第四十二話 12月31日 今年がゼロになる夜
今年も、残り数時間だった。
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台所から、出汁の匂いがした。
祖父が年越しそばを作っていた。
毎年そうだった。
央はリビングでテレビをつけた。
年越し番組が流れていた。
賑やかだった。
祖父がそばを持ってきた。
ふたりで並んで、テーブルについた。
テレビの音と、箸の音が交互に続いた。
ほとんど話さなかった。
それがこの家の年越しだった。
食べ終わってから、祖父がお茶を入れた。
珈琲ではなかった。
大晦日は日本茶だった。
どこで決まったのかは分からなかったが、ずっとそうだった。
湯気が立った。
年越しの時間が近づいた。
「今年は、どうだった」
祖父が聞いた。
央は少し考えた。
「……いろいろありました」
「そうか」
祖父が頷いた。
それだけだった。
それで十分だった。
央は腕時計を確認した。
針が動いていた。
今年も正確に、ちゃんと動いていた。
年越しまで、あと三分だった。
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葛城家のリビングには、人が多かった。
父と母と、帰省してきた蒼介と、みおの四人だった。
テレビで紅白が流れていた。
「みお」
蒼介が隣に座りながら、みおに言った。
「最近、なんかいいことあった?」
みおは少し間を置いた。
「……別に」
「嘘つけ」
蒼介が笑った。
「顔が違う。去年と」
「蒼介、ほっといてあげなさい」
みおの母が言った。
蒼介が「だって気になるじゃん」と言った。
みおは前を向いたまま、テレビを見た。
左手首を少し触った。
母からもらったブレスレットが、そこにあった。
(別に、ではなかった)
でも言わなかった。
言う必要はなかった。
いつか、言いたいと思ったときに言えばいい。
紅白の歌声が、リビングに響いていた。
――――
ことねは祖母の家から帰ったところだった。
父方の祖母は、ことねの家から電車で二駅のところに住んでいた。
週末によく顔を出す間柄だった。
今日は年末の挨拶に寄って、みかんを食べながらしばらく話した。
「ことね、恋愛してるん?」
祖母がお茶を注ぎながら聞いた。
直球だった。
この祖母はいつもそうだった。
「……どうかな」
ことねが答えた。
祖母が笑った。
「してるやん」
「してるとは言ってない」
「顔でわかる」
ことねが少し俯いた。
えくぼが出た。
「……まあ、ぼちぼち」
「ええやん。いい子やったらうちも会いたいわ」
「まだそんな段階やない」
「ええから早く連れてき」
ことねは苦笑いしながら帰ってきた。
祖母にはかなわない、と思った。
自宅に戻って、家族と年越しをした。
テレビを見ながら、朔のことを少し考えた。
(うちはまだ、あの人のこと全部知らない)
そう思った。
でも、それでよかった。
知っていく時間が、これからある。
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朔は自室で本を読んでいた。
古典文学の一冊だった。
ページをゆっくりめくっていた。
家族は居間で年越し番組を見ていた。
朔は少し前に「おやすみなさい」と言って部屋に戻っていた。
静かな方が好きだった。
時刻が近づいた。
スマホを取り出した。
ことねの連絡先を開いた。
少し考えた。
考えるほどのことでもなかった。
送った。
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朔 :……あけましておめでとうございます
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すぐに既読がついた。
スタンプが届いた。
花火の絵だった。
派手なやつだった。
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ことね:あけましておめでとう!!!!
ことね:今年もよろしくね朔くん
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朔はそれを見た。
少し笑った。
静かに、でも確かに。
部屋の外から、家族の声が聞こえた。
遠くて、でも確かだった。
本に目を戻した。
新しい年が始まっていた。
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太秦の家の大晦日は、いつも忙しかった。
午前中から父の修理店の大掃除を手伝った。
油と金属の匂いが染みついたユニフォームを洗って、工具を並べ直して、棚を拭いた。
父が「よくやった」と言った。
太秦が「当然」と言った。
夕方に姉が帰ってきた。
「ただいま」
「うるさい」
「最初の一声がそれ」
「うるさいって言ってる」
姉はそれで笑った。
うるさいのは変わらなかった。
年越し前に、央へLINEを送った。
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太秦 :来年もよろしく
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少し後に既読がついた。
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央 :よろしくお願いします
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「それだけかよ」
太秦は独り言を言ってから、スマホをしまった。
姉が「誰に送ったの」と聞いた。
「うるさい」と言った。
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さやかの大晦日は、祖父母の家だった。
毎年そうだった。
弟が「さや姉、早く来て」と呼んだ。
「さやかって言って」と返した。
テレビで「行く年来る年」が始まった。
さやかは祖父の隣に座った。
祖父が話し始めた。
若いころの話だった。
去年も聞いた話だった。
でも聞いた。
それがさやかのやり方だった。
来年も、またここで聞くのだろうと思った。
悪くなかった。
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ひなの大晦日は、カウントダウンの追跡だった。
スマホを横持ちにして、SNSのタイムラインを流し続けた。
世界各地の年越しの映像が順番に上がってきた。
ロンドン、シドニー、ニューヨーク。
日本のカウントダウンが近づいた。
ひなはグループLINEを開いた。
指を構えた。
ゼロになった瞬間に、送った。
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ひな :あけましておめでとう!!!!!
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全員より速かった。
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グループLINEに、順番に既読がついた。
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太秦 :おめでとう!!
さやか:あけましておめでとう
みお :……あけましておめでとうございます
央 :あけましておめでとうございます
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ひな :全員集合!!!!
ひな :今年もよろしく!!
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ことね:ちょっと遅れたけどあけおめ!!
ことね:今年もみんなよろしくね!!
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そこで少し間があった。
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朔 :あけましておめでとうございます
朔 :今年もよろしくお願いします
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ひな :比叡先輩もいる!!
ことね:サクくんも来てくれた!
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賑やかになった。
夜中なのに、文字が飛び交った。
新しい年が始まっていた。
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