表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『隣の席の彼女は、今日も高すぎる』  作者: さかっち
~二年生~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
55/63

第五十五話 4月17日 5センチの秘密


 健康診断は、4月の第三週の木曜日だった。


 朝のホームルームで笠置(かさぎ)先生から「今日は健康診断なので体育着を持ってきた人は更衣室で準備を」と連絡がきた。


「去年もこのくらいの時期だったっけ」


「そうだったね」


 太秦(うずまさ)の問いに、さやかが答える。


 みおは静かに机の中を確認した。

 問題はなかった。


(……今年も、来る)


 養護教諭との交渉が、今年も来る。

 去年は「特別に198cmで記録してください」とお願いして、少し考えてから「……分かりました」と言ってくれた。

 その養護教諭が今年も担当かどうかは、まだ分からなかった。


 廊下に出たとき、太秦が隣に来た。


「なあ、今年って身長変わった人いると思う?」


「……どうでしょう」


葛城(かつらぎ)さんはどう?」


「……どうでしょう」


「どうでしょうって二回言った」


「……どうでしょう」


「三回になった」


 みおが前を向いた。

 太秦が「まあいいか」と言った。


 (おう)が廊下の少し前を歩いていた。

 みおは数歩分の距離を保ちながら、その後ろを歩いた。


(……去年は隣の席だったが、今年は斜め前だ)


 席が変わっても、廊下を歩く順番が変わるわけではなかった。

 ただ、いつもと同じように、前を歩いている。



 健康診断は体育館の横の特別教室を使って行われた。


 視力・聴力・身体測定・問診の四ブースが並んでいた。

 クラスごとに順番に回っていく形式だった。


 みおは身体測定のブースに来たとき、少し立ち止まった。


 担当の養護教諭が、去年と別の人だった。


(……また説明する)


 と思った。

 覚悟を決めた。


 自分の番になった。

 みおが計測台に乗った。

 養護教諭が計測器を操作した。


 数値が出た。


 養護教諭が少し、固まった。


 みおが静かに口を開いた。


「……あの」


「え、あ、はい」


「……198cmで記録していただけますか」


 養護教諭が数値と、みおの顔を、交互に見た。


「……え?」


「毎年お願いしているんですが、今年は先生が変わってしまって」


「毎年……?」


「……去年の先生にご確認いただければ」


 養護教諭がしばらく止まった。

 クリップボードと数値と、みおの顔を三往復した。


「……その、理由を聞いてもいいですか」


「……身長のことを、あまり知られたくないんです。できれば198cmで通したいと思っています」


「……198cmでも、十分……」


「はい、おっしゃる通りです。それでもお願いしたいんです」


 養護教諭がもう一度、数値を確認した。

 みおは静かに待っていた。


 少し経って、養護教諭が「……今年限りで考えさせてください」と言った。


「……よろしくお願いします」


 みおが言った。

 静かに頭を下げた。


 養護教諭が数値を198と記録した。

 みおが「ありがとうございます」と言って、次のブースに移った。


(……215cm)


 去年より5cm増えていた。

 昨年は210cmだったのが、今年で215cmになった。

 成長期が続いている。


(……いつまで伸びるんだろう)


 と思ったが、答えは出なかった。



 身体測定のブースを、央は去年と同じような感覚で終わらせた。


 186cm。


 去年が185cmだったので、1cmほど伸びていた。

 大きな変化ではなかった。


(……みおは、今年どれくらいか)


 と思った。

 そのことは聞けなかった。

 みおが、身長の数値を隠していることは、なんとなく分かっていた。

 詳細は聞いていないが、そういうことだろうという察しはある。


 聞かないでいる方がいい、というより、みおが話したいときに話せばいい、と思っていた。


 次のブースに向かった。



 一通り終わって、教室に戻る廊下を歩いていたとき、見覚えのある後ろ姿があった。


 背の高い男子生徒だった。央より目線ひとつ分、高い。

 先日、図書室に来た子だ。


 1年生の健康診断が、2年生とほぼ同じ時間帯に行われていたらしかった。


 男子生徒が振り返った。

 央に気づいた。


「あ、先輩!」


 声が廊下に響いた。

 元気な声だった。


「おはよう。……委員会については決まりましたか」


「申込書、今週中に持っていくって言ったので。……あ、今日持ってきてるんですよ」


「……そうですか」


「放課後でいいですか」


「……待ってます」


 男子生徒が少し笑った。

 歯を見せる笑みだった。


 そのとき、男子生徒の後ろからもうひとり近付いてきた。

 図書室で一緒だった女子生徒だ。

 小柄ではないが、ふたり並ぶと頭ひとつ分以上の差がある。

 女子生徒は央に気づいて、きちんと頭を下げた。


「先輩、ですよね。先日、図書室に伺ったときの」


「そうです。ええと……」


「あ、乙訓(おとくに)です。乙訓ほのか。甲乙の乙に、訓読みの訓で」


「……おとくにさん、ですか。勢多(せた)央です。勢いに多いで、せたと読みます」


 ほのかが少し、嬉しそうに笑った。


「よかった。けいくんの名前の方が難しいですよね、はなてんって」


 ほら、とほのかが横にいる男子生徒を肘で小突く。


「あ、すいません。俺、放出慧(はなてん けい)です。放出で、はなてん」


「……どちらも、すぐには読めないですね」


「ですよね!」


 ほのかが言った。

 元気のよさは、ふたりで共通するようなところがあった。


 そのとき、廊下の向こうから足音がした。


 みおが歩いてきた。


 慧が、みおを見た。


 一瞬、止まった。


 止まり方が、少し特徴的だった。

 驚きというより、圧倒されるような止まり方だった。


「……先輩ですか」


 慧が聞いた。

 声が少し、普段より低くなった。


「……2年生です。葛城みおといいます」


 みおが静かに言った。


「あ……、よろしくお願いします。放出です、放出慧」


「……放出さん、ですね。図書委員に入ると聞いています」


「はい! 来てよかったと思います。なんていうか、いい雰囲気だったので」


「それはよかったです」


 ほのかがみおを見上げた。


「……先輩、身長、どれくらいですか」


 ほのかが聞いた。


「ほのか」


 慧が小声で言った。


「え、だってびっくりして。ごめんなさい、失礼でした」


「……よくある質問なので」


 みおが静かに言った。


「198cmと言っていますが、実際はもう少しあるかもしれないです」


「もう少し、というのは」


「……よく分からないんです、自分でも」


 ほのかが「そっか」と言った。

 それ以上は聞かなかった。


(……「もう少し」か)


 央は少し、みおを見た。

 「もう少し」という言い方を選んだことに、何かが含まれている気がした。



 2年A組の教室に戻ったとき、太秦が央の席に来た。


「おうくん、今年も185?」


「……186だった」


「1cm伸びたじゃん」


「そうだな」


「俺も1cm伸びてたわ。171になってた」


「よかったな」


「よかったよかった」


 太秦が腰を下ろした。

 少し間があってから、太秦がふと窓の方を見た。


 窓際の最後列で、みおが本を出して読んでいた。

 教室の中で、ひときわ目立つ位置にいる。


(……おうくん、昔、背の高い女の人が好きって言ってたよな)


 声には出なかった。

 出す気もなかった。


(……あのとき小学生だったけど、本人まだ覚えてるかな)


 太秦がまた央を見た。

 央はノートを開いていた。


(……まあ、覚えてるだろうな)


 それだけだった。

 それだけで十分だと思った。



 放課後、慧が図書室に申込書を持ってきた。


 ほのかも一緒だった。


「持ってきました」


「ありがとうございます」


 央が受け取った。

 宇陀(うだ)さんが確認した。


「ふたりとも、これで正式に委員になります。次回の委員会で詳しい説明をしますね」


「はい!」


「よろしくお願いします」


 慧が部屋を見回した。

 ほのかも本棚を眺めた。


「……先生、この棚の並び方、ジャンルごとですか」


 ほのかが宇陀さんに聞いた。


「はい。あと背の高さ順で並べているコーナーもあります」


「整理されてますね」


「委員の人たちが毎年きちんとやってくれているので」


 ほのかが本を一冊取り出した。

 表紙を見た。

 また棚に戻した。


「……さっきみた、葛城先輩ってここの委員ですか」


「そうです」


「なんか、先輩なのに初めて見る感じがしなかった。……入学前の説明会のとき、来ていましたか」


 宇陀さんが少し考えた。


「それは覚えていませんが、もしかしたら」


 慧が「俺は覚えてる」と言った。


「廊下で一回見た気がする。でも顔は見えなかった」


 央が少し、止まった。


「……入試のときか」


「そうっす。廊下歩いてたときに、なんか長い手足が通り過ぎた気がして」


 ほのかが「背中しか見てないのに覚えてるの」と言った。

 慧が「なんか印象に残ったんだよ」と言った。


(……あのとき図書室の外の廊下で見えたふたりが、そのとき廊下でみおの後ろ姿を見ていたことになる)


 央はそういう計算を少し頭でやって、少し可笑しいような気持ちになった。


「……そうか。それは、縁があるんだな」


 慧が「縁ですかね」と言いながら笑った。



 慧とほのかが帰った後、図書室は静かになった。


 宇陀さんが書き物をしていた。

 央が本棚の整理を少し続けた。


 ふと、宇陀さんのデスクに目が行った。

 紙が一枚、置いてあった。

 前に見たことのある、縦書きの、細かい字の。


「……あの話は、続いていますか」


 央が聞いた。


 宇陀さんが顔を上げた。


「少しずつ」


「……そうですか」


「書けているような、書けていないような。でも止めてはいないです」


「そうですか」


「……読んでいただく段階になったら言います」


「……待ちます」


 宇陀さんが少し、目を細めた。

 それだけだった。


 央が棚の整理を続けた。

 外が夕方の色になっていた。



 図書室を出て廊下を歩いていると、みおがいた。


 教室の方から来るところだった。

 今日は図書室に来ていなかったが、ちょうど帰り道が重なった。


「……今日も図書室でしたか」


「整理と、宇陀さんと話していました」


「宇陀さん、元気でしたか」


「元気でした。書き物をしていました」


「……あの、物語の」


「続いているそうです」


「……そうですか」


 ふたりで廊下を歩いた。

 窓から夕方の光が斜めに差していた。


 しばらく歩いて、みおが少し足を止めた。


「央さん」


「……なんですか」


「……今年の身長、聞きますか」


 央が少し、みおを見た。


「……聞いていいなら」


 みおが少し間を置いた。


 窓の外で、風が一度吹いた。

 4月の光が廊下を照らした。


「……やっぱり、まだ少し待ってください」


 みおが静かに言った。


「……分かりました」


 央が頷く。

 それだけだった。


 ふたりはまた歩き出した。

 廊下が、夕方の色に染まっていた。


 待つ、ということは、みおが言う日が来るということだ。

 央はそう思った。

 急かす気持ちは、なかった。


 もう少し先に、何かある。

 それだけが、今日のことだった。



 校門を出る少し前に、ひなが走ってきた。


 A組の廊下の前で待っていたらしかった。


「来ちゃった」


「……来ると思ってた」


 さやかが言った。


「ほんと?」


「うん。別に待ってていいよって言えばよかったか」


「いや来ちゃったから」


 みおが「……よかったです、来てくれて」と言った。

 ひなが「みお、それ嬉しい」と笑う。


 五人で校門に向かって歩き出した。


 太秦が「別クラスになっても一緒に帰るじゃん」と言った。


 「当然じゃん」


 ひなが胸を張って応える。

 さやかも頷きで返す。


 「うん、当然」


 「……当然です」


 「……そうですね」


 みおと央も口々に同意した。


 4月の空が、少し赤くなっていた。

 健康診断の日が、静かに終わろうとしていた。


 帰り道の途中で、スマホが振動した。

 ことねからだった。


───────────────────────

ことね:ねえ聞いて

ことね:(さく)くんが春休みのうちに

ことね:うちが大学受かったとして通いやすい路線の喫茶店

ことね:もう3件リストアップしてたんやけど

ことね:どういうこと

ことね:ありがとうはあるけど

ことね:どういうこと

───────────────────────


 央がそれを読んだ。

 隣でみおが画面を見た。


「……どういうこと、の後に何も言えていないんですね」


「……言えないだろうな」


「ことね先輩らしいですね」


「でも、ありがとうは言っている」


「そうですね」


 みおが少し、唇を動かした。


「……朔さんは準備する人ですから」


「……そうだな」


 央がことねに返した。


───────────────────────

央  :朔さんらしいな

───────────────────────


───────────────────────

ことね:そうなんだよ!!

ことね:らしいんだけど

ことね:でもそっか

ことね:らしいんだ

ことね:うん

ことね:頑張ろ

───────────────────────


 央が「頑張ろ」という三文字を読んだ。


(……ことねちゃんが「頑張ろ」と言った)


 思えば、ことねが「頑張ろ」と言うのを聞いたのは、あまりなかった気がした。

 大抵は「頑張ってね」と言う人だった。


 3年生になったんだ、と思った。


「……ことね先輩が『頑張ろ』、ですか」


「みおも気になりましたか」


 央がみおを見た。


「なんか、らしくないなとは思いましたが」


「……わたしは、らしいと思いました」


「……そうですか」


「ことねさんは、大切なことは自分に向かって言う人です。励ますのが他の人だとすれば、頑張るのは自分ですから」


 央が少し止まった。


「……よく見ていますね」


「一年間、見てきたので」


 みおが前を向いた。

 央も前を向いた。


 4月の夕方が、少し深くなっていた。

 健康診断の日が終わって、明日からまた普通の日が始まる。

 みおは「少し待ってください」と言った。


 待てる、と思った。

 いつでも。


ご一読いただきありがとうございます。

ポイント、リアクションスタンプ、感想コメントなどいただけると、作者が小躍りして喜びます。

次回もよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ