表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『隣の席の彼女は、今日も高すぎる』  作者: さかっち
~一年生~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
47/63

第四十七話 2月14日 渡す人と、もらう人


 友チョコを作ることになったのは、2月の第一週の終わりだった。


 ことねからLINEが来た。


───────────────────────

ことね:みおちゃん!今年バレンタインに友チョコ作らない?!

ことね:さやかちゃんとひなちゃんも誘っていい?

ことね:うちお菓子作りがめちゃ下手やから教えてほしいんやけど

───────────────────────


 みおはしばらく画面を見ていた。


───────────────────────

みお :いいですよ

みお :日程が合えば

───────────────────────


───────────────────────

ことね:やった!!!!日程調整します!!!!

───────────────────────


 ことねのテンションが画面から滲んでいた。

 みおは少し、口の端を動かした。



 土曜日の午後、みおの家に4人が集まった。


 台所はそれなりの広さがあった。

 みおの家族は出かけていて、家は静かだった。


 材料はみおが事前に揃えていた。

 チョコレート、生クリーム、バター。

 それから、白ごまと黒蜜を少量。


「……ガナッシュベースに、和の要素を入れようと思って」


 みおが材料を並べながら言った。


「……和の要素ってそういうことか」


 さやかが興味深そうに材料を見た。


「おしゃれやん」


 ことねが感心した声を出した。


「うちアレンジとか思いつかんからさ、こういうの聞けてよかった」


「……ことね先輩、チョコは溶かしたことあります?」


「……レンジで溶けるやつは」


「……水が入るとうまく溶けないので注意してください」


「え、そんな細かいの」


「……大事です」


 みおが静かに言った。

 ことねが神妙に頷いた。


「わたし、工程は覚えたよ」


 さやかが言った。


「……さやかは要領がいい」


「頭で覚えて手を動かすのは別の話だけど」


「うちは包装係でいい」


 ひなが即座に言った。


「え、なんで」


「いや、絶対崩れるもん。うちが作ったら」


「……崩れても食べられます」


「そういう問題ではない。見た目も大事」


 みおが少し首を傾けた。


「……それはそう」


「でしょ。だから包装は任せて」


「私ラッピング得意だから手伝うよ」


 さやかが言った。

 ひなが「さやかが包装して、うちはリボンとシール担当でいいじゃん」と言った。

 さやかが「それでいい」と答えた。


 役割が自然に決まった。

 みおはエプロンを取り出した。


 ことねが「みおちゃんのエプロン初めて見た」と言った。

 みおが「……家にいるときはだいたい着けます」と答えた。



 作業が始まった。


 チョコレートを刻む音が台所に響いた。

 みおの包丁の動きは速かった。


「……細かく刻む方が溶けやすいです」


「ほんとだ。みお、包丁使うの速いね」


「……慣れているので」


「うちは遅いけど、刻むのだけやらせてもいい?」


「……どうぞ」


 ことねがチョコレートの塊を手に取った。

 しばらくして「こんな感じでいい?」と見せた。

 みおがそれを確認した。


「……そうです。そのくらいで」


「やった」


「……ことね先輩、包丁を持つ手の位置、少し直した方がいいです」


「え、どこ」


「……指の置き方。曲げた方が安全です」


 ことねが指の形を修正した。


「こう?」


「……そうです」


「みおちゃんて料理の先生みたい」


「……家で教わっただけです」


 さやかが「でも本当に上手だよね」と言った。

 みおが「……そうでもないです」と答えた。

 さやかが「そういうとこがそうでもある」と言った。

 みおが少し止まった。

 ことねが「どういう意味?」と聞いた。

 さやかが「謙遜が上手ってこと」と答えた。


 ひながスマホを横持ちにして作業台を撮っていた。


「……ひな、後で消してください」


「えーなんで。映えるのに」


「……人の家の台所が広まるのは、好きじゃない」


「あ、そっか。分かった。自分用にだけ保存する」


「……そのくらいなら」


 ひなが「じゃあ過程だけ撮らせて」と言った。

 みおが「……作業の邪魔にならなければ」と答えた。


 湯煎の準備をした。

 鍋にお湯を沸かし、その上にボウルを乗せた。

 みおがチョコレートを入れた。


 溶け始めた。

 つやのある液体になっていった。


「溶けたら一度火から外して、生クリームを少しずつ加えます」


「少しずつってどのくらい?」


「……ひとまわし分を3回に分けて」


「ひとまわしか、測ったほうがいい?」


「慣れたら感覚でも大丈夫です。でも最初は計量した方が安全です」


 さやかが小さな計量カップを手に取った。


「……ありがとうございます」


「当然」


 さやかが事務的に言った。

 みおが少し頷いた。


 生クリームを加えた。

 ゴムベラでゆっくり混ぜた。

 みおの手の動きは丁寧だった。


「混ぜるときは切るように」


「切るように?」


「……空気を入れすぎないように。ぐるぐる混ぜると分離しやすくなります」


 ことねが「料理ってそういう細かいのあるよね」と言った。

 みおが「そういうのが多いです」と答えた。


「好きなん、そういうの」


 ことねが聞いた。

 みおが少し間を置いた。


「……好きです。理由があるのが」


「どういう意味?」


「……なぜそうするのか、根拠があること」


 ことねが少し考えた。


「……みおちゃんらしいな」


「……そうですか」


「うん。なんか、全部ちゃんと分かりたい人なんだなって」


 みおは混ぜる手を止めなかった。


「……そうかもしれない」


 静かにそれだけ言った。


 ことねがそれを聞いて、少し目を細めた。

 えくぼが出た。



 ガナッシュが冷えたあと、型に流し込んだ。

 冷蔵庫で固めている間に、後半の作業を進めた。


「……トッピングの相談をしていいですか」


「もちろん」


「……白ごまは表面に振るのが見た目もいいと思っています。黒蜜は、食べるときにかけてもらう形にするか、中に混ぜ込むか」


「どっちが好み出やすい?」


「……中に混ぜ込むと風味が全体に出ます。かけてもらうと、最初の一口の印象が変わります」


「じゃあ中がいいじゃん。食べた瞬間に分かる方が」


 ひなが言った。

 さやかが「それで行こう」と言った。

 みおが「そうします」と頷いた。


 ことねが「……ねえ、これって誰かに渡すやつ?」と聞いた。

 全員がすこし止まった。


「……ことね先輩は?」


「……うちは、渡す予定あり」


「……そうですか」


「みおちゃんは?」


 みおが少し間を置いた。


「……あります」


「え、やった」


 ことねが少しうれしそうな声を出した。

 さやかが「知ってた」と言った。

 ひなが「うちも知ってた」と言った。

 みおが「……なんで」と言った。

 さやかが「そういうのって、分かるんだよ」と答えた。


 みおが何も言わなかった。

 少しだけ、耳が動いた。



 チョコが固まった。


 型から外すと、きれいに形が出た。

 白ごまが上面にのっていた。


「かわいい」


 ひなが写真を撮った。

 みおが「……ひな」と言った。

 ひなが「これは自分用だけで!」と言った。


 さやかがラッピングの紙を広げた。


「何枚包む?」


「……人数分で」


「何人?」


「……友チョコは、ことね先輩・さやか・ひな。それから、別に一つ」


「その別の一つ、もう少し丁寧に包もうか」


 さやかが静かに言った。

 みおが少し止まった。


「……お願いします」


「任せて」


 さやかが手を動かした。

 リボンをひなが結んだ。

 みおがそれを見ていた。


「……きれいですね」


「まかせて」


 ひながすこし得意そうに言った。



 夕方、3人はそれぞれ帰っていった。


 ことねが帰り際に玄関でみおに言った。


「みおちゃん、ありがとね。教えてくれて」


「……楽しかったです」


 みおが言った。

 自分でも少し驚いた言葉だった。


「また作ろ」


「……はい」


「次はホワイトチョコ使ってみたいんやけど」


「……そっちも面白いです。また教えます」


「約束ね」


 ことねがえくぼのある笑顔で言って、帰った。


 みおは玄関を閉めて、少しの間そこに立っていた。


 (また教えます、と言った)


 自然に口から出た言葉だった。

 これがいつからそういう言葉になったのかは分からなかった。



 2月14日の朝は、少し曇っていた。


 みおは登校前に小さなエコバッグを確認した。

 友チョコが4つ。

 別の一つは、少し丁寧に包んである。


 出かけた。


 教室に着くと、太秦(うずまさ)がもう来ていた。


「おはよう、葛城(かつらぎ)さん。今日バレンタインですよ」


「……知ってます」


「太秦くん、何か貰えると思ってんの」


 さやかが言った。


「思ってないけど思ってないって言うと嘘になる程度には」


「正直か」


「さやかさんはあげる人いる?」


「いない」


「即答」


「友チョコはする」


「誰に」


「みおとひなと、あとことね先輩に」


 さやかがみおの方を見た。

 みおが「……わたしも、さやかに渡します」と言った。

 さやかが「ありがとう」と言った。


 太秦が「いいな友チョコ」と言った。

 さやかが「太秦くんもお返しがんばってね」と言った。

 太秦が「義理でもいいからほしい」と言った。

 さやかが「来年は出てくるかもよ」と言った。

 太秦が「……なんで来年なんですか」と言った。

 さやかが「さあ」とだけ答えた。


 みおは自分の鞄をロッカーにしまいながら、少し後ろを見た。

 (おう)は、まだ来ていなかった。



 放課後になった。


 みおはひな・さやか・ことねに友チョコを渡した。

 ひながその場で「かわいい! 写真撮っていい?」と聞いた。

 みおが「……SNSに載せなければ」と言った。

 ひなが「分かった! もっちろん!」と言って三枚撮った。


 ことねが「めちゃくちゃおいしそう」と言って一粒その場で食べた。

 少し目を丸くした。


「……黒蜜、いいね」


「……はい」


「おいしい。和っぽいのに、ちゃんと洋菓子だ」


「……狙ってみました」


「すごいな料理の腕前って」


 みおが「……そんなことないです」と言った。

 さやかが「そういうとこ」とだけ言った。


 それから、みおは図書室に向かった。



 図書室の扉を開けると、央がいた。


 いつもの席だった。

 本を開いていた。


 みおが入ると、央が顔を上げた。


「お疲れ様です」


「……お疲れ様です」


 みおが鞄をいつもの棚の近くに置いた。

 少し間があった。


 みおはエコバッグから、包みを取り出した。

 白いラッピングで、細いリボンがかかっていた。


 央の机のそばまで歩いた。


「……これ」


 置いた。


 央が少し止まった。

 包みを見た。


「……いいんですか」


「……食べてみてください」


 央が包みを手に取った。

 少し確認するように見た。


「……開けても」


「はい」


 央がリボンをほどいた。

 丁寧にほどいた。

 中から、チョコレートが二粒出てきた。

 上面に白ごまがのっていた。


 央がそのうちの一粒を口に入れた。

 少し間があった。


「……おいしいです」


「……よかったです」


 央がもう一度包みを見た。


「……手作りですか」


「……はい。土曜日に」


「……ことね先輩たちと?」


「はい。4人で」


 央が少し頷いた。

 それから、みおの方を見た。


「……ありがとうございます」


「……どういたしまして」


 みおが少し目を細めた。

 ちゃんと目を細めた。

 笑っている、と言っていい顔だった。


 央は少し止まった。

 その顔を見た。


(……顔が変わる)


 と思った。

 思ってから、もう少し止まった。


 図書室は静かだった。

 宇陀(うだ)さんは奥で作業をしていた。


「……ちょっと聞いていいですか」


 みおが言った。


「……はい」


「この間、ミステリーを読んでいると言いましたよね」


「……言いました」


「読み終わりましたか」


 央が少し考えた。


「……先週、読み終わりました。伏線の回収がきれいな作品でした」


「……どこが好きでしたか」


「登場人物全員に、ちゃんと動機があるところです。真犯人だけが動機を持っているんじゃなくて」


 みおが少し頷いた。


「……わたしも同じところが好きでした」


 央が少し止まった。


「……読みましたか」


「先月、読み終わりました。そのうち話したいと思っていたので」


「……そうですか」


 央が文庫本を机に置いた。


「……もし良かったら、推薦文を書く参考に少し聞いてもいいですか」


「……はい」


 みおが隣の席に鞄を下ろした。

 少し離れた席ではなく、すぐ隣の席に。


 央は少しそれに気づいた。

 でも何も言わなかった。


「……どの場面が一番好きでしたか」


 みおが言った。


「……中盤、語り手が変わるところです」


「視点が切り替わる理由があるんですよね、あの章」


「あります。視点が変わった瞬間に、それまでの描写の意味が変わる」


「そこ、わたしも止まりました」


 しばらく、ふたりで話した。

 図書室の窓から、2月の空が見えていた。

 低い光が、本棚の背表紙を照らしていた。


 みおが話しながら、少しだけ声の音量が上がっていた。

 上がっていることに、本人は気づいていなかった。


 央は気づいていた。

 でも何も言わなかった。



 帰り道は別々だった。


 図書室の外で、ことねが待っていた。


「みおちゃん、渡せた?」


 みおが少し止まった。


「……はい」


「どうやった?」


「食べてくれました」


「それだけ?」


「……それから本の話をしました」


 ことねが少し考えた。


「それって、いいな」


「……そうですか」


「うん。ちゃんと二人の時間になったじゃん」


 みおが少し首を傾けた。


「……そういう見方もあるんですね」


「するやろ、普通」


 ことねが笑った。


「うちも渡してきたよ」


「……そうですか」


「……(さく)くんに」


 みおが少し止まった。


「……どうでしたか」


「受け取ってくれた」


「……それだけですか」


「それだけ。でも」


 ことねが少し間を置いた。


「……ちゃんと見てくれた。受け取るとき」


「……ことね先輩の顔を?」


「うん」


「……それは」


 みおが少し考えた。


「……よかったと思います」


 ことねが少し笑った。

 えくぼが出た。


「そうやんね。よかった、かな」


 ふたりで廊下を歩いた。

 2月の下校時刻は早く、廊下の外はもう暗くなりかけていた。



 夜、央はチョコレートの包みをもう一度手に取った。


 テーブルの上に置いていた。

 もう食べたのに、まだそこに置いていた。


 白ごまの粒が、ラッピングの中でいくつか転がっていた。


 (手作りだった)


 そう思った。

 土曜日に、ことねちゃんたちと一緒に。


 央は少し腕時計を撫でた。

 祖父から譲り受けた時計だった。


 来週は2月の第三週だった。

 2月28日が近づいていた。


 自分の誕生日だった。

 毎年、28日か29日か、という話になる。

 今年は29日がないので28日だった。


 央はそのことをみおに話したことがあったかどうか、少し思い返した。


 なかった気がした。


 それで十分だと思った。

 誕生日をことさら知らせる理由は、央にはなかった。


 でも少しだけ、来週のことを思った。


(何か変わるかどうかは、分からない)


 そう思った。

 文庫本を手に取った。

 次の本を開いた。


 2月の夜が、窓の外で静かに続いていた。


ご一読いただきありがとうございます。

ポイント、リアクションスタンプ、感想コメントなどいただけると、作者が小躍りして喜びます。

次回もよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ