表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『隣の席の彼女は、今日も高すぎる』  作者: さかっち
~二年生~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
73/91

第七十三話 8月16日 7人の、行き先


 八月中旬、グループLINEが珍しく賑わっていた。


 行き先を決める話だった。


───────────────────────

ひな:どこ行く?? もう夏休み後半戦だよ

太秦(うずまさ):外で動けて、うまいもの食えるところがいい

さやか:麺が食べられる場所の近くがいい

ひな:映え写真撮れるところがいい! 絶対!

ことね:あたしはどこでもいいよ、みんなで動けたら

(さく):……静かな場所がいいですが、皆さんに合わせます

みお:……目立たないところがいいです

みお:人が少なくて

みお:絶叫系は苦手です

(おう):みんなが楽しければいいです

───────────────────────


 太秦が画面を見ながら、少し笑った。


「全員、好き放題言ってんな」


 誰もいない自分の部屋でそう言っても、誰にも届かなかったが、太秦はそれで構わなかった。


 太秦が打ち込んだ。


───────────────────────

太秦:これ全部叶える場所、あるか?

ひな:難易度高くない?

ことね:暗くて涼しくて、映えて、外っぽくて、麺もある場所……

───────────────────────


 しばらく沈黙が続いた。


───────────────────────

ことね:水族館は?

ひな:!!

ひな:いいかも! 暗いし涼しいし、水槽映えする!

太秦:歩けるし、広いとこなら結構動ける

さやか:水族館の近くって、わりとラーメン激戦区多いよね

みお:……人、多くないですか

ひな:暗いところ多いから、目立ちにくいよ多分

みお:……それなら

央 :いいと思います

ことね:完璧やん!

───────────────────────


 太秦が「決まったな」と打ち込んだ。

 すぐに、ひなから「日程決めて!」と返ってきた。


「俺じゃん」


 太秦が呟いた。

 いつものことだった。

 太秦が日程候補をいくつか出して、すぐに全員の予定が揃った。



 当日、駅前に集まったのは、午前十時だった。


 央が一番早く着いていた。

 次にみおが来た。


「……おはようございます」


「おはようございます」


 みおが少し、央の方を見た。

 先日の訪問のことを、ふたりとも少し意識していたが、特に話題にはしなかった。

 話題にしなくても、空気が少し変わっていることは、互いに分かっていた。


 太秦が来て、さやかが来て、ひなが来て、最後にことねと朔が一緒に来た。


「ごめん、待った?」


 ことねが言った。


「全然です」


 太秦が答えた。


 七人が揃って、駅から水族館行きのバスに乗った。


 バスの中で、ひなが言った。


「今日、何枚撮るか決めてないんだけど」


「決めなくていいでしょ」


 さやかが返した。


「いや、決めないと無限に撮っちゃうから」


「それは別に、いいことだと思う」


 さやかが言うと、ひなが少し笑った。


 太秦は車窓を見ていた。


「水族館、いつ来たか覚えてないくらい久しぶりだわ」


「小学校の遠足とか?」


 ことねが聞いた。


「もっと前。家族で来たくらい」


 太秦がそう言って、少し懐かしそうな顔をした。


 みおは、隣に座った央と、特に何も話さず、窓の外をぼんやり見ていた。

 話さなくても、気まずさはなかった。

 それ自体が、少し前までとは違う空気だった。



 水族館は、思った以上に広かった。


 入口を抜けると、すぐに大きな水槽があった。

 光が水を通して、壁にも床にも揺れていた。


「すごい」


 ことねが声を上げた。


「最初からこれかぁ」


 太秦も、少し見上げていた。


 入口付近で、小さな子供がみおの方を見上げていた。


「おねえちゃん、どのくらい高いの?」


 みおが少し、止まった。

 周りのみんなも、少し見守った。


「……たくさんです」


 みおが静かに答えた。


 子供がそれで満足したように、母親の手を引いて去っていった。


「たくさんです、って……」


 さやかが少し笑いを噛んだ。


「……他に、言葉が出てきませんでした」


 みおが少し、頬を染めた。

 央がその様子を見て、少しだけ口元を動かした。

 動かしたが、何も言わなかった。



 館内を進んでいくと、徐々に照明が落ちていった。


 深海エリアに入ると、ほとんど暗闇に近かった。

 水槽の光だけが、ぼんやりと辺りを照らしていた。


 みおが、その暗さの中で、少し肩の力を抜いた。


(……ここは)


 明るい場所では、自分の身長がどうしても目に入る。

 視線が集まる。

 でも、ここでは違った。

 暗さの中で、誰の輪郭も曖昧になっていた。

 みおの大きさも、その曖昧さの中に、自然に紛れていた。


「……ここ、好きです」


 みおが、隣にいた央に、小さく言った。


「……分かります」


 央が答えた。

 それ以上は、何も言わなかった。

 言わなくても、伝わっていることがあった。



 大きな回遊水槽の前で、ひなが「撮るよ!」と声をかけた。


「みんな寄って」


 七人が、水槽を背景に並んだ。


「……みおさーん、もう少し真ん中寄ってくださーい」


「……でも」


「大丈夫、隠れません」


 みおが言われた通りに、少し真ん中に寄った。


 ひなが画面を確認して、少し唸った。


「……勢多(せた)くん、見えなくなった」


「いえ、いますよ」


 央が、みおの背中側からひょこっと顔を出した。


「あ、本当だ。じゃあ太秦くんもう少し右」


「右ってどっち」


「画面の右」


「分かりにくい」


 太秦がぶつぶつ言いながら移動した。


 ひなが構図を確認しながら、何度か位置を調整した。

 みおの身長のせいで、どの並び方にしても、誰かの頭が隠れてしまう。

 ひなはそれを、何度目かの試行で、ようやく綺麗に収めた。


「撮れた!」


 ひなが画面を見せた。

 七人全員が、ちゃんと写っていた。

 みおも、自然な笑顔で写っていた。


「……いい写真です」


 みおが言った。


「でしょ」


 ひなが満足げに頷いた。



 別のエリアで、太秦が解説パネルを熱心に読んでいた。


「これ、面白くないですか」


 太秦が朔に声をかけた。


「何がですか?」


「この魚、深海だと圧力やばすぎて、引き上げると形変わるらしい」


 朔がパネルを見た。


「……確かに、興味深いですね」


「でしょ?」


 太秦が嬉しそうに、別のパネルに移った。

 朔も、思った以上に丁寧にパネルを読み始めた。


 二人で次のパネルに移ると、深海生物の発光の仕組みについての解説があった。


「光るのって、求愛か威嚇か、どっちかなんだって」


 太秦が言った。


「……人間も、似たようなところがあるかもしれません」


 朔が、ぼそっと言った。


 太秦が少し、朔の方を見た。


「……比叡(ひえい)先輩、鋭いこと言いますね」


「……そうですか」


「うん。ことね先輩が言ってた。『朔くんはたまにいいこと言う』って」


 朔が少し、目を伏せた。


「……波多野(はたの)さんは、よく見ている人だと思います」


 太秦が頷いた。

 頷きながら、少し別のことを考えていた。

 自分も、誰かにそう言われることがあるのだろうか、と。

 考えても、はっきりした答えは出なかった。


 ふたりがそうしている間に、他の五人は少し先に進んでいた。


「あの二人、こういうの好きそう」


 さやかが、少し後ろから見て言った。


「太秦くんって、わりと真面目に勉強する人だよね」


 ひなが言った。


「本人は否定すると思う」


 さやかが笑った。



 しばらく進むと、自然と人の流れが分かれていった。


 ことねと朔は、解説パネルのコーナーで合流して、そのままふたりでゆっくり歩くペースになっていた。


「朔くん、結構詳しいやん」


「……たまたま、興味のある分野でした」


「謙遜しないの」


 ことねが少し、朔の肩を叩いた。

 朔が少し、止まった。

 止まったことに、ことねは気づかなかった。

 気づかなくて、よかった。



 央とみおは、クラゲのエリアで足を止めていた。


 ゆっくり漂うクラゲの動きを、ふたりとも少し見ていた。


「楽しいですか」


 央が聞いた。


「……はい」


 みおが答えた。

 少し考えてから、続けた。


「……ここは、好きかもしれないです」


 央が少し、頷いた。


「……俺も、好きです」


 ふたりとも、それ以上は何も言わなかった。

 クラゲがゆっくり動く水槽の前で、しばらく、そのままだった。


 太秦が遠くから、ふたりの様子を一瞬見た。

 何も言わずに、視線を逸らした。

 察した、というほどでもない。

 ただ、そういう時間を邪魔しない方がいいと思った。



 昼前、館内のカフェで休憩することになった。


「お腹空いた」


 太秦が言った。


「水族館出たら、ラーメン行く?」


 さやかが聞いた。


「行く」


 太秦が即答した。


「私も行きたい」


 ことねが言った。


「ひなは?」


「映え重視で店選んでいい?」


「それは別の店行こうよ」


 さやかが笑った。


 みおが、少し控えめに言った。


「……わたしも、ラーメン、好きです」


「お、みおも行く?」


 さやかが少し驚いた顔をした。


「……いいですか」


「もちろん」


 央が「俺も」と続けた。


 朔が少し考えて、「ご一緒します」と言った。


 午後、館内の最後のエリアで、ひなが写真フォルダを見返していた。


 今日撮った写真の中に、クラゲの水槽の前で立つ、央とみおの後ろ姿があった。

 ひなが意図して撮ったわけではなく、別の写真を撮ったときに、たまたま端に入っていたものだった。


 ひなはその写真を、少し見た。


(……これも、いい写真だな)


 投稿するかどうかは、まだ決めていなかった。

 決めなくてもいい気がした。

 決めなくても、ひなの中には、ちゃんと残っていた。



 水族館を出て、七人は予定どおりラーメン屋に向かった。


 水族館の近くのラーメン屋は、昼時で少し並んでいた。


 待っている間、太秦が店の前のメニュー看板を見て「全部頼みたい」と言った。


「全部は無理でしょ」


 さやかが笑った。


「気持ちはそうだろ」


 太秦が返した。


 順番が来て、七人は並んで座れる席に案内された。

 長いカウンターのような席で、ちょうど七人がぎりぎり収まる広さだった。


 みおが、自分の椅子の位置を少し気にしていた。


「……わたし、端の方がいいかもしれません」


「いや、真ん中でいいでしょ」


 ひなが軽く言った。


「みおが端にいると、また写真撮るとき困るし」


「……写真の都合ですか」


 みおが苦笑した。


 央が、みおの隣の席に座った。

 特に誰かが指示したわけではなかったが、自然にそうなった。


 ラーメンが運ばれてくると、それぞれが食べ始めた。


「うまい」


 太秦が、麺を飲み込みながら言った。


「ここ、当たりだね」


 さやかが満足げに頷いた。


 みおが、丁寧にラーメンを食べていた。

 大きな身体に対して、所作はいつも丁寧だった。

 央はそれを、特に指摘せず、ただ見ていた。


 食べ終わって、店を出るころには、午後の日差しがさらに強くなっていた。


 館内の涼しさの余韻で、外に出てもまだそれほど暑さを感じなかった。



「今日、楽しかったね」


 ことねが言った。


「うん」


 さやかが頷いた。


 みおが、少し後ろから、その会話を聞いていた。


(……楽しかった)


 目立たない場所を選んでもらえて、暗いエリアで気が楽になって、

 最後にはラーメンまで一緒に行くことになって。


 全部が、自然な流れだった。

 誰かが無理をした感じが、どこにもなかった。


 央が、みおの少し後ろを歩いていた。

 歩幅を、自然にみおに合わせていた。


 その歩幅の合わせ方に、みおはまだ気づいていなかった。

 気づいていなくても、それで十分だった。


ご一読いただきありがとうございます。

ポイント、リアクションスタンプ、感想コメントなどいただけると、作者が小躍りして喜びます。

次回もよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ