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『隣の席の彼女は、今日も高すぎる』  作者: さかっち
~一年生~

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第四十四話 1月7日 今年も、よろしくお願いします


 待ち合わせは、駅の改札前だった。


 みおが帰省から戻ったのは、昨日だった。

 「明日、初詣に行きませんか」と(おう)がLINEを送った。

 「……行きます」とすぐに返ってきた。


 央が先に着いていた。

 1月7日の朝は、静かだった。

 冬休み最後の平日だった。



 みおが改札を出てきた。


「……おはようございます」


「おはようございます」


「……待ちましたか」


「……少し」


「……すみません」


「約束の時間には早いです」


 みおが少し、唇を動かした。


「帰省、無事でしたか」


「……はい。静かでした」


「そうですか」


「……よかったです」


 並んで歩き始めた。



 神社は駅から徒歩十分ほどのところにあった。


 平日の朝で、参拝客はほとんどいなかった。

 参道の石畳が続いていた。

 松の木が並んでいた。

 冬の日が、斜めに差し込んでいた。


「……静かですね」


 みおが言った。


「平日なので」


「好きです、こういう境内」


「……そうですか」


「空気が違います。人が少ないと」


 央は少し頷いた。

 それを知っていたから、この神社を選んだ。


 みおは少し顔を上に向けて、松の枝を見た。

 葉が青かった。

 冬の中で、ひとりだけ青かった。


「……お正月、どうでしたか」


 みおが聞いた。


「祖父と過ごしました。静かでした」


「……いいですね」


 みおが静かに言った。


 いつか、同じことを言ったことがあった。

 みおはそれを覚えているのかどうか、央には分からなかった。

 でも、いいですね、という言葉は本当のことを言っているのが分かった。


「そちらはどうでしたか」


「広くて、静かでした。好きな場所です」


「そうですか」


「……でも」


 みおが少し間を置いた。


「……戻ってくると、こちらの方が落ち着きます」


 央は少し、止まった。


「……そうですか」


「はい」


 境内の奥から、風が来た。

 松の枝が、少し揺れた。



 参拝を済ませた。


 ふたりで並んで、手を合わせた。

 何を祈ったかは、言わなかった。


 それから、おみくじを引いた。


 みおが先に引いた。

 折りたたまれた紙を開いた。


「……吉、です」


「……そうですか」


「……まあまあですね」


 みおが少し考えた。


「……ことね先輩は大吉でしたから、差がありますね」


「……そうですね」


 央が引いた。

 開いた。


「末吉です」


「……そうですか」


「……そうです」


 どちらも特に動じなかった。


「……結んで行きますか」


 みおが聞いた。


「……はい」


 おみくじ掛けのところまで歩いた。

 ふたりで紙を結んだ。

 みおの指が丁寧だった。


 結び終わって、少し離れた。


 おみくじ掛けの紙が、風に揺れていた。

 冬の境内に、ふたりの言葉が残った。



 帰り道、参道の脇に屋台が出ていた。


 種類は少なかった。

 平日だからだった。


「……温かいものがあります」


 みおが看板を確認した。

 甘酒、おしるこ、ほうじ茶、と書いてあった。


「……おしるこ、にします」


 頼んだ。

 紙コップに入ったおしるこが出てきた。

 みおが両手で持った。


 央は看板を確認した。


「……珈琲はないですね」


「……ないですね」


「……ほうじ茶にします」


 それが出てきた。


「……珈琲があればよかったですね」


 みおが言った。


「……ほうじ茶も好きです」


「……そうですか」


「珈琲と日本茶は同じくらい好きです」


「……知りませんでした」


「祖父が、日本茶をよく飲みます。それで覚えました」


「……珈琲と日本茶、両方ですか」


「大晦日は日本茶が出てきます。年越しのルーティンで」


 みおが少し首を傾けた。


「……いいですね」


 また、その言葉だった。


 境内を出た場所に、石の段があった。

 ふたりで並んでそこに腰を下ろした。

 日当たりがよかった。


 みおがおしるこを一口飲んだ。

 少し目を細めた。


「……おいしいですか」


「はい」


「……よかったです」


 ほうじ茶を飲んだ。

 温かかった。


「珈琲のドリッパー、使いました」


 央が言った。


「……そうですか」


 みおが少し顔を向けた。


「……どうでしたか」


「いいものでした。ありがとうございます」


「……よかったです」


 みおが少しだけ、首を傾けた。


「何か、変わりましたか。珈琲の味が」


「……変わりました。雑味が少ない気がします」


「……道具で変わるんですね」


「豆と道具と、水の温度も関係します」


「……水の温度まで」


「沸騰したてより、少し冷ましてからの方がいいです」


 みおがそれを聞きながら、おしるこを一口飲んだ。


「……細かいですね」


「珈琲はそういうものです」


「……だからおいしいんですか」


「……関係しているかもしれません」


 みおがほうじ茶の紙コップを、指で少し持ち直した。


「……今度」


 みおが言った。


「砂糖なしの珈琲も、試してみます」


「……どうぞ」


「……ブラックが飲めたら、もう少し近くなる気がします」


「……何に」


「央さんの好きなものに」


 央は少し止まった。


 みおがほうじ茶の紙コップを少し指でたたいた。

 反射的な動作だった。


「……それは」


「はい」


「……十分近いと思います」


「……そうですか」


「……はい」


 しばらく、ふたりで日当たりのいい段に座っていた。


 おしるこが、半分になった。

 ほうじ茶が、半分になった。


 参道の奥から、誰かが来た。

 お年寄りのふたり連れだった。

 静かに境内の方へ歩いていった。


 また静かになった。


 みおが空を少し見た。


「……1月の空は、澄んでいますね」


「乾燥しているので」


「……以前も言っていましたね」


 央は少し止まった。


「……覚えていたんですか」


「聞いたことは、だいたい覚えています」


 みおが静かに言った。


 (聞いていてくれていた)


 それは、ドリッパーのことだけではなかった。

 みおの中に、いろいろなものが積み重なっていた。

 央はそれを、今更のように確かめた。


「……そうですか」


「……はい」


 ほうじ茶が、残り少なくなった。



 帰り道を歩いた。


 日が高くなっていた。

 1月の光は角度が低かった。

 影が長かった。


「明日から学校ですね」


「……はい」


「……早いですね」


「……そうですね」


 少し歩いた。


「……今年もよろしくお願いします」


 みおが言った。

 歩きながら、前を向いたまま言った。

 いつもの声で。


「……よろしくお願いします」


 央が答えた。


 それだけだった。

 でも、それで十分だった。


 駅の改札が見えてきた。

 冬の光が、改札の前を照らしていた。


 ふたりは並んで、改札の中へ入った。


ご一読いただきありがとうございます。

ポイント、リアクションスタンプ、感想コメントなどいただけると、作者が小躍りして喜びます。

次回もよろしくお願いします。

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