第四十七話 2月14日 渡す人と、もらう人
友チョコを作ることになったのは、2月の第一週の終わりだった。
ことねからLINEが来た。
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ことね:みおちゃん!今年バレンタインに友チョコ作らない?!
ことね:さやかちゃんとひなちゃんも誘っていい?
ことね:うちお菓子作りがめちゃ下手やから教えてほしいんやけど
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みおはしばらく画面を見ていた。
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みお :いいですよ
みお :日程が合えば
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ことね:やった!!!!日程調整します!!!!
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ことねのテンションが画面から滲んでいた。
みおは少し、口の端を動かした。
土曜日の午後、みおの家に4人が集まった。
台所はそれなりの広さがあった。
みおの家族は出かけていて、家は静かだった。
材料はみおが事前に揃えていた。
チョコレート、生クリーム、バター。
それから、白ごまと黒蜜を少量。
「……ガナッシュベースに、和の要素を入れようと思って」
みおが材料を並べながら言った。
「……和の要素ってそういうことか」
さやかが興味深そうに材料を見た。
「おしゃれやん」
ことねが感心した声を出した。
「うちアレンジとか思いつかんからさ、こういうの聞けてよかった」
「……ことね先輩、チョコは溶かしたことあります?」
「……レンジで溶けるやつは」
「……水が入るとうまく溶けないので注意してください」
「え、そんな細かいの」
「……大事です」
みおが静かに言った。
ことねが神妙に頷いた。
「わたし、工程は覚えたよ」
さやかが言った。
「……さやかは要領がいい」
「頭で覚えて手を動かすのは別の話だけど」
「うちは包装係でいい」
ひなが即座に言った。
「え、なんで」
「いや、絶対崩れるもん。うちが作ったら」
「……崩れても食べられます」
「そういう問題ではない。見た目も大事」
みおが少し首を傾けた。
「……それはそう」
「でしょ。だから包装は任せて」
「私ラッピング得意だから手伝うよ」
さやかが言った。
ひなが「さやかが包装して、うちはリボンとシール担当でいいじゃん」と言った。
さやかが「それでいい」と答えた。
役割が自然に決まった。
みおはエプロンを取り出した。
ことねが「みおちゃんのエプロン初めて見た」と言った。
みおが「……家にいるときはだいたい着けます」と答えた。
作業が始まった。
チョコレートを刻む音が台所に響いた。
みおの包丁の動きは速かった。
「……細かく刻む方が溶けやすいです」
「ほんとだ。みお、包丁使うの速いね」
「……慣れているので」
「うちは遅いけど、刻むのだけやらせてもいい?」
「……どうぞ」
ことねがチョコレートの塊を手に取った。
しばらくして「こんな感じでいい?」と見せた。
みおがそれを確認した。
「……そうです。そのくらいで」
「やった」
「……ことね先輩、包丁を持つ手の位置、少し直した方がいいです」
「え、どこ」
「……指の置き方。曲げた方が安全です」
ことねが指の形を修正した。
「こう?」
「……そうです」
「みおちゃんて料理の先生みたい」
「……家で教わっただけです」
さやかが「でも本当に上手だよね」と言った。
みおが「……そうでもないです」と答えた。
さやかが「そういうとこがそうでもある」と言った。
みおが少し止まった。
ことねが「どういう意味?」と聞いた。
さやかが「謙遜が上手ってこと」と答えた。
ひながスマホを横持ちにして作業台を撮っていた。
「……ひな、後で消してください」
「えーなんで。映えるのに」
「……人の家の台所が広まるのは、好きじゃない」
「あ、そっか。分かった。自分用にだけ保存する」
「……そのくらいなら」
ひなが「じゃあ過程だけ撮らせて」と言った。
みおが「……作業の邪魔にならなければ」と答えた。
湯煎の準備をした。
鍋にお湯を沸かし、その上にボウルを乗せた。
みおがチョコレートを入れた。
溶け始めた。
つやのある液体になっていった。
「溶けたら一度火から外して、生クリームを少しずつ加えます」
「少しずつってどのくらい?」
「……ひとまわし分を3回に分けて」
「ひとまわしか、測ったほうがいい?」
「慣れたら感覚でも大丈夫です。でも最初は計量した方が安全です」
さやかが小さな計量カップを手に取った。
「……ありがとうございます」
「当然」
さやかが事務的に言った。
みおが少し頷いた。
生クリームを加えた。
ゴムベラでゆっくり混ぜた。
みおの手の動きは丁寧だった。
「混ぜるときは切るように」
「切るように?」
「……空気を入れすぎないように。ぐるぐる混ぜると分離しやすくなります」
ことねが「料理ってそういう細かいのあるよね」と言った。
みおが「そういうのが多いです」と答えた。
「好きなん、そういうの」
ことねが聞いた。
みおが少し間を置いた。
「……好きです。理由があるのが」
「どういう意味?」
「……なぜそうするのか、根拠があること」
ことねが少し考えた。
「……みおちゃんらしいな」
「……そうですか」
「うん。なんか、全部ちゃんと分かりたい人なんだなって」
みおは混ぜる手を止めなかった。
「……そうかもしれない」
静かにそれだけ言った。
ことねがそれを聞いて、少し目を細めた。
えくぼが出た。
ガナッシュが冷えたあと、型に流し込んだ。
冷蔵庫で固めている間に、後半の作業を進めた。
「……トッピングの相談をしていいですか」
「もちろん」
「……白ごまは表面に振るのが見た目もいいと思っています。黒蜜は、食べるときにかけてもらう形にするか、中に混ぜ込むか」
「どっちが好み出やすい?」
「……中に混ぜ込むと風味が全体に出ます。かけてもらうと、最初の一口の印象が変わります」
「じゃあ中がいいじゃん。食べた瞬間に分かる方が」
ひなが言った。
さやかが「それで行こう」と言った。
みおが「そうします」と頷いた。
ことねが「……ねえ、これって誰かに渡すやつ?」と聞いた。
全員がすこし止まった。
「……ことね先輩は?」
「……うちは、渡す予定あり」
「……そうですか」
「みおちゃんは?」
みおが少し間を置いた。
「……あります」
「え、やった」
ことねが少しうれしそうな声を出した。
さやかが「知ってた」と言った。
ひなが「うちも知ってた」と言った。
みおが「……なんで」と言った。
さやかが「そういうのって、分かるんだよ」と答えた。
みおが何も言わなかった。
少しだけ、耳が動いた。
チョコが固まった。
型から外すと、きれいに形が出た。
白ごまが上面にのっていた。
「かわいい」
ひなが写真を撮った。
みおが「……ひな」と言った。
ひなが「これは自分用だけで!」と言った。
さやかがラッピングの紙を広げた。
「何枚包む?」
「……人数分で」
「何人?」
「……友チョコは、ことね先輩・さやか・ひな。それから、別に一つ」
「その別の一つ、もう少し丁寧に包もうか」
さやかが静かに言った。
みおが少し止まった。
「……お願いします」
「任せて」
さやかが手を動かした。
リボンをひなが結んだ。
みおがそれを見ていた。
「……きれいですね」
「まかせて」
ひながすこし得意そうに言った。
夕方、3人はそれぞれ帰っていった。
ことねが帰り際に玄関でみおに言った。
「みおちゃん、ありがとね。教えてくれて」
「……楽しかったです」
みおが言った。
自分でも少し驚いた言葉だった。
「また作ろ」
「……はい」
「次はホワイトチョコ使ってみたいんやけど」
「……そっちも面白いです。また教えます」
「約束ね」
ことねがえくぼのある笑顔で言って、帰った。
みおは玄関を閉めて、少しの間そこに立っていた。
(また教えます、と言った)
自然に口から出た言葉だった。
これがいつからそういう言葉になったのかは分からなかった。
2月14日の朝は、少し曇っていた。
みおは登校前に小さなエコバッグを確認した。
友チョコが4つ。
別の一つは、少し丁寧に包んである。
出かけた。
教室に着くと、太秦がもう来ていた。
「おはよう、葛城さん。今日バレンタインですよ」
「……知ってます」
「太秦くん、何か貰えると思ってんの」
さやかが言った。
「思ってないけど思ってないって言うと嘘になる程度には」
「正直か」
「さやかさんはあげる人いる?」
「いない」
「即答」
「友チョコはする」
「誰に」
「みおとひなと、あとことね先輩に」
さやかがみおの方を見た。
みおが「……わたしも、さやかに渡します」と言った。
さやかが「ありがとう」と言った。
太秦が「いいな友チョコ」と言った。
さやかが「太秦くんもお返しがんばってね」と言った。
太秦が「義理でもいいからほしい」と言った。
さやかが「来年は出てくるかもよ」と言った。
太秦が「……なんで来年なんですか」と言った。
さやかが「さあ」とだけ答えた。
みおは自分の鞄をロッカーにしまいながら、少し後ろを見た。
央は、まだ来ていなかった。
放課後になった。
みおはひな・さやか・ことねに友チョコを渡した。
ひながその場で「かわいい! 写真撮っていい?」と聞いた。
みおが「……SNSに載せなければ」と言った。
ひなが「分かった! もっちろん!」と言って三枚撮った。
ことねが「めちゃくちゃおいしそう」と言って一粒その場で食べた。
少し目を丸くした。
「……黒蜜、いいね」
「……はい」
「おいしい。和っぽいのに、ちゃんと洋菓子だ」
「……狙ってみました」
「すごいな料理の腕前って」
みおが「……そんなことないです」と言った。
さやかが「そういうとこ」とだけ言った。
それから、みおは図書室に向かった。
図書室の扉を開けると、央がいた。
いつもの席だった。
本を開いていた。
みおが入ると、央が顔を上げた。
「お疲れ様です」
「……お疲れ様です」
みおが鞄をいつもの棚の近くに置いた。
少し間があった。
みおはエコバッグから、包みを取り出した。
白いラッピングで、細いリボンがかかっていた。
央の机のそばまで歩いた。
「……これ」
置いた。
央が少し止まった。
包みを見た。
「……いいんですか」
「……食べてみてください」
央が包みを手に取った。
少し確認するように見た。
「……開けても」
「はい」
央がリボンをほどいた。
丁寧にほどいた。
中から、チョコレートが二粒出てきた。
上面に白ごまがのっていた。
央がそのうちの一粒を口に入れた。
少し間があった。
「……おいしいです」
「……よかったです」
央がもう一度包みを見た。
「……手作りですか」
「……はい。土曜日に」
「……ことね先輩たちと?」
「はい。4人で」
央が少し頷いた。
それから、みおの方を見た。
「……ありがとうございます」
「……どういたしまして」
みおが少し目を細めた。
ちゃんと目を細めた。
笑っている、と言っていい顔だった。
央は少し止まった。
その顔を見た。
(……顔が変わる)
と思った。
思ってから、もう少し止まった。
図書室は静かだった。
宇陀さんは奥で作業をしていた。
「……ちょっと聞いていいですか」
みおが言った。
「……はい」
「この間、ミステリーを読んでいると言いましたよね」
「……言いました」
「読み終わりましたか」
央が少し考えた。
「……先週、読み終わりました。伏線の回収がきれいな作品でした」
「……どこが好きでしたか」
「登場人物全員に、ちゃんと動機があるところです。真犯人だけが動機を持っているんじゃなくて」
みおが少し頷いた。
「……わたしも同じところが好きでした」
央が少し止まった。
「……読みましたか」
「先月、読み終わりました。そのうち話したいと思っていたので」
「……そうですか」
央が文庫本を机に置いた。
「……もし良かったら、推薦文を書く参考に少し聞いてもいいですか」
「……はい」
みおが隣の席に鞄を下ろした。
少し離れた席ではなく、すぐ隣の席に。
央は少しそれに気づいた。
でも何も言わなかった。
「……どの場面が一番好きでしたか」
みおが言った。
「……中盤、語り手が変わるところです」
「視点が切り替わる理由があるんですよね、あの章」
「あります。視点が変わった瞬間に、それまでの描写の意味が変わる」
「そこ、わたしも止まりました」
しばらく、ふたりで話した。
図書室の窓から、2月の空が見えていた。
低い光が、本棚の背表紙を照らしていた。
みおが話しながら、少しだけ声の音量が上がっていた。
上がっていることに、本人は気づいていなかった。
央は気づいていた。
でも何も言わなかった。
帰り道は別々だった。
図書室の外で、ことねが待っていた。
「みおちゃん、渡せた?」
みおが少し止まった。
「……はい」
「どうやった?」
「食べてくれました」
「それだけ?」
「……それから本の話をしました」
ことねが少し考えた。
「それって、いいな」
「……そうですか」
「うん。ちゃんと二人の時間になったじゃん」
みおが少し首を傾けた。
「……そういう見方もあるんですね」
「するやろ、普通」
ことねが笑った。
「うちも渡してきたよ」
「……そうですか」
「……朔くんに」
みおが少し止まった。
「……どうでしたか」
「受け取ってくれた」
「……それだけですか」
「それだけ。でも」
ことねが少し間を置いた。
「……ちゃんと見てくれた。受け取るとき」
「……ことね先輩の顔を?」
「うん」
「……それは」
みおが少し考えた。
「……よかったと思います」
ことねが少し笑った。
えくぼが出た。
「そうやんね。よかった、かな」
ふたりで廊下を歩いた。
2月の下校時刻は早く、廊下の外はもう暗くなりかけていた。
夜、央はチョコレートの包みをもう一度手に取った。
テーブルの上に置いていた。
もう食べたのに、まだそこに置いていた。
白ごまの粒が、ラッピングの中でいくつか転がっていた。
(手作りだった)
そう思った。
土曜日に、ことねちゃんたちと一緒に。
央は少し腕時計を撫でた。
祖父から譲り受けた時計だった。
来週は2月の第三週だった。
2月28日が近づいていた。
自分の誕生日だった。
毎年、28日か29日か、という話になる。
今年は29日がないので28日だった。
央はそのことをみおに話したことがあったかどうか、少し思い返した。
なかった気がした。
それで十分だと思った。
誕生日をことさら知らせる理由は、央にはなかった。
でも少しだけ、来週のことを思った。
(何か変わるかどうかは、分からない)
そう思った。
文庫本を手に取った。
次の本を開いた。
2月の夜が、窓の外で静かに続いていた。
ご一読いただきありがとうございます。
ポイント、リアクションスタンプ、感想コメントなどいただけると、作者が小躍りして喜びます。
次回もよろしくお願いします。




