょ」
さやかが笑った。
「気持ちはそうだろ」
太秦が返した。
順番が来て、七人は並んで座れる席に案内された。
長いカウンターのような席で、ちょうど七人がぎりぎり収まる広さだった。
みおが、自分の椅子の位置を少し気にしていた。
「……わたし、端の方がいいかもしれません」
「いや、真ん中でいいでしょ」
ひなが軽く言った。
「みおが端にいると、また写真撮るとき困るし」
「……写真の都合ですか」
みおが苦笑した。
央が、みおの隣の席に座った。
特に誰かが指示したわけではなかったが、自然にそうなった。
ラーメンが運ばれてくると、それぞれが食べ始めた。
「うまい」
太秦が、麺を飲み込みながら言った。
「ここ、当たりだね」
さやかが満足げに頷いた。
みおが、丁寧にラーメンを食べていた。
大きな身体に対して、所作はいつも丁寧だった。
央はそれを、特に指摘せず、ただ見ていた。
食べ終わって、店を出るころには、午後の日差しがさらに強くなっていた。
館内の涼しさの余韻で、外に出てもまだそれほど暑さを感じなかった。
「今日、楽しかったね」
ことねが言った。
「うん」
さやかが頷いた。
みおが、少し後ろから、その会話を聞いていた。
(……楽しかった)
目立たない場所を選んでもらえて、暗いエリアで気が楽になって、
最後にはラーメンまで一緒に行くことになって。
全部が、自然な流れだった。
誰かが無理をした感じが、どこにもなかった。
央が、みおの少し後ろを歩いていた。
歩幅を、自然にみおに合わせていた。
その歩幅の合わせ方に、みおはまだ気づいていなかった。
気づいていなくても、それで十分だった。
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