第四十九話 3月1日 学年で、一番あとに
さやかがひなの誕生日の「希望をリサーチした」のは、2月の中旬のことだった。
「何がしたいか聞いておいた」と、みおにだけLINEで連絡が来た。
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さやか:ひなっちに聞いたら「映えるカフェで撮れ高多めで祝いたい」って
さやか:すごく具体的だった
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みお :……リクエストが具体的ですね
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さやか:えらいよね、言えるの
さやか:当日になって「なんでもいい」とか言うタイプじゃないのがひなっちらしい
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みお :そう思います
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さやか:男子も誘う?
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みおは少し考えた。
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みお :……ひなに聞いてみます
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ひなに聞いたら「全員で来てほしい! 撮れ高が増える!」という返事だった。
みおはそれをさやかに転送した。
さやかが「えらい」とだけ返した。
3月1日の昼過ぎ、駅の改札前に集まった。
ひな・さやか・みおが先に来ていた。
太秦と央が少し遅れて来た。
「遅い!」
ひなが言った。
「ごめん、電車一本逃した」
太秦が言った。
「おうくんは?」
「……改札で太秦と会いました」
「じゃあ太秦くんが遅かったんじゃん」
「そう」
太秦が素直に認めた。
さやかが「正直か」と言った。
ひなが全員を確認した。
「よし、揃った。あ、まずはお誕生日おめでとうを言ってほしいんですけどー」
一瞬間があった。
「おめでとう」「おめでとうございます」「おめでとう!」「……おめでとうございます」が重なった。
ひなが「ありがとう!!!!」と言った。
満足そうだった。
「行こ! 今日のカフェ、ガチでよかったら後でシェアするから楽しみにしといて」
ひなが先頭を歩き始めた。
全員がその後に続いた。
カフェは駅から歩いて八分ほどのところにあった。
古いビルの三階だった。
エレベーターを使わず階段で上がると、扉の前にドライフラワーが飾ってあった。
中に入ると、天井が高かった。
窓が大きく、午後の光が斜めに入っていた。
テーブルが少なく、席と席の間が広かった。
「よくない?!」
ひなが言った。
「いいね」
さやかが素直に言った。
「照明が拡散してる。写真向きっぽい」
太秦が少し上を見た。
「……静かですね」
みおが言った。
央が少し頷いた。
席に着いた。
6人掛けのテーブルだった。
ひなが「ここ、窓側がいい」と言って窓際の席を確保した。
メニューを見た。
「パンケーキがある」
ひなが言った。
「ひなっちはパンケーキ?」
「当然。あとドリンクはバタフライピーのやつ。色が変わるから映える」
「映えで選んでる」
「誕生日なんだから映えでいいんだよ」
さやかが「そうだね」と言った。
「葛城さんは何にしますか」
太秦が聞いた。
「……ガトーショコラがありますね」
「甘いもの好きなんですね」
「あんこ系が特に好きですが、チョコも」
「そっちは意外」
「……そうですか」
「なんか意外」
さやかが首を傾げる。
「なんで意外なの」
「なんとなく渋いものが好きそうで」
「なんでよ」
みおが少し首を傾けた。
「……印象で言われることが多いです。でも甘いものは好きです」
「なんで渋いもの好きそうに見えるんだろうな」
「……分かりません」
「落ち着いてるからじゃない」
さやかが言った。
「でも落ち着いてる人が甘いもの好きじゃいけない理由はないよな」
「そうだよ、太秦くん」
みおが少し、口の端を動かした。
央が隣でメニューを見ていた。
みおの方を一瞬見た。
みおが少し表情を動かしているのを確認した。
(……そういう顔もする)
と思った。
思いながら、珈琲のページを探した。
ドリンクに珈琲が二種類あった。
どちらもブレンドだった。
豆の種類は書いていなかった。
「……セットのドリンクにします」
「どっちの珈琲?」
ひなが聞いた。
「……深煎りの方を」
「渋いな~」
「渋いですか」
「渋いでしょ! ほら、やっぱり渋い!」
太秦が笑った。
みおが「……そういう意味の渋いとは違います」とさやかに確認した。
さやかが「おんなじだよ」と応えた。
みおが「そうですか」と言った。
注文が来た。
ひなのパンケーキが運ばれてきた瞬間、スマホが構えられた。
「待って、まだ食べないで。全員分一緒に撮っていい?」
「どうぞ」
さやかが促した。
太秦が「なんか体を動かしてほしいとか言う?」と聞いた。
ひなが「今はいい、料理の写真から」と言った。
テーブル全体を斜め上から撮る写真が数枚撮られた。
「よし! 食べて!」
ひなの許可が出た。
全員が動いた。
みおがガトーショコラを一口食べた。
少し目を細めた。
「おいしいです」
「葛城さん、今ちょっと表情変わった」
太秦が言った。
「……そうですか」
「珍しい」
「そんなことないです」
「あるって」
さやかが「甘いもの食べてるときは変わるよね」と言った。
みおが「……そうですか」と繰り返した。
「うちはみおが笑うとこ撮りたいんだよな」
「……撮らないでください」
「なんで?」
「……その条件で来た覚えはないです」
ひなが「えー」と言いながらもスマホを下ろした。
「じゃあ集合写真なら?」
「……みんなで、なら」
「やった。あとで撮ってもらおう」
ひなが満足そうに頷いた。
そのままパンケーキを一口食べて「おいしい!」と言った。
しばらく話しながら食べた。
太秦が「3月になったな」と言った。
さやかが「来週から学年末テストだけど」と言った。
太秦が「言うな」と言った。
「クラス替えって4月?」
ひなが聞いた。
「そうだよ。始業式の後に発表」
「憂鬱~」
「変わる前提で心配してるの?」
「だってバラバラになっちゃうかもしれないじゃん。うち、今のメンツが好きだから」
さやかが少し考えた。
「まあ、変わってもそんなに変わらないと思うけどね」
「変わるかもよ」
「みんなバラバラになっても結局会うじゃん、こういう日に」
ひなが少し間を置いた。
「……そうかもね」
「今日がそれじゃん、まさに」
「確かに」
太秦が頷く。
「俺はクラス替えで全員バラバラになっても昼飯は一緒に食いたいタイプです」
さやかが苦笑を浮かべる。
「それはランチ目的じゃん」
「友情と食欲は別で共存できます」
「分かった、分かった」
みおはそのやりとりを聞いていた。
央の方を少し見た。
央はドリンクを持って、窓の外を少し見ていた。
3月の午後の光が、窓から斜めに入っていた。
(……来年は)
と、みおは少し考えた。
考えかけて、止めた。
今日は、ひなの誕生日だった。
先のことは、また別のときでいい。
食事が終わって、集合写真を撮った。
ひながカフェのスタッフに声をかけた。
5人が並んだ。
「ちゃんと全員映ってほしいんですが」
ひなが丁寧に頼んだ。
「みおはもう少し前に出て」
「……これ以上出ると端が切れます」
「じゃあ端にいないで真ん中に来てよ」
「真ん中はひなの方がいいと思います」
「うちは低いから前に来なよって言いたいんじゃなくて、みおに真ん中にいてほしいんだよ」
少し間があった。
「……なんでですか」
「主役が前にいても、うちより全員を支えてるの葛城さんじゃんって思って」
太秦が言った。
ひなが「そう! それ!」と言った。
みおが少し、止まった。
「……それは」
「本当のことだって」
さやかが静かに言った。
みおがゆっくり真ん中に移動した。
写真が撮られた。
スタッフが「きれいに撮れましたよ」と言った。
ひなが画面を確認した。
「よし! 完璧!」
心から満足した声だった。
カフェを出た後、近くの公園を少し歩いた。
3月の空は、2月よりわずかに高かった。
風はまだ冷たかったが、日差しに少し力があった。
太秦と央が少し先を歩いていた。
さやかとひなとみおが後ろを歩いていた。
ひながみおの横に並んだ。
「ねえ、みお」
「はい」
「さっきさ、真ん中に来てって言ったのさ」
「……はい」
「嫌だった?」
みおが少し考えた。
「……嫌ではなかったです。でも少し、不思議でした」
「不思議?」
「真ん中に来てほしいと言われる理由が、最初は分からなかったので」
ひなが少し首を傾けた。
「……みおはさ、なんか、気づいてないよね」
「……何を」
「うち、みおのことが羨ましいんだよ」
みおが少し止まった。
「……そうですか」
「うちさ、身長のことずっとコンプレックスで。小さいって言われるのが一番嫌いで」
「……知っています」
「みおには逆のコンプレックスがあるって、なんとなく分かる。だから言いやすいんだよね」
みおが少し頷いた。
「でもさ、みおが部屋に入ってくるときに、みんなが振り向くじゃん」
「……それが苦手です」
「うちは振り向かれたいんだよ。みんなに」
ひなが少し笑った。
自嘲ではなかった。
ただ、本当のことを言っている顔だった。
「……でも」
みおが言った。
「ひなは、いつも部屋に声が先に届きます」
「え?」
「ひなが来ると、みんなが顔を上げます。姿より先に声で分かるから」
ひなが少し間を置いた。
「……そういう見方、したことなかった」
「……わたしには、入り口で振り向かれないで来られる人が羨ましいです」
「そっか」
ひなが少し上を向いた。
3月の空が、青かった。
「……ふたりとも、ないものねだりじゃん」
「……そう思います」
「まあ、そういうもんか」
ひなが少し笑った。
さやかがひなとみおの少し後ろを歩きながら、ふたりを見ていた。
みおがひなの話を聞いていた。
ひなが少し上を向いていた。
(……みお、変わったよね)
さやかは思った。
変わった、という言葉が正確かどうかは少し考えた。
変わったというより、丸くなった、という方が近いかもしれなかった。
いや、丸くなったとも少し違う。
(開いてきた、というのが一番近い)
そう思った。
さやかは答えを急ぐのが好きではなかった。
自分の中でゆっくり確認する方が性に合っていた。
ひながなにか笑って、みおが少し口の端を動かした。
さやかはそれを見て、少し満足した。
先を歩いていた二人が振り返った。
「なに話してんの」
太秦が聞いた。
「内緒」
ひなが言った。
「え、なんで」
「女子の話だから」
「それずるいなぁ」
「誕生日だから許して、ね?」
ひなが笑った。
みおも少し笑った。
央がそれを、少し後ろから見ていた。
(……顔が変わる、と思っていたが)
少し考えた。
(正確には、みおがいつも通りの顔でいられる場所と、そうでない場所がある、ということかもしれない)
そう思った。
ここが、いつも通りでいられる場所なのかもしれなかった。
この人たちの中が。
帰り際、駅の改札前でそれぞれ別れた。
「今日はありがとう! 最高だった!」
ひなが全員に言った。
「楽しかった?」
さやかが聞いた。
「最高に楽しかった! 写真も撮れ高ばっちりだったし!」
「よかったじゃん」
「うち、ずっと誕生日が来るの一番遅くてさ」
ひなが少し言葉を続けた。
「みんなが先に祝われてから最後に来るんだよね、毎年」
「でも一番最後に来る方が、覚えてもらいやすくていいじゃん」
さやかが言った。
ひなが少し考えた。
「……そっか」
それから笑った。
「確かに。うちのことは絶対覚えてくれるよね、3月1日って」
「そう」
「……覚えます」
みおが言った。
ひながみおを見た。
「みおが言うと信頼感あるな」
「……そうですか」
「うん。みおって覚えてる人じゃん、ちゃんと」
みおが少し止まった。
「……聞いたことは、だいたい」
「そういうことだよ」
ひなが満足そうに笑った。
「また来年も一緒に祝って!」
「もちろん」
さやかが言った。
全員が頷いた。
改札の向こうに、それぞれが消えていった。
3月の夕方が、少しずつ濃くなっていった。
ご一読いただきありがとうございます。
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次回もよろしくお願いします。




